【矢野和男】本物のAI、偽物のAI
2017/1/1
昨今、急速にAI(人工知能)の活用について関心が高まっているが、その現状と展望について、AI研究の第一人者でもある、日立製作所理事、研究開発グループ技師長の矢野和男氏に話を聞いた。
認知が急速に高まった
──2015年~2016年にかけて、AIがとても議論されるようになりましたが、矢野さんは2016年のAIの議論をどう捉えていますか?
AIに関する世の中の認知が急速に高まった年になりました。
一方で、数年前にビッグデータに対する関心が高まったわけですが、「データ」は、これまでのコンピュータのような実態のある“箱”と違ってわかりにくかったと思います。
そこでデータサイエンティストが必要だ、という議論も出たわけですが、人をかけるとはコストもかかることでもあります。費用対効果が出るのかが常に疑問になったわけです。そこに人工知能が登場したわけです。
ビッグデータとAIとIoTは表裏一体のもので、注目が高まってきたのは良いことだと思いますが、AIなどは実態の伴った議論もあれば “妄想”に近い議論もあります。そこは実態の理解を高めていく必要があります。
認知が高まったことで、「わかんないからダメ」というのではなく「わからないけれど何かありそうだ」となってきたことは前に進んだと思います。
また、一般の方はさておき、経営者やビジネスパーソンはROI(費用対効果)がどれくらいとれるかを厳しく考えています。既存の仕組みを変えてAIやIoTなどの「新しいもの」を導入することはかなりのハードルがあるため、このような動きが背中を押したことはよかったと思います。
しかし、一方で、採算や品質などの実用化にあたって、工業生産物ならば当然のことについて、もっと考えていくべきだと思いますし、来年はそんな動きが広がると思いますね。
AIの定義とは
──AIを一言でいうと何ですか?
人工知能学会は、人により様々な定義があるといっていますし、時代によってもどんどん変わっていくものがAIなのだと思います。
ただ、私はAIとは様々な外界からの刺激に対して働きかける「自律エージェント」だと呼ぶのが素直ではないかと思います。
世の中では、機械学習のアルゴリズムやそれを使った分析をAIと呼ぶことが増えていますが、インテリジェントかつ自律的に外界の状況を掴みつつ、自ら判断し働きかけるものをAIと呼ぶ方が、意味付けが明確になると私は考えています。
その要素技術として「機械学習」があるのです。上記のように考えると機械学習のアルゴリズムだけでAIになるかといえばそうではなく、外にいろいろなものがなければなりません。見ている“スコープ”によって、どこをAIと呼ぶかが異なります。
──では、大きな概念のなかに音声認識やら機械学習がある、と。
音声認識や画像認識は入力した音声や画像というデータを意味付けする要素技術とも見られますし、機械学習技術からみると技術のアプリケーションとも言えなくもないですし、どこからどのような文脈でみるかによりますね。
“妄想”が広がっている
──実態のないAIの議論についてどう思いますか?
AIの目的や動作や制約、出荷条件は人間が決めているわけで、これは未来にどれほど技術が進歩しても変わらないと考えます。これは当たり前のことなのですが、このようなインタビューでお話しすると聞き手から「え、そうなのですか?」という反応をする人が多いわけです。
そこが「人工」の知能、まさしく「人工物」と、人のような「天然物」の最大の違いです。基本は、人間が作っているものなので、全部わかっているわけです。ですから、これを素直にお話しして「イメージと違う」という反応をされているわけですから、これが“妄想”が広がっていることを示しています。
ただ、ビジネスの商談の場面ではそのような反応は少ないと思います。「AIなんてソフトウェアでしょ?」「業務ソフトとどう違うの?」などのどちらかというと懐疑的な反応の方が多いのが実態で、それもまた正しい理解ではありません。逆にこちらは保守的すぎる理解です。
一方で、「人間が考えないからこそAIなんでしょ?」という理解は「人工」という言葉を忘れている、飛びすぎたイメージです。
──ヒトラーを称賛したAIやアルファ碁についても、やはり人間が設計したものに過ぎないのでしょうか?
