【中島大輔】未熟な侍ジャパンはWBCで勝てるのか

2016/12/29

WBCはどうなる

2017年3月、第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催される。「世界一奪還」を掲げる野球日本代表だが、その見通しは決して明るくない。
同業者と話していると、東京ドームで行われる2次ラウンド突破も難しいのではという声が少なからず聞こえてくる。
単純明快な理由は、優勝候補と比べてメンバーが見劣りするからだ。頂点を狙う力のある各国は、一流メジャーリーガーが次々と名乗りを上げている。
ドミニカ共和国やベネズエラだけでなく、「WBC軽視」だったアメリカからは2016年サイ・ヤング賞投手のマックス・シャーザー(ナショナルズ)、世界最高峰捕手のバスター・ポージー(ジャイアンツ)らが出場する。
準決勝以降のアメリカラウンド進出に向けて、日本のライバルと見られるオランダも一流メジャーリーガーをそろえてきそうだ。
アンドレルトン・シモンズ(エンゼルス)やザンダー・ボガーツ(レッドソックス)らに加え、日本でプレーするウラディミール・バレンティン(ヤクルト)、リック・バンデンハーク(ソフトバンク)もいる。今大会で初優勝しても不思議ではないくらいのメンバーになりそうだ。
オランダは2016年11月に侍ジャパンと行った強化試合で主力メンバーがいないなか、2試合ともに延長タイブレークに突入する接戦を演じた。
小久保裕紀監督はオランダや同時期に強化試合を行ったメキシコなど、野球界では“2番手クラス”と見られてきた各国との距離が縮まってきたと認めている。
「(2015年の)プレミア12でもそう感じていました。メジャーの選手ではなくても、スイングスピードが非常に速い。そうした国を相手にやっていくには、投手の人選が必要になってきているな、と」
その投手力こそ、今回の侍ジャパンの不安材料だ。ダルビッシュ有(レンジャーズ)、田中将大(ヤンキース)、前田健太(ドジャース)、岩隈久志(マリナーズ)とエース級はいずれも不参加になりそうだ。
大谷翔平(日本ハム)や菅野智之(巨人)、則本昂大(楽天)ら同等の力を持つ者は本番での代表入りが確定しているが、12月20日のメンバー発表で投手陣がまだ7人しか読み上げられなかったことから、小久保監督の迷いがうかがえる。
侍ジャパンの問題は、青木宣親(アストロズ)以外のメジャーリーガーを招集できていないことだけではない。WBCになると毎度問題になる“滑るボール”への対応が、一向に解決されていないのだ。
「世界一奪還」を掲げる侍ジャパンがこれに本気で取り組むならプロ野球のシーズンでもWBC使用球を採用すればいいが、現実的には難しい。
なぜなら、プロ野球と深い関係にあるミズノ社の統一球が使用されており、ローリングス社のWBC球を使うことはミズノ社の利益に反する。そうした事情があるため、“滑るボール”への対応はいつまでも個々の選手任せになっているのだ。

組織としての未熟さ

そうした侍ジャパンの組織としての未熟さは、12月20日に行われたメンバー発表でも露呈された。一部のメンバーが先行発表されると突然決まり、そのプレスリリースがメディアに送られてきたのは前日だ。しかも発表会見に小久保監督は登壇せず、コメントが読み上げられただけだった。
サッカー日本代表の場合、ワールドカップ出場メンバーは非常に大きな注目を集め、テレビ中継されるイベントになっている。
侍ジャパンのWBCメンバーもそれなりの注目を集めるはずだが、せっかく盛り上げる機会を自らふいにし、しかも監督が登壇しないというあり得ない事態が起こった。この組織は本当に、日本野球を盛り上げる気があるのだろうか。
今回のWBCで不安視されるもう1つの点は、小久保監督の采配力だ。「小久保では国際大会は勝てない……」という声が、野球関係者から少なからず聞こえてくる。監督経験のない者を代表チームの指揮官という要職に据える配置が、そもそも間違っていると私は指摘し続けてきた。
野球の人気向上という使命も持つ侍ジャパンのトップ代表は、プロ野球がシーズンオフの春と秋しか実質活動できず、実体のないチームと言える。そこには“顔”が必要であり、NPB球団に属さない小久保監督がチームを任されている格好だ。
ただし、指揮官としての能力、経験ともにあまりにも欠けている。それが2015年のプレミア12では、準決勝の韓国戦で継投ミスという痛恨の敗戦を招いた。
以降、小久保監督が采配を振る機会は侍ジャパンの6試合しかなく、そのすべてが練習試合だった。プレッシャーのかかるWBC本番でこれほど未熟な監督にタクトを振るわせる侍ジャパンは、本気で勝つ気があるのだろうか。
上記の理由で私は悲観的に見ているが、仮に自国開催の2次ラウンドを突破できなければ、逆にいい機会になるかもしれない。なぜ日本は惨敗に終わったのか、メディアやファンを含めて議論するきっかけになるからだ。
オランダやメキシコの台頭、さらにドミニカ共和国やベネズエラが優秀な選手を生み出すなど、野球の国際化が徐々に進むなか、日本のガラパゴス化が気になっている。その象徴が、日本球界から一流のショートがなかなか現れないことである。

