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【削除されました】養殖物2021年10月28日(木)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。         クラシックの巨匠たち(No.4)            グレゴリオ聖歌 西洋クラシックの原点はグレゴリオ聖歌だと言われています。それは8世紀か9世紀頃の中世に始まったグレゴリウス1世ゆかりと伝承される無伴奏で単旋律のシンプルな教会の合唱曲です。パリのノートルダム大聖堂のような、ヨーロッパのゴシック建築の天井が高い教会で静かな合唱だけが朗々と響き渡るのは厳粛な清々しさを覚えます(現地へは行ったことはありませんが笑)。以前、一時期に風変わりですが自宅でグレゴリオ聖歌をよく聴いていました。歌唱が素朴で単純であるだけに、教会のステンドガラス越しの光を想像しながら、音だけを耳に澄ましていると本当に癒される気持ちがしたものです。でもカトリック教会の宗教音楽だけあって、その中に含まれるレクイエムは文字通り死者のための鎮魂歌なのです。だから聴いていると、自分の身近で亡くなった人を偲ぶことが多くなり、それ以来聴くことはほとんどありません。単なるヒーリングを求める音楽鑑賞用の曲ではなく、神を思い天国を信じて自分を律する宗教曲なのですから当然と言えば当然ですね。 また現代のアカペラ(ア・カペラ)は、元々はグレゴリオ聖歌のような無伴奏の簡素化された教会音楽の唱法です。現代のジャンルでもアカペラは以前から黒人のゴスペル(霊歌)やソウル、ジャズ、ロック、ポップス、などで使われ、過去には日本の山下達郎やシャネルズ、現在ではボーカルグループのゴスペラーズ等も新しい曲をアカペラで歌っています(それぞれの個性が強過ぎますが笑)。このようにアカペラという楽器伴奏の無い人間の声だけの音楽もたまに聴くと味わいがあります。 話を戻しますと、中世も終わりを迎える頃、マルティン・ルターの宗教改革の嵐が吹き荒れてカトリックの教会権力にも影響がありました。そこでプロテスタントに対する対抗宗教改革(トリエント公会議)と言うか以前からの教会自身の改革運動でカトリック音楽にも影響がありました。その結果、「教会音楽の父」と呼ばれるイタリアのパレストリーナの曲が、グレゴリオ聖歌の時代から大きく洗練されてきたのです。中世からのステージが上がったルネサンス音楽の隆盛です。
【削除されました】養殖物2021年10月27日(水)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。      文系のためのアインシュタイン(第23回)           量子力学の出現 ① 中年になった頃、私は老後の趣味に備えて陶芸を始めた事があります。今はまだ完全にリタイアしていないので先のお楽しみですが、当時はしばらく陶芸教室に通い、手を粘土だらけにして手びねりやロクロの使い方を教わりました。そして妻が以前自宅の庭で開設した塾教室が長年経って終了したので、その建物を私の陶芸工房として利用することにしました。電動ロクロを購入して休日はバッハをBGMにしながら、花器や茶碗や皿などを作って気分だけは高名な板谷波山や唐九郎でした笑。ただし釉薬は使わないので作品は備前焼風ということにしておきましょう。 そんなアマチュアが作品を焼く時は陶芸窯が必要ですが、プロの登り窯はもちろん、数十万円する電気窯も手が届かないので自分の工夫で作品を焼きました。耐火煉瓦を購入して庭に組み立てただけの簡単な窯です。そこに木炭を詰めながら作品をセットして、それから木炭に点火して温度上昇を待ちます。その場合、いくら時間が経過しても一定温度以上は上がりません。そこで整髪に使うドライヤーを使って開口部から空気を強制的に送り込むのです。すると温度はますます上昇し、暗い夜の作業の時は炎の色が 赤→黄色→白 というふうに美しく変化しました。最高温度は一般的な陶芸の焼成温度として1200度を超えるでしょう。 実は「量子力学」の誕生は、このような炎の色と関係が深いのです。19世紀の後半、普仏戦争でドイツがフランスに勝ってアルザス・ロレーヌ地方に製鉄業が盛んになりました。この際、溶鉱炉内の温度を正確に知る事が重要なのですが、鉄が溶けるような数千度の炉の中に温度計を突っ込むわけにはいきません。そこで製鉄の過程で作業者の長年の経験とカンだけが頼りだったのです。しかし、いつまでもそんな曖昧な仕事環境を放置しておくことは出来ません。そこで技術者の要請に応えて多くの物理学者が溶鉱炉内の正確な温度を測る問題に取り組みました。そして図らずも、これが量子力学という相対性理論と並ぶ20世紀の科学革命を引き起こしたのです。これは今の我々の身の回りにも大きく関係しています。次回からは、この大きな流れについて考えてみたいと思います。
