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「7つのマーケ指針」公開 アサヒビール梶浦氏流マーケの本質
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
イノベーションの目的は「ビジネスの成功=売上創出」。
何度顧客インタビューを繰り返したところで、売上に繋がらないのでは何の意味もない行為になる。
売上とは顧客の行動であり、イノベーションによる売上創出とは行動変容に他ならない。
「現在の当たり前を否定し、未来の当たり前を創る」ために、今何をしなければならないのか。
教科書を読んでイノベーションをわかった気になるのではなく、目的からきちんと考えぬいて行動することが大切。
QT:
アサヒビール マーケティング本部長
梶浦 瑞穂 氏
“どんなにインサイトを深掘りしても、消費者の態度や行動に変化を生まなければ、ビジネスの成功にはつながらない”
“こと細かく行動を観察して、本人の意識に上らない感情や価値観を探る”
“インサイトはイノベーションとの掛け合わせによって、初めて商売になる”
“我々が真にすべきは、接点のなかったお客様にどう当社の商品を選んでもらうかを考えること”

【ドキュメント】NTTの「稼ぎ頭」ドコモはどこへ行くのか
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
時代は移り変わる。プロダクトにライフサイクルがあるように、企業にもライフサイクルがあり、栄枯盛衰だ。いつまでも永遠にトップランカーであり続ける企業などいない。現状維持は約束された沈没だ。変化の激しい時代に、変化へ適応し続けるために、自ら変化することは避けてはならない。
変わったかどうかが感じられるかが短期的には大事なのではない。変わることへ挑戦することが大事なのだ。そしてその結果が出ようが出なかろうが、変わることへ挑戦し続けることが重要なのだ。チャールズ・ダーウィンは「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」という言葉を残している。(ダーウィンが残したわけではないという説もあるが)
戦後の焼け野原から復興を遂げた高度経済成長期は市場が成長していたから変化が必要なかった。それが特殊な状況だったのだともいえる。本来変化が不必要なタイミングなどないのだから。日本企業はそこで変化に対応するための先んじた挑戦をしていなかったから、バブル崩壊と共に転落していったのだ。その事実に改めてしっかり向き合い、すべての企業がこの変化の激しい時代に、変化に挑戦する意識を持たなければならない。
「過去の成功体験を捨て、ぬるま湯体質から脱却する、さらなる劇的な意識変革」は、令和の日本の全ての企業において必要なことなのだ。
まだChatGPTを使ってない人は「人生を悔い改めた方がいい」――孫正義節が炸裂
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
人間は古来から安定を求める。原始の世界では、道への挑戦が死へと直結するからだ。だからコンフォートゾーンから脳は出たくない。三日坊主もその脳による安定へ引き戻そうとする引力そのものだ。
農耕民族はその傾向がさらに強まる。春に耕し、夏に植え、秋に収穫する。ルーチンをきちんとまわすことで、収穫は安定する。そしてその配分のためにピラミッド型に上下の力関係が作られ、役割分担が細分化した。自分の任された役割のルーティンワークをこなしていれば、死ぬことはなくなった。
だからいまだに、未知なるものを理由もなく批判する人たちは後を経たないのだ。原始からDNAに刻み込まれた人類の原体験なのだ。
テレビが登場した時、映画界は軽視し、出演を拒んだ。
インターネットは、メディアや新聞は見下した。
SNSは、子供のおもちゃと大人は馬鹿にした。
スマートフォンは、ギークのおもちゃと大半の人はすぐにはつかおうとしなかった。
その後世界はどうなったか。それは火を見るより明らかだろう。そして今、AIの波が世界を変えようとしている。
変化は、ほとんどの人には唐突に訪れる。そのときどういう態度を取るかで、その変化の波に飲み込まれて沈没するか、その波を飲みこなすかが変わる。大きく変わる。
波に乗るためにも、沖に出ていなければならない。現状維持は約束された沈没だ。変化を恐れず、行動する姿勢は、未来への扉を開けるために欠かせない。その未来がどうなるかは誰にもわからない。だからと立ち止まってはいけないのだ。考える必要はない。まず行動してみればこそ、得られるものが必ずある。それから考えればいいのだ。