坂本勇人を脅かす存在は?

世界の潮流で言えば、花形であるショートは優秀な選手の守るポジションだ。だからこそ中南米から遊撃手が次々と台頭する一方、世界に通用する日本人ショートは一向に出てこない。
侍ジャパンのメンバーを選ぶ際、坂本勇人(巨人)を脅かす存在が一人もいないのが現実だ。その裏に潜む問題について、2005年にホワイトソックスの正二塁手としてワールドシリーズ優勝に大きく貢献した井口資仁(ロッテ)が、人工芝を挙げていたことがある。
「人工芝が内野手を下手にさせているのはあると思います。人工芝では打球が(不規則にならずに)そのまま来ますし、(その場で)待っていても捕れますから。日本でショートだったら今宮(健太、ソフトバンク)が一番うまいと思いますけど、それでも確実にアウトにするための守備になると思いますし」
メジャーでは30球団のうち28球団が天然芝の球場だが、日本では広島、楽天、阪神しか天然芝、土のグラウンドを採用していない。
両者の違いを簡単に説明すると、人工芝はバウンドが規則的で、かつ打球の勢いが殺されないので、その場にグラブを出して待っていれば、捕って送球してアウトにできる。
対してバウンドが不規則になり、勢いが殺される天然芝の場合、ステップワークやグラブさばきなど本物の守備力がないと対応できない。つまり人工芝では内野手が楽をするようになり、高い守備力が求められる天然芝や土に適応できなくなる。
日本では維持費やコンサートなどとの併用という観点から人工芝の球場が多く、それがプレーレベルの低下を招いている。もちろん興行面は大事だが、そちらが重視されるあまり、選手を育てる環境がおろそかにされているのだ。
その一方、広島や楽天が天然芝を採用し、その魅力で来場者増につなげようとしているのは興味深い。楽天の場合、三木谷浩史オーナーが世界を視察し、「野球は芝でやるもの」と独断で決めたという話だ。世界を知る者の視点があれば、日本の球団経営、ひいては育成も変わっていくのかもしれない。

優秀な選手は投手を目指す

もう1つ見直すべきは、日本野球の育成のあり方だ。なぜ、優秀な選手はショートではなく、投手を目指すケースがあまりにも多いのか。
この日本独特の傾向は、高校野球の甲子園システムと無関係ではない。一発勝負の舞台で勝ち続けるためには、勝敗を左右しやすい投手というポジションに能力の高い者を配置し、勝率を高めようとする。そう考えれば、甲子園という夏の風物詩が日本野球の進化の妨げになっている。
スポーツジャーナリストの氏原英明氏がリポートしてくれたNewsPicks連載で、市立尼崎の竹本修監督が「促成栽培」という興味深い表現を使っていたので、興味のある人はそちらを読んでほしい。
もちろん、上記の背景によって優秀な投手が数多く台頭していることも事実だが、そのなかのトップ選手は次々とメジャーに活躍の場を移している。それには功罪両面あるが、WBCを勝つことだけを考えれば、大きな痛手である。
WBCは今回限りでの大会終了もささやかれている。もしそうなってしまうとすれば、日本野球を国際的視点で見る数少ない機会がなくなるだけに、今回の結果を踏まえてさまざまな点を見直したい。また、日本野球を発展させるには、そうした機会にしなければならない。
最後に一つ言いたいのは、日本の野球に魅了されてきた者として、予測が大きく外れてWBCで優勝できることを願っている。
(写真:Koji Watanabe - SAMURAI JAPAN)
中島大輔(なかじま・だいすけ)
NewsPicks編集部 スポーツ担当
1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。著書に『人を育てる名監督の教え すべての組織は野球に通ず』(双葉新書)
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