【削除されました】養殖物2021年10月26日(火)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。        クラシックの巨匠たち(No.3)          私の鑑賞体験から⓷ 中学校ではヤンチャな男子生徒も意外とクラシック好きが居て、お互い好きな作曲家や演奏家を大人ぶって背伸びしながら論じ合っていました。シューマンやブラームスのような渋い名前が出ると「おい、マジかよ」というふうな反応があったと思います。中学時代に私がベートーヴェン以外で鳥肌が立ったのは、ラジカセに録音したメンデルスゾーン の有名なバイオリン協奏曲ホ短調とドヴォルザークの交響曲「新世界」でした。当時の中学生ではストリーミングのサービスがあるはずもなく、かと言ってレコードをたくさん買う余裕もないのでラジオ番組をこまめにチェックして録音していたのでした。おかげでチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番やラフマニノフのピアノ協奏曲第2番も私の大好物になりました。 そして私にとっては良い思い出のある中学生活も終わりを迎える頃、貴重なレコードを買う決心をしました。そして焦がれていたベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」2枚組を手に入れたのです。初めて名門ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮ヘルベルト・フォン・カラヤン 指揮のレコードを手に入れた時は感激の達成感がありました。当時はまだ「年末の第九」はそれほど一般的ではなかったように思いますが、そのぶん本物を手に入れたオタク感がありました。 大学時代は少しクラシック熱は下がったのですが、友人がレコードマニアで私にモーツァルトの三大交響曲(39番、40番、41番)をタダで譲ってくれました。しかもブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団という絶品の組み合わせです。クラシックファンも上には上があることを思い知らされ、ちょっぴり悔しい思いをしましたね笑。しかし卒業する頃には、私にクラシック鑑賞のきっかけを作ってくれた父に感謝する意味で父をコンサートに誘いました。フェスティバルホールで大阪フィルの朝比奈隆指揮のベートーヴェンで、父は大変喜んでくれました。私の数少ない親孝行の一つです。社会人になって趣味に没頭する余裕は一時期無くなりましたが、中年以降は再び復活しました。こうして今は音楽の財産に囲まれて幸せです。 以上、前置きが随分長くなりました。次回からはいよいよ「クラシックの巨匠たち」の本編の始まり〜始まり〜、バチバチです笑。
【削除されました】養殖物2021年10月25日(月)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。      文系のためのアインシュタイン(第22回)            マクスウェル 見渡せば我々の生活は電化製品に囲まれています。私の分身であるスマホを筆頭に、テレビ、パソコン、冷蔵庫、電子レンジ、エアコン、ドライヤーなど、数え上げればキリがありません。そしてこれらの商品は電磁波障害という人体に影響を与えるリスクも報告されています。しかし今のところ大きなトラブルもなく、電磁波利用の極めて大きな利便性を考えれば、電磁波を使わない手はないでしょう。そしてこの電磁波の存在や正体を世界で最初に予言したのが、ジェームズ・クラーク・マクスウェルでした。 