【牧野泰才】ポケモンGOが切り開いた、場所とARの組み合わせ
2017/1/2
2016年の振り返り
昨年、「2016大予測(
2016年、VRは“2年目のジンクス”を越えていけるか)」を担当させていただいた流れで、今年もVR関係の予測を担当することとなりました。
前回は、最初に言い訳がましく書かせていただきましたが、1年スパンの予想は難しかったため、少し長めの展望となりました。そこで、答え合わせとまではいかないですが、最初に少し「2016大予測」の振り返りをしたいと思います。
昨年は「2015年がVR元年で、それを牽引したのがHMDの大衆化である」という話をしました。実際、その流れは2016年も続き、PlayStation VRの発売で盛り上がりを見せたのも記憶に新しいかと思います。この点については、2016年は順調に推移した形であり、VR界隈にとってはとても充実した一年だったと思います。
これを更に押し進めていくためのポイントは、体験の質を向上させるための全身体験であることも話しました。これについては、例えばVR ZONEのような商業的なイベントが成功を収めていることからも、そのように展開してきているものと思います。
昨年の記事にもあるように、HMDをかぶって映像空間に没入した状態では身体性を騙しやすくなります。特に身体バランスが崩れるような環境下での体験では、そのリアリティが増します。VR ZONEのコンテンツを見ても「SKI RODEO」や「高所恐怖SHOW」などは特に、このバランスの崩れた環境下でのHMD体験がとても効果的に利用されています。
今後こういった商業施設、イベントが増えてくれば、2017年以降もまだまだVRは盛り上がっていくのではないかと思います。
裸眼立体影像の可能性についても触れましたが、今年の
CEATECの記事では、3つの企業が裸眼立体視ディスプレイをデモ展示していたという報告がされていました。まだ流行というものではないですが、HMDとは別に、こちらの方向での開発も着実に進んでいると言えるのではないでしょうか。
ポケモンGOのすごさ
さて、2017年の予想に入りたいと思います。今回も短期スパンの予想というよりも、今後数年の流れとしてお読みいただければと思います。
昨年の記事の最後に、AR用のメガネ型端末について少し触れたのですが(昨年注目していたMagic Leapは1年経っても結局情報が増えませんでしたが……)、2016年はメガネ型端末などを介さなくても、コンテンツによっては十分にARが普及することが実感できた年でした。
もちろんそれを実感させられたのは「ポケモンGO」です。この人気についてはもはや説明不要ですが、今までで最も多くの人がAR技術に触れたのではないかと思います。
ただ、ARの観点に絞って見てみると少し残念な点があります。というのも、私などはAR機能を「切って」使っているのです。そういうユーザの方が多いのではないでしょうか。つまり、ゲーム性とARがまだ連動しきれていない状態と言えます。
現状では「こんなところにピカチュウが!」というような、映像情報をシェアする目的でのARとしては価値があると思います。これからは、例えば背景中の本棚にモンスターボールが跳ね返って戻ってくるような、現実の情報とゲーム内容とがインタラクションすることで意味をもつコンテンツが現れると、ARはさらに次の段階に進むのではないかと思っています。
さて、ポケモンGOがすごいのは、ARである点よりも、場所に依存したサービスでここまでリアルに人を動かせることが明らかになった点だと思います。時間や場所を限定したイベントにより、スマホアプリで人々のリアルな行動を制御するのは、これまで見られなかった状況ではないかと思います。
今後はユーザの属性等とバインドして行動を分析することで、マーケティングなどに応用されていくのではないかと想像します。
場所にバインドされたサービスは、今回のポケモンGOの成功で、今後更に加速していくのではないかと思います。
例えば、2016年の新語・流行語大賞に「聖地巡礼」が選ばれましたが、それをARと組み合わせるのが容易に想像できます。すでにスマホアプリとして「舞台めぐり」という物語の聖地でキャラクターと一緒に記念撮影ができるものなどがあるようですが、もう少し積極的に、その場でのみ見られる動画コンテンツなどがバインドされていくのではないかと思います。