【朗報】「半導体のレジェンド」が日本の技術者を育てる日
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
過去の延長線上にある未来は、過去の知識や経験から予測し描くことができる。とするならば、それは人間よりもAIの方が得意だ。膨大な情報を瞬時に、しかも正確に処理する能力は、人間には敵わない。
しかしAIがデータに基づいて処理する以上、過去の延長線上にない未来を描くことはできない。ガラケー全盛の時代に、AIは次のガラケーを予測はできても、キーボードのないタッチパネルのスマートフォンが世界を変える風景を描くことはできない。
未来を描くアートこそが、これから人間が行うべき仕事になる。過去の延長線上というこれまでの常識・普通・価値観を、自らの意志で脱し、否定し、そこから未来を描く。ワクワクする少年のような好奇心と妄想力は、人間だけのものだ。

嘘をつく「動機がない」。疑惑の渦中で広津社長が語ったこと
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
どうも客観性、公平性に欠ける特集に感じる。
「私は長年の経験がある専門家。豊富な経験をもとにやっている」
「モノによって対応は変わる。再現できないのは、経験が足りないから、条件を間違えている」
「コアの詳細は模倣リスクにより公表していない」
「私を批判するものは嘘つき」
社長の発言の印象だけ切り取ると、まるでマルチ商法か情報商材、ネオヒルズ族の詐欺師が言いそうな発言ばかり。
悪質な詐欺事案のセラノスとの類似性の指摘もあいまって、悪と決めつけ、その印象を読者にインプリメントしようとしているような記事。
証拠は内部告発の発言だけ。読者からすれば、それが本物なのか、貶めようとしている嘘なのか、判断しにくい。
もっと客観的に判断できる科学的な分析結果などの証拠を突きつけて断罪してほしい。
スポンサー離れはジャニーズ"終わりの始まり"か
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
ジャニー喜多川という悍ましい性犯罪者の行為を組織的に業界に圧力をかけて隠蔽し続けたのだから、ジャニーズ事務所は反社会的勢力なわけだ。ようやく事実として自らそれを認めた。
遅きに失したとはいえ、ようやくメディアやスポンサーが動き出したことは評価すべき。所属タレントは被害者かもしれないけど、真っ当な企業は反社会的組織と取引すべきではなく、所属タレントをCMに登用しないのは正当な経営判断。
所属タレントは事務所を離れるべきだし、離れないなら反社会的精力の構成員とみなされてもしょうがない。ヤクザの末端が組長から暴行を受けても、ヤクザの構成員であることはなんら変わらないのと一緒だよね。
ファンならなおのこと企業の真っ当な経営判断を批判したり、ましてや業務妨害なんてすべきじゃない。反社会的勢力に加担するのは、ヤクザに一般市民が協力してはならないのと同じようにすべきじゃない。ファンクラブにお金を払い続けていることも、ヤクザにみかじめ料を払ってるのと一緒だよね。
本当のファンなら、所属タレントが事務所を辞められるように応援すべき。反社会的勢力は存在を許してはならないし、関わってもいけない。ファンとして彼らが意志をもって立ち上がれるように、支えていく思いを彼らになんらかの形で伝えることが大事じゃないかな。