電磁波の種類は波長によって分類されます。 波長の長い順に、電波(ラジオ放送等)、マイクロ波(テレビ、携帯、電子レンジ、レーダー等)、赤外線(こたつ等)、可視光、紫外線、X線(レントゲン)、ガンマ線(核爆発時等に放出) マクスウェルの功績の一つは電磁波も光(可視光)と同じ仲間である事実を発見したことでしょう。どの電磁波も光速と同じ約30万km/秒なのです。しかしマクスウェルの予言はすぐには検証されず、ヘルツ(周波数の単位で有名)の実験でやっと確認されたのでした。 当時からマクスウェルの方程式はメチャクチャ難しかったそうですね。しかしマクスウェルの先駆者には前回取り上げたファラデーがいました。彼は家が貧しかったので正式の教育を受けていません。数学の能力は我われ凡人程度のレベルと同じだったと言います。だから並外れた実験の才能を活かした説明図を作成しても、周囲の学者からは「子供っぽい」と馬鹿にしてスルーされました。ところが若いマクスウェルだけは高学歴の超秀才にも関わらず、ファラデーを常に尊敬しながらその手書きの図に数式を見い出しました。そして彼の最高度の数学を駆使して、方程式が支配する画期的な電磁気学を構築したのでした。 変人が多い科学者の中には、ファラデーとマクスウェルのように人間性の豊かな人物も含まれているようです。そしてこの二人の友情のコラボ(共同作業)で、やがてマクスウェルが亡くなった年にアインシュタインが誕生して、彼の特殊相対性理論に二人の電磁気学が大きく貢献するのでした。ガリレオが亡くなった年にニュートンが生まれた偶然の巡り合わせに似ていますね。まるで競技のバトンリレーのようです。
【削除されました】養殖物2021年10月24日(日)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。        クラシックの巨匠たち(No.2)         序章 私の鑑賞体験から② 中学校に入ると私のクラシック熱は上がってきました。その頃の心境は思い出せませんが、何故か無性に古典音楽というものに強く惹かれたのだと思います。それで中学一年生の時に、生まれて初めてお小遣いでクラシックのLPレコードを一枚買いました。その記念すべきイニシエーション(通過儀礼)で大人気分が味わえて嬉しかったですね。デザインが美しい大きなジャケットの中にまだ見ぬ(いや、まだ聴かぬ)音源が込められていると思うとゾクゾクしました。収録曲はもちろんベートーヴェン交響曲第5番「運命」B面はシューベルト交響曲第8番(現在は第7番)「未完成」で、ボストン交響楽団 指揮シャルル・ミュンシュ でした。その後ボストン交響楽団は小澤征爾が指揮をする事になり、なんだか日本人の誇らしさを味わったことがあります。 クラシックの第一歩を踏み入れてから、あらためて自宅のレコードキャビネットの中を眺めてみると、いろいろな発見がありました。父はかなりの音楽愛好家で広いジャンルのアルバムを集めていました。タンゴ、マラゲーニヤ、ジャズ、軽音楽、そして何故か三波春夫や広沢虎造の浪曲全集など超クロスオーバーでした笑。私の文化一般に対する好奇心は父親譲りなのかも知れません。それで雑多なレコード群の中にクラシックの曲も幾つか含まれていました。やはりベートーヴェンの「エグモント序曲」「コリオラン序曲」スイスロマンド管弦楽団 指揮エルネスト・アンセルメ、そしてピアノソナタ「月光」演奏ウィルヘルム・バックハウス など。聴いてみると、バックハウスは「鍵盤の獅子王」と呼ばれるだけあって、無骨なまでの力強いテクニックに私は圧倒されました。私が中年以降に他のピアニストと比較すると、特に第3楽章など他の演奏家では拍子抜けする箇所も、バックハウスの演奏では全然伝わり方が違うのです。今から思えば、選ばれたピアニストにベートーヴェンが憑依したかのような気迫を感じていたと思います。このように作曲家の音楽を左右するのは、交響曲であれ独奏曲であれ、演奏家自身の力量であるとことを後になって学びました。それにしても、このスタートの時期から私のクラシックはドイツ音楽、特にベートーヴェン一辺倒だったのでドイツには本当に憧れました。
