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「低学歴国」ニッポン 革新先導へ博士生かせ 
日本経済新聞
大隅 典子東北大学 副学長・教授
10年以上前から「日本は低学歴国であり、これは大きな問題」と言い続けてきましたが、国全体のデータは以前より悪化していることを示しています。博士号取得者を活用できていないことにより、そのキャリアパスの多様化が拡大せず、かけた時間と経費に合わないことから博士課程進学者が減少しているという負のスパイラル……。 マイノリティ対応という意味では、女性活躍促進と似た構図があり、是非とも喫緊に解決すべき問題です。 【2009年の拙ブログ「実は日本は<低学歴社会>だった」より】 https://nosumi.exblog.jp/10527704/ ===== 実は日本は<低学歴社会>である! この発言は座談会において、日本では博士号を持った人材が活用されていない、という意味で申し上げたのですが、そもそもそれ以前に、日本の四年生大学進学率は2007年の統計で45%だというのです。 OECD諸国の平均より下回り、お隣の韓国が60%、オーストラリアに至っては85%もあるというのに、です。 「大学が全入時代になった」という意識が強く、進学率はもっと高いと思い込んでいましたが、そうでもないのですね。 日本では短大や高専が、米国でいうところの「カレッジ」に相当する役割を果たしているのでしょう。 経済状態が悪くなると、家庭の事情で大学に進学できない、四年制よりも通学期間が短い短大や専門学校に進学する人が増えることは間違いなく、高い能力を持った人が高等教育を受ける機会を逸してしまうことになります。 ローンとして返済する必要のない奨学金の給付が是非とも必要ですね(すべて国に頼るという意味ではありませんが)。 ===== 最後の部分に関しては、大学フェローシップ等の施策がようやく為されるようになったところ。入口だけでは駄目で、出口もしっかりフォローしなくては、人材は育たない。
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個別試験も不正防止の徹底を 文科省、各大学に要請
共同通信
大隅 典子東北大学 副学長・教授
この問題は、単に「不正防止」のレベルで議論してはならない。ただでさえ疲弊している大学教員が、さらに監督者増員などに対応しなければならなくなるのだろうか? 一次試験としての「共通テスト」や「一斉入試」自体を見直すべきであることや、合わせて「入り口制御」ではなく卒業時点の「出口制御」に変更すべきであることを拙ピッカーは一貫して主張している。 まず、時期そのものの問題。 https://nosumi.exblog.jp/26349167/ 例年、一次試験として位置づけられている(今の呼称では)「共通テスト」から二次試験の時期は冬であり、雪の降る可能性のある地域では、そうではない地域に比して大きなエフォートが割かれることになる(平等を尊ぶ日本にしては、このような不平等がまかり通っている事自体、由々しき問題)。会場整備の問題もあるが、交通機関の運行状況に合わせた対応なども必要。さらに、コロナが去ったとしても例年、冬場はインフルエンザ等の流行時期であり、その配慮も大学が担う。 次に、多人数を集めて一斉に試験を行うこと自体の問題。「入試は教員の重要な義務」とみなされてきて、会場の試験監督だけでなく、誘導係り、案内係等にも配置される。一方で「世界に伍する大学として研究力の向上」を求められている人材の使われ方としていかがなものか。 加えて、今や大学入試は複雑化している。前期日程、後期日程に加えて、AO入試が年数回、行われる。それらが学部単位という点も、複雑さに拍車をかけている。受験生からみても複雑過ぎるだろう。AO入試のみにして、さらに、アドミッションオフィス(AO)が専門性を持って受験生の地頭(学力テスト)やモチベーション(作文・エッセイ)で入学させるべきかどうかを判断し、ボーダーの受験生のみ面接に呼べば、大きな会場で一斉に入学試験を行う必要は無い。これは多くの欧米の大学が行っていることだ。 https://nosumi.exblog.jp/26296251/ 「共通テスト」は本来「高校でどの程度学んだかの学力テスト」のはずなのに、実施母体が大学側に委ねられ、徐々に設問の難易度が高くなっていることも問題だ。時期が1月である必要はないかもしれない。あるいは、3月に学力テストを行って、大学進学の場合は、半年受験勉強に専念して秋入学でも良い。
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