そうですね。分かりやすい例を挙げると、『2001年宇宙の旅』という映画で「HAL9000」という人工知能が人間を殺してしまうのですが、そこではHAL9000を作った人間はまったく描かれていません。
常識的に考えればそれを作った人、テストした人、出荷判断をした人が地上にいて、その人たちの責任問題になるはずですが、映画では全然違う方向に話が進んでいくわけです。
当然のことながらHAL9000にしろヒトラーを称賛したAIにしろ、誰かが作ったわけですから、その仕様のなかにあのように作動するメカニズムやリスクが入っていただけの話なのです。
ですから、出荷条件や仕様を決める段階で、配慮されるべきことなのです。
ただし一方で、すべてが確認されないと前に進めないのも問題なので、そのバランスは難しいですね。その点は、ぜひメディアにも理解してほしいです。
先ほどの話も外国の話だから日本のメディアはそれほど叩かなかったですが、日本の企業がそのような問題を起こしたら「それ見たことか」と叩くのだと思うのです。しかし、知り得ない未来に対し挑戦し、決断した人を、後付けで結果を知ってから、叩くというのは、よほど慎重にしないと、挑戦を許さない社会を作ることになります。
もちろん人命に関わるような事案が発生したらどうするかなど、むずかしい論点はあるわけで、一方、人命まではいかない商品レコメンドの巧拙ぐらいの影響の話もあります。このようないろいろな場合に、いかなる態度で、新技術に社会が向き合うのかを真剣に考えるのは社会が前に進むために必要なステップだと思っています。
AIで企業はどう変わる?
──AIにより企業は実際にどのように変わってきましたか?
2000年代くらいから広告/検索やeコマースなどITに親和性の高い業界では急速にITが進化したわけですが、より固いリアルな実業分野はそこから距離がありました。
それが、AIの登場によって垣根が低くなり、銀行や製造業のような固い実業分野でも、ソフトウェア分野の仕事のやり方と一緒になっていくのではないかと人々が考え始めてきたと思います。
逆にITでやってきた人にしても、リアルの方面に乗り出さなければということで両面から近づいてきたという印象です。
──どんどん垣根がなくなっていっているわけですね。
もちろん、口でいうほどそう簡単にはいかないとは思います。「じゃあ手を組んで始めましょう」という状態にどう持っていくかについては、色々と試行錯誤しながら進める必要があります。
──先行しているのは、やはり米国のような海外なのでしょうか?
どこで考えるかですね。eコマースや検索などはここ10数年で進みましたから、そのために、データやハードウェアなどへの投資も米国大手が先行してやってきています。
しかし、今後起きつつあるリアルな世界とAIが結びついた「新しい土俵」でどちらが強いかという話ですが、まだ優劣や勝敗などは始まったばかりなのでつけられません。
どういうことをやればビジネスになりうるのか、その正解をまだ欧米含め誰も見いだせていない状況かと思います。
日本はリアルの世界に資産をもっています。日立製作所も年商で10兆円規模のビジネスをやっています。我々は、このような日本が得意な土俵を生かすべきAIを開発し、幅広い分野に適用してきたので、きっちり投資をしながらリードしていきたいです。
どう決まっているかというよりも、われわれがまさにそれを作っているところです。
製造業、医療、小売・流通
──ここからは、各業界での活用についてお聞かせください。来年以降、製造業でのAI活用はどうなるのでしょうか?
日本は製造業に強い分野をいくつももっているので、そこにどんどん積極的に取り入れていくべきです。
製造業と一口でいっても、担当ごとプロセスごとファンクションごとにいろいろと分かれています。
それをデータとAIによってつないだり、物流や配送などもつなげたりすることで、より広いサプライチェーン上を情報でつなげる道が今後開けると思います。これは非常に重要な転機です。
一方、ものづくりの現場は、先ほどのIT業界とは真逆で、品質などをしっかり検査してやってきた“固い業界”ですから、その文化と、ITなどの“柔らかい文化”をいかに融合させるか、という点を工夫する必要があります。
いろいろな行動は起き始めていますが、製造業はやはり他の業界に比べると、「石橋を叩いて」進んでいる感はありますね。
──次に医療分野のAI活動について聞かせてください。AIは診断はできても診療はできない、とも言われます。これについてはどう思いますか?