【削除されました】養殖物2021年10月23日(土)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。       文系のためのアインシュタイン(第21回)          19世紀のキックオフ 20世紀のアインシュタインにつながる科学の基礎が、19世紀の初頭から始まりました。直接的には電気と磁気の研究から始まります。そのトップバッターがデンマークのエルステッド。彼は同国人の童話作家アンデルセンの親友であり支援者でもありました。人間性も良かったみたいですが、そのエルステッドが20世紀につながる超重要な発見をしました。公開実験の準備中、導線に電流を通すスイッチを入り切りしている時に、たまたまそばにあった方位磁石の針が振れたのです。それまで電気と磁気は別物と考えられていましたが実は密接な関係があり、この時初めて電磁気学が誕生したのでした。直後にこの成果に触発されたかのように、フランスのアンパールが法則の形にしてまとめて、電流の単位アンペアが生まれました。元々はエルステッドの偶然の発見から、イモづる式に科学発展のイケイケ状態が始まったのですね。 エルステッドの次は、イギリスのマイケル・ファラデーです。近代以降の科学者は高学歴者が多く、ケンブリッジを始め他の一流大学出身者がほとんどを占めていました。しかし極めて異例なことに、ファラデーは家が貧しかった為に小学校教育もほとんど受けていないのです。まだ子供の頃から製本会社に奉公しながら、職場で時間の許す限り独学で多くの本を読んで、その中から科学に大変興味を抱いたのでした。この学びの態度は、今の我々も見習いたいと思いますね。 電気と磁力の関係について、エルステッドは電流から磁界が生ずるのを発見しましたが、逆にファラデーは磁石から電流が生まれるのを突き止めました(電磁誘導)。コイルの中に磁石を入れると磁束の変化によって導体に電位差(電圧)が発生する現象です。20世紀の科学にとって大変重要なポイントとなる新しい電場と磁場の概念がこの時期に生まれていたのです。そしてこの原理は発電機やモーターとして現在に応用されています。 アインシュタインの部屋にはニュートンとファラデーとマクスウェルの肖像画が飾られていたと言います。ファラデーはそれほど偉大な科学者でしたが、さらにファラデーは先輩として後に物理学の巨人となるマクスウェルに多大な影響を与えました。
【削除されました】養殖物2021年10月22日(金)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。        クラシックの巨匠たち(No.1)         序章 私の鑑賞体験から① 私は音楽関係者ではなく楽器も苦手です。ですからクラシックの世界を語るのもおこがましい素人なのですが、音楽鑑賞力だけはある程度備わっていると自負していますので、このシリーズを企画しました。秋も深まってくる頃、クラシックと親しむには絶好の季節です。ちょっとコーヒーやワインを片手に、あるいは逆立ちでもしながら笑、名曲でも聴いてみませんか? 私とクラシックの最初の出会いは今でも覚えています。出会いと言っても、昨日ショパン・コンクールで上位入賞した日本人二人が、5歳または6歳でピアノを学んだ例とはもちろん次元が違います。私の場合は6歳頃すでにベートーヴェン「運命」の曲名と作曲者そして曲のモチーフは知っていました。そして風呂敷をマントにした月光仮面に変身してジャジャジャ・ジャーンと奇声を上げる風変わりな子どもでした笑。当時は運命という言葉の意味も分からなかったはずですが、何か曲調によりシリアスな気分になって月光仮面を演じたことは今でも覚えています。 我が家には古い蓄音機があり、時どき鉄針をSPレコードの溝に落として色々な曲を聴いていましたが、何故かクラシックではなくてペギー葉山の「南国土佐を後にして」が印象的でした笑。どうも子どもの頃の記憶は曖昧ですね。しかし生まれて初めてクラシック音楽に強く感動した曲があります。確か小学校4年生の時、当時の自宅にあったビクターのステレオ(有名な犬の置物付き)で、「ペルシャの市場にて」を初めて聴いた時でした。この曲は割と有名ですが、本格的なクラシックではなく初心者向きのセミクラシックでしょう。曲の内容は、異国情緒たっぷりの市場で雑踏の埃っぽい喧騒の中が舞台ですが、突如現れる「王女の到来」のシーンがとても美しく優雅で、曲の盛り上がりにまさに息を呑んで鳥肌が立ちました。楽団はモンテカルロ・プロムナードオーケストラで、私の中ではベルリン・フィルやウイーン・フィルよりも先に名前を覚えました。 こうして私はクラシックに限らず音楽鑑賞にとって一番大切な情操という感動体験の洗礼を受けたと思います。音楽の頭の知識など必要ありません。目の前の曲に心から反応出来るかということが全てだと思います。中学生になると更にヒートアップしました。
