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【菅義偉】安倍政権は、荒波の中を行く船だった
NewsPicks編集部
小松 成美ノンフィクション作家、小説家、インタビュアー
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テニスのジョコビッチが検査陽性 世界ランク1位
共同通信
アストリット・キルヒヘアへの想い 中編
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小松 成美ノンフィクション作家、小説家、インタビュアー
ビートルズがデビューから間もなく世界を席巻していった大きな要員はその「ルックス」でした。 当時は長髪と呼ばれたマッシュルームカット、アフタヌーンティーのサロンにいてマダムをエスコートするようなファッションと立ち居振る舞い。 ビートルズはそのスタイルで、ロックという音楽のイメージを一新させてしまうのです。 デビューの頃のビートルズのビジュアルは、デビュー前にツアーで回ったハンブルグで出会い友達になったアストリット・キルヒヘアのファッションセンスをそのまま真似たものでした。 アストリットは自宅へ遊びに来るジョンとポールとジョージの髪を切ります。彼らは、アストリットのクローゼットから気に入った服を持ち出し、着るようになりました。 アマチュア時代の革ジャン、リーゼントスタイルから脱却したビートルズのセンスは、レコード会社のプロモーションと相まって、世界をステージで脚光を浴び、世紀のアイドルが誕生していくのです。 アストリットは、ビートルズを脱退しハンブルグに残って美大生となった婚約者のスチュワート・サトクリフの「スタイリスト」となって彼のファッションを磨いていきました。 それはそのままビートルズのメンバーの手本になります。 スチュワートをモデルに撮影を続けるアストリット。そんな幸福な日々はわずか2年しか続きませんでした。 スチュワートの死の直後メジャーデビューしたビートルズは、やがてアストリットとは別の世界の住人となっていったのです。 note「月刊小松成美」アストリット・キルヒヘアへの想い 中編
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アストリット・キルヒヘアへの想い 前編
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小松 成美ノンフィクション作家、小説家、インタビュアー
デビュー前のビートルズでギターを弾いていた「もう一人のビートルズ」と呼ばれるスチュワート・サトクリフと、彼の婚約者でビートルズにファッションやカルチャーで大きな影響を与えたアストリット・キルヒヘア。 彼女はハンブルグのライブハウスで演奏していた若きビートルズと知り合い、友人となった彼らを撮影し、その作品で写真家としても注目を集めました。 しかし、悲劇は間もなく訪れます。 1962年、21歳の若さでスチュワートは突然に亡くなります。原因不明の脳内出血で婚約者を失ったアストリットは、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンの友情に支えられながらも、芸術活動を手放し、その後は、嵐の中を行く小さな小舟のような、波乱の人生を送るのです。 この2人と、若きビートルズを主人公にした「アストリット・キルヒヘア ビートルズが愛した女」が、私の作家デビュー作です。 ビートルズが大好きで、彼らを撮ったアストリットの写真に魅せられた私は、アストリットとビートルズの青春を描くために、イギリスとドイツへ渡りました。今から28年前のことです。 そして、アストリットに150時間にも及ぶインタビューをし、本を書き上げました。 アストリットは、極東から来た親子ほど歳の違う私に、クリエイターとして信じた道を歩みなさい、と言ってくれました。自分はナイーブな心が邪魔をしてそうできなかったけれど、成美は絶対に諦めないで、と。人を描く作家になりなさい、と。 私はアストリットの言葉を胸に、原稿を書き、その時間を紡いできました。 アストリットは私にとって掛け替えの無いテーマであり、先輩であり、そして、歳の離れた親友でした。 そのアストリットが亡くなりました。5月13日、ドイツのハンブルグで、友人に見守られて。 82歳の誕生日を迎える数日前の水曜日でした。 天国でスチュワートやジョンやジョージに、再会しているアストリットの晴れやかな笑顔を思いながら、追悼の原稿を書きました。 アストリットの死を受け止め、パソコンの前に座るまで2週間かかってしまいました。
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