【川邊健太郎】私の人生は、いつだって思い出ドリブン
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
何をやるかも大事だが、それと同じぐらい誰といるかも大事だ。
どうやるかも大切だが、それと同じくらい誰とやるかも大切だ。
何を成し遂げるかも重要だが、それと同じぐらい誰と共に歩むかも重要だ。
人は一人では生きられない。だから社会を作る。社会の最小の構成単位が家族だとするのなら、その次は仲間だ。
一人でできることなど限られている。現代社会のおいて一人でできることなどほとんどない。食事を食べるにも、家に住むにも、何をするにも誰かの力を借りて生きている。
時代の変化が急激に訪れる現代だからこそ、その荒波を乗りこなすために、共に笑ってその荒波に挑める仲間が必要不可欠だ。その笑い声が共鳴して大きくなればなるほど、社会を変える大きなコトを成し遂げられる。
『AFURI』の商標騒動を掘り下げた1万文字 - はげあたま.org
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
AFURI商標騒動。吉川醸造側の言い分が同情をそそるもので、かつその後のAFURI社長が自分語りしすぎた広報戦略のミスがあった。
商標の法的な云々に無知な人たちが、考えもせず調べすらもせず短絡的に反射的にAFURI側を感情的に攻撃してる様が、まさにネットがネガティブに炎上する構図そのもの。ネット社会の弊害ここにあり。
意識高い系ラーメン屋と日本の伝統っぽい酒造メーカーだと、印象論的に後者の肩を持ちたくなるのはわからなくないけど、結局のところ「正義の反対にあるのはまた別の正義」ってこと。
一方の言い分だけを信じて軽薄な行動をとり炎上に加担してやいのやいのするよりも、正しくその構図を理解することで自身の学びとする方が、社会にとっても個人にとっても成長の機会になる。

【為末大】能力主義の世界を、君たちはどう生きるか
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
体力や気力のある若い頃は、夢や目標に向かって「勝つ」ために、一心不乱に努力を積み重ねるべきだ。
地獄かのように、血反吐を吐くような苦しい日々は、若さでしか乗り越えられない。
どうせ大人になれば、環境への適応が否が応でも求められる。
それができるかどうかは、若い頃にどれだけ踏ん張れたかどうかにかかっている。
どこかに軸があってこそ、信念と矜持があってこそ、可塑性がもてる。
血反吐を吐く努力があってこそ、ちょっとやそっとじゃ折れずに、前へ進み続けられる。
それらがない大人は、流されるままに流されるだけ。ただ茫然と立ち尽くすだけ。
変化の激しい現代だからこそ、能力主義に疲弊する現代だからこそ、個性が求められる現代だからこそ、若い頃の苦労は買ってでもしろ。

【サンデル教授】エリートの「やればできる論」は、他人を駄目にする
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
運も実力のうち。
環境はアンコントローラブルだ。だからといって、それを言い訳に努力を怠れば、結果は出ない。
いかなるときも他責にせず、自責の念を持って努力を重ねる意識を持つことは、個人の成長においては必要なことだ。
実力も運のうち。
人間は生まれながらにして平等であるべきだが、社会は理不尽で、人間は生まれながらにして不平等だ。
組織や社会の永続的な発展のためには、その前提に立ち、機会を均等化し、平等に挑戦する権利を持てるようにすることも必要だ。
ヒエラルキーが固定化し、多様性が損なわれ、価値観が偏重すれば、変化への対応力が極端に欠如していく。
技術革新により急速に発展し、変化する世界に対応するためにも、先んじて変化の起点になるためにも、多様性は欠かせず、ゆえに機会の均等化は組織や社会に必要不可欠なのだ。

グッチ、エルメス。一流ブランドが頼る300年企業がすごい
荒井 宏之ピンキー 新規事業の何でも屋
日本の「道の追求」というオタク的職人気質は、世界から切り離された島国で、ガラパゴス的な独自の進化を続けてきた。
オンリーワンの文化は、世界にとっての高い価値になった。自らが気付かない間に、世界に認められるレベルへと進化したのだ。
日本がこの文化を持って外貨を稼ぐためには、日本の文化をビジネスとして海外のUXにいかにフィットさせるかが必要となる。
京都・西陣織の西尾が世界のラグジュアリーブランドから引っ張りだこになったのは、布幅を32センチから150センチに広げ、彼らのニーズにフィットさせたからだ。
アートはアート、カルチャーはカルチャー。それはそれでもちろん価値はある。そのベースがあるから日本文化には価値がある。
クリエイティブは、それらをビジネスに昇華させる。ニーズやその裏にあるペインに対して、いかにトランスフォーメーションするか。それが掴めれば、ベースに力のある日本の伝統産業が外貨を稼ぐのは、それほど難しいことではない。

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