【削除されました】養殖物2021年10月21日(木)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。          犬 と 私 ⑫ 🐶             最終回 正式の飼い犬だったラッキーが亡くなりましたが、そのラッキーを贈ってくれた義妹が一年二ヶ月後にガンで亡くなりました。実は私の妻もガン療養中だったのですが、結局は義妹の方が先に逝ったのです。私の日常生活は急転直下の様相を呈し、そしてとうとう一年半後に妻も妹の後を追うように帰らぬ人となりました。 妻が居なくなった自宅にはリリーとポン吉が残りました。私には二匹の犬が残ってくれて有り難かったです。一人暮らしになった私には、まだ二匹の家族がいるだけ少しは気が紛れる心境でした。しかし、人間の家族を亡くした三年間を私のそばに寄り添ってくれた二匹のうち、リリーが病気で亡くなりました。ある日リリーの腹部に腫瘍のようなものに気付いたので、獣医に診せたところ不治の病だったようです。そういえば心臓も悪く散歩中に突然倒れたりしてビックリして、薬を処方してもらった事もありました。リリーとの生活も振り返れば思い出深かったですが、よくぞここまで私と付き合ってくれたと思います。 総数で五匹居た犬の中で、唯一匹残ったポン吉が現在、私の唯一の家族です。野良犬だったルルが三匹を産んだ時はひどく困惑しましたが、今となっては思いがけずルルのかけがえのない贈り物となりました。ポン吉は犬たちの中で性格的に一番要領が悪く、幼犬の頃は母の乳を他の二匹より小さくなって飲んでいました。そのせいか極度に臆病ですが、しかし出来が少々悪くても結局は最後まで生き残りました。それに、えもいわれぬ愛嬌があって妻も私も本当はポン吉を一番可愛がってきたのです笑。しかも成犬になる頃、思いがけず外部の人を威嚇する番犬らしい吠え方をした時は、その意外性に妻と私も思わず顔を見合わせました。現在はポン吉はよく笑ってくれます。犬も本当に笑うのです。目が優しく口が開いて舌が見える表情はこちらも癒されます。こうして私は飼い主としてポン吉を最後まで見届ける責任があります。これまでの懐かしい犬たちに感謝しながら、犬と私の物語はまだ続いているのです。                完 これで今回のシリーズは終了です。皆様、お付き合い下さいまして大変有難うございました。次回も新シリーズが始まります。よろしくお願いします。
【削除されました】養殖物2021年10月20日(水)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。      文系のためのアインシュタイン(第20回)           キャベンディッシュ キャベンディッシュと言っても、テレビアニメの「ONE PIECE」に登場するイケメンの海賊船長ではありません笑。今回の科学者キャベンディッシュをご存知の方はたぶん多くないと思います。ニュートンの次の世代ですが、この科学者の業績を調べると驚くことばかりです。まず基本的な元素である水素(原子番号1)を世界最初に発見しました。ある金属に強酸を加えて発生したガスが水素なのです。 以下、キャベンディッシュの業績は次の通り。 実験によりニュートンの万有引力定数を初めて特定した   オームの法則(電圧=電流X抵抗)よりも数十年早く同じ内容の結論に達した   クーロンの法則(電荷の性質についての考察)よりも早く同じ内容の結論に達した シャルルの法則(一定の圧力下の温度変化による気体の体積の変化)よりも早く同じ内容の結論に達した ではキャベンディッシュがどの法則よりも早く先に発見したのに、何故彼の名前が登録されなかったのでしょうか?実は彼にとってはそんな必要がなかったのです。