まさにこれから期待の持てる分野ですが、やっと進み始めたところでしょう。医療は遺伝子や保険などのデータが豊富ですし、結果は我々の生活や人生に、そして社会コストにも極めて重要な分野です。
一方で、最後は患者さんの気持ちや前向きな行動とも結びつく必要があるため、単なる機械的な制御を超えて、ヒューマン・タッチが必要です。そこでは人間的な納得性などが求められます。
ただ自分の病気には積極的に向き合う人が多いのも事実で、情報提供だけでできることも増えてくるのは事実かと思います。
先日、私自身、海外出張時に、じんましんの発作で、真夜中に全身に猛烈な痒みとともに顔が風船のように膨れあがってしまったのですが、じんましんの薬を検索しました。すると、皮膚科から別の病気で処方されて、たまたま持っていた薬が、じんましんにも効くという情報を見つけ助けられました。
このように、自分自身で判断したい人は、今後自分のデータを組み込みそれを活用して、本人自身が病気の治療方法を知りたいという要求はどんどん高まると思います。
自分の方が自分のことは判断できるし、情報だって必要であれば集められるのですから、薬は処方だけしてくれというような人が増える可能性はありますよね。
「自分が一般的にこういう群の一人だ」ということを超え、「自分の場合はこれが効く」とすることが自分でデータから検索できれば、本人が自分でケアする意識は一気に高まる可能性があります。
もちろん難しいケースは専門家に頼るというのはあるでしょうから、ヒューマン・タッチがなくなることはないと思いますが。
──小売・流通などはかなりのビッグデータがビジネスに使われている印象があります。AIの浸透は早いのでしょうか?
そうですね。流通業はいろいろありますが、eコマース系とリアル店舗はスピードが違いますよね。
われわれもアスクルさんといろいろやっていることを発表しています。eコマースはデータは大量にありますし、様々なマーケティングや配送や在庫など様々な最適化の余地があるので、浸透は早いでしょうね。
──アスクルさんとの提携で、どれだけ効果がありましたか?
アスクルさんは「第二世代のeコマース」として製造業から消費者までをデータで結びつける体系をつくろうとするビジョンがありました。これを実現する手段として、我々の人工知能Hの活用を進めています。
ただし「このデータでどこまでできるか」は実際にやってみないとわからない部分も残るので、机上で延々と考えて答えを見つけるのはそこそこにして、実験と解析をフィードバックさせながら進めています。こういう態度と協創は、データ活用にはきわめて重要です。
──一度で終わりではなく何度もPDCAを回すことが大事なのですね。
はい。何より大事です。いつまでも「これROIあるのか」などと机で考えていても絶対に答えはでないので、活動しないといけませんね。
AIとアートの関係
──AIがつくる小説、映画、音楽なども話題になりました。AIが作るアートについてはどう思いますか?
まず、そうした活動は今後も進むと思っています。が、それを「AIが作った」というのは違うと思います。
例えば、かつて写真は機械=カメラで撮れば写真になるので、芸術ではないという考え方がありました。ですが、今ではそんなことを言う人は誰もいません。写真は撮ったタイミングや構図などを含めて人の創作で、著作物となっているわけですね。
AIの場合、それを使った人と道具としてのAI技術を作った人がいるわけですね。演奏家と楽器制作者や写真家とカメラメーカーのような関係でしょうか。そしてそのAIから何かが得られたのであれば、そのAIを使った人とAIを作った人との「共同作業」というべきでしょう。
だから「AIが作品を作った」というのはAIを“擬人化”しているので問題です。あくまでも人の主体性を大事にすべきだと思います。
もう一つ、クリエーションする上でAIを使う点では、何もそれは芸術に限らないと思うのです。
言ってみれば、ビジネスはすべて「創造活動」なわけです。今、AIの活用が始まったところですが、それは業務のデータを用いた最適化ですね。これは創造的な人の問題解決と捉えるべきと思います。
そして、さらに既存の仕組みの最適化を超えて、ビジネスの仕組みを大きく変えるのはよりクリエーティブといえます。例えば、新しいソフトウェアやビジネスモデルを生み出すなどがあるわけです。これにAIを使えたら、より大きなインパクトがあります。
AIは、現状のAIでは、このようなクリエーティブな面はまだ未開拓で、今後きわめて重要だと考えます
これを加速するために、日立の基礎研究センターが、京都大学と共同で、生命に学び、AIをクリエーティブにする研究を開始しました。基礎的な生物や生命や数学や物理に力をもつ京都大学と共同で、地球に多様な生物を生みだした生命の創造力に学ぼうというチャレンジです。
例えば、ソフトウェアを作らなくてよくなれば、これは産業的インパクトがきわめて大きいですし、非常にクリエーティブですし、それはこれからの「グランドチャレンジ」として進めるべきことだと考えています。
AIと人間の共存
──AIと人間の共存について教えてください。矢野さんは仕事が逆に増えてくるのではないかとも言われています。
まず、「AIが」という形で、AIを主語にするのは間違っていると思います。あくまで人間が作り、そして使っているものですから。「AIと人間の共存」という表現も、私は勧めません。AIは異星人でも生物でもなく、人間が自分のために作っているものなので、「共存」という表現は不適切です。自動車と共存とか時計と共存という表現を使わないのと同じです。
──では、どう使いこなすかという点でセンスが求められると思いますが、アドバイスはありますか?
世の中には様々なデータがあります。AIの活用を推進する立場の人には、それぞれのデータでここまでできる、ということを、社会のいろいろな場面でユースケースを作りながら知見をためることが、重要です。
一方、エンドユーザーは技術の中身は知らなくてもいいと思います。スマートフォンだって、みんな使っていますが、あれがどういうメカニズムで動いているかを知っている人はほとんどいないはずです。
それよりも、「こんなことしかできないのか」といったようにユーザーとして不便な点などを、ユーザーの体験から積み上げていき改善をしていくことが重要です。
──「ユーザーとしてどういうものが便利かという発想で付き合っていくべきだ」と。
そうですね。あくまでもユーザー視点が重要です。それから、AIは目的志向なので、目的をきちんと考えることが重要になります。目的がきちっと与えられて、アウトカムがしっかりしていれば俄然しっかり機能します。曖昧なことをやれと言われても、活用のしようはないのです。
ユーザー本人のハピネスを高め、ペインを除くことを基本とし、同時に、組織や会社がトータルによくなるための複雑な問題の解決に大きな期待が持てると思います。
重要なことは、あらゆる業務や業種で、それぞれの方々が、どうやって使っていくかを、議論し、検討することが必要な時期にきていることです。
──最後に、2017年は、AIはどう展開するか見解をお聞かせください。
2017年は、2016年のブームから徐々に、地に足をつける年になるかと思います。本物と偽物(真贋)を見極め、そこで実績を作れたものがさらに2018年に進んでいくと思います。
単なる幻想や「あった方がよい」ものではなく、「なくてはならない」と思われるものをどれだけ作っていけるかの“分かれ道”になるかと思います。
──見極めの年になる、と。
そうですね、重要な年になります。
(聞き手・構成:上田裕、撮影:遠藤素子)
矢野和男 (やの・かずお)
日立製作所 理事 研究開発グループ技師長
1984年 株式会社日立製作所入社。2004年から先行してビッグデータやAIを使った企業業績向上やウエアラブルによるハピネスの定量化で先導的な役割を果たす。論文被引用件数は2500件、特許出願350件。著書『データの見えざる手』がBookVinegarの2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。