例えば、ドラマのメイキング映像などはDVDの特典として収録されていますが、それがロケ地に行くと実際の背景に合わせて見られる、となると、何もない場所に人を集められるようになるのではないでしょうか。
他にもARであれば、ゴジラが街を破壊していく様子を、蒲田の上陸地点からスマホを介して仰ぎ見ることもできます。何もイベントのない日のサッカースタジアムで、過去の名勝負を観戦してみるのも面白いかもしれません。自分がプレイした戦国時代のゲーム内容を、実際に関ヶ原で再生しても面白いでしょう。
実はこのあたりの話は5年ほど前に学生とブレストして盛り上がったのですが、当時はまだスマホのセンサの性能がそこまで高くなく、今のように現実世界とスマホ内の座標系を安定して一致させるのは難しいと思っていました(観光地の双眼鏡のようなタイプでの実現を想定していました)。今なら個人所有のスマホで十分実現可能です。
場所とARの組み合わせによる可能性を、ポケモンGOが切り開いてくれたわけですが、上述のように今後もっともっと進展しうる分野だと思っています。
(写真:istock.com/Wachiwit )
エンタテインメントからの発展
次に、VRがどうなっていくかを考えていきたいと思います。
2016年の総まとめについては、こちらの
イベントレポートが、非常に分かりやすく面白くまとまっていましたので、こちらにお任せすることにします。
この記事にも書かれているように、ハードのデファクトはまだ確定していない状況ではありますが、ハードウェア環境が充実してきたのが2016年でした。2017年以降は、ハードが出揃ったことで、ではそれをどう利用するか?というアプリケーションについて考えていくことになるはずです。
となると、VRの用途を網羅的に理解することが今後の予想につながります。これについては「バーチャルリアリティ学」(舘 暲,佐藤 誠,廣瀬 通孝 監修,日本バーチャルリアリティ学会 編,2010)の“7.2 VRのアプリケーション” の目次を列挙しますと、
1)サイバースペースとコミュニケーション
2)医療
3)教育・訓練
4)エンタテインメント
5)製造業
6)ロボティクス
7)可視化
8)デジタルアーカイブ・ミュージアム
9)地理情報システム
となっています。例えば上述のVR ZONEなどは、4)エンタテインメントになります。
このような用途の中で、今後どこから進展していくのかを予想するのは難しいところですが、やはりエンタテインメントからの発展は想像しやすい未来です。
ゲームや商業施設でのVRなどは現状のまま展開していくものと思いますし、それに合わせて全身の身体性を伴う体験も今後増えていくはずです。歌手のライブ映像の360度配信なども、どんどん進んでいくものと思います。
一方、実用的に高い価値を持ちうるのは、医療シミュレータや遠隔手術への応用などの2)3)あたりです。ただしこの分野では、確実な効果が示されたり、その安全性が担保されたりしてからの普及となるはずですので、2017年はまだ研究段階にとどまるだろうと考えます。
非常に直近の(くだらない)予測をさせていただくとするならば、「君の名は。」のブームに合わせて、人同士の入れ替わり体験のできるVRイベントやソフトウェアあたりが、どこかから出てくるのではと予想しています。
とは言え、人の視聴覚を交換して提示する「
視聴覚交換マシン」というメディア作品はすでに1993年(!)に提案されています。
また、研究としては、東大の暦本先生の
JackInなどが行われています。これは、人が他人に、あるいは人が機械に遠隔から乗り移ることで、人の能力を拡張しようといった研究です。
暦本研の卒業生である玉城さんなどが開発を手掛けた
Unlimited Handは、他者(機械)に腕の動きをハックされうる意味では、触覚的な交換マシンと言っていいかもしれません。2016年に開発者向けのキットが販売され始め、東京ゲームショウなどでも話題を集めていましたので、今後の展開が期待される技術です。
HMDの普及により様々な体験が比較的容易にできるようになったことで、HMDの装着時の面白い体験が研究としていくつか提案されたのも2016年でした。HMD内の映像情報の改変による身体性の錯覚です。
HMDを装着して視覚が完全に映像世界に没入してしまうと、我々は自分の身体部位や向いている方向がどのような状態にあるのか分からなくなります。そのときに、自分の動作に追従しながら、実際の位置とは微妙にずれたところに映像や自身の身体像を描画すると、身体性がその映像情報等に引っ張られてしまうのです。
例えば”
Unlimited Corridor”は、ぐるぐると円を描くように同じところを歩いているのにもかかわらず、真っ直ぐ延々と歩いているような感覚を生じさせてしまう研究です。
壁に手を添えながら高いビルの端を歩いている映像コンテンツが眼前に展開されるのですが、この映像とあいまって、曲がりながら歩いていることによる微かな違和感は、高いところを歩いていることによる足元の不安定さとして知覚され、曲がっていることに気づきにくくなっています。
プロピッカーでもある落合陽一研究室の”
Optical Marionette“という研究は、視覚情報を適切に改変して提示することで、自身の歩行方向を改変してしまうものです。これも、真っ直ぐ歩くのは視覚情報に頼っているところが大きく、そこが改変されてしまうと、身体感覚のみではその違いに気づけないことを意味しています。
“
Haptic Retargeting”という研究では、実際に伸ばした手の位置と、映像内で描画される手の位置とをずらすことで、一つしかないブロックを、新しいブロックであるかのようにして延々と並べることができます。文章の説明ではお伝えすることが非常に難しいので、是非動画を見てみて下さい。
このような、HMD+映像改変による身体性の錯覚は、今後も増えていくのではないかと予想します。 HMDの普及には、このような新しい発見も伴うのです。
2016年のHMD普及に伴うVRブームは、我々研究者としては非常に嬉しい展開ではあるのですが、一方でVR=HMDという図式が非常に強くなってしまっており、気になっています。
例えば、私は触覚の研究をしているのですが、メディアの方からの取材時に「さわれるVR」というようなキーワードを出されることがあります。これで十分意味は伝わるわけですが、厳密に考えると、この表現では「触覚はVRには含まれない」形になってしまうわけです。我々研究者の外に向けてのアピールも必要かとは思いますが、是非「VR=HMD」ではなく、「VR=現実と本質的に等価な外部刺激群による体験の再構成」というご理解をいただければと思っています。
スポーツとテクノロジー
さてこの記事の最後に、スポーツとテクノロジーの今後について少し触れたいと思います。
リオオリンピック関係の記事などでこれまでにもコメントしてきましたが、スポーツとテクノロジーが、2020年の東京オリンピックに向けて、今後特に国内で加速していくものと思います。
実際すでに、プロピッカーの中村伊知哉先生などを中心とした超人スポーツ協会は精力的に活動しています。体格や性別のハンデを技術で埋めてみんなが楽しくスポーツできるような環境が整っていくものと思いますし、慶應の南澤孝太先生などは、触覚を介した
新しいスポーツ観戦の形なども提案しています。
実は東大も、「
東京大学スポーツ先端科学研究拠点」という新しい研究拠点を開設し、スポーツ・健康科学やリハビリなどの関連分野についての体制を整えています。最近では、
日本サッカー協会と連携することを発表しました。
東京オリンピックには課題も多いかとは思いますが、一方でこういうイベントがあることで中期的な目標を定めて研究に取り掛かりやすくなっている側面もあります。2020年には是非日本らしいオリンピックを、そしてそこに少しでも新しいテクノロジーが入り込めるようになればと思っています。
(バナー写真:Wachiwit /istock.com)
牧野泰才(まきの・やすとし)
東京大学大学院新領域創成科学研究科 講師
1979年生まれ。2007年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。学術振興会特別研究員、慶應義塾大学特任講師などを経て、2013年より東京大学大学院講師。タッチパネルに代表されるような、皮膚に備わっている触覚に働きかけて人間を支援する技術の研究「ハプティクス」が専門。