彼の業績の大半は論文ではなく、死後に彼が残した私的な研究ノートが全てでした。現代のように学会に認められる為に論文を書きまくって、ノーベル賞でもゲットして地位や名誉やお金を手に入れる必要が全くなかったのです。それもそのはず彼の家系は名門で、彼は莫大な遺産を相続した国内でも有数の超大金持ちだったのです。生活に何不自由なく好きな科学の研究三昧で、自由に没頭出来る実に羨ましい人だったのですね笑。名誉欲や権勢欲が強過ぎる闇のニュートンとは真逆のマイペース人生でした。 しかし彼は科学史上の特筆的な変人でした。人間嫌いで超寡黙で学会以外はほとんど人前に出ません。大きな屋敷に住んで使用人たちに会うのを避け(特に女性嫌い)、用件は全てメモ書きをテーブルに置くという徹底ぶり。もしも使用人が顔を合わせようものなら即刻クビだったそうです苦笑。 それでも彼の名前は出身校のケンブリッジ大学にキャベンディッシュ研究所として生き続け、歴代の所長は物理学会の巨人マクスウェルやトムソン、ラザフォード等錚々たる顔ぶれが集まり、彼らは同時代のアインシュタインにも多大な影響を与えるのでした。
【削除されました】養殖物2021年10月19日(火)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。           犬 と 私 ⑪ 🐶 とうとう行方不明になったラッキーは、その夜に自宅に戻って来ることはありませんでした。年老いた体で一体何処にいるのだろうと心配しましたが、どうしようもありません。そして翌日になってもまだ消息不明です。そしてその日も暮れて風呂に入っていると、浴室の窓から犬の遠吠えのような音が聞こえてきます。ラッキーだと直感しました。 翌朝、すぐに起きて遠吠えの発信源の捜索に向かうと、再び断続的に「おお〜ん」という犬の遠吠えが聞こえてきます。自宅の近くにその場所はありました。背丈近く伸びて深く広く生い茂った雑草野原から声が聞こえてきます。すぐに家へ引き返して、軍手と長い刈り込み挟と剪定鋏を用意して再び現場に戻りました。高い篠竹や雑草が深く生えている傾斜地を、刈り込み鋏で刈り広げながら坂を下って行きます。そして苦労して平坦な地面に下りると、老犬のラッキーがじっと動かずに座っていました。私を見てもあまり嬉しそうに反応しなかったのが少しガッカリです。それでもその場所からラッキーを無事救出する事が出来、自宅まで抱き抱えながら運びました。妻がたっぷりの水を与えるとやはり夢中で飲んでいました。こうして何とか年老いたラッキーを家の外で孤独死させなかったことが、本当に私がホッとした結果につながりました。 しかしその後、そんな出来事があってからラッキーの死期は早まったのかも知れません。庭の段差にも脚がつまずいたりして転ぶことが多くなりました。その頃には私と妻の結婚祝いにラッキーを贈ってくれた東京の義妹が、何度か遊びに泊まりに来ていました。ラッキーは幼犬時代から義妹を母親のように慕っていたので、彼女が遊びに来た時はラッキーは狂喜乱舞していたほどです。ちょうどその義妹が滞在している頃にラッキーは亡くなりました。 ときどき考えることですが、ペットというのは飼っている時はホッコリと楽しいものですが、いざ飼い主が愛玩動物と死に別れるのは本当に辛いものがあります。私が以前ペットを飼うことに消極的だったのもそんな事情があったからです。だからラッキーが死んだ時も、一匹の犬を飼うということはやはり生きた家族が増えることだったのか、とあらためて実感しました。
【削除されました】養殖再放流2021年10月18日(月)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。      文系のためのアインシュタイン(第19回)             パスカル これまでガリレオやデカルトやニュートンなど近代科学の本流を取り上げましたが、今回は少し趣が異なるパスカルが登場します。パスカルも有名ですね。天気予報で馴染みのある気圧単位ヘクトパスカル(以前はミリバール単位)に名前を留め、計算機の発明やパスカルの原理・定理、確率論など、いかにも理系の天才の仕事です。しかしパスカルはそれらの業績以外でもキリスト教の哲学者として文系の天才の顔も持っていました。著書「パンセ」は彼の死後、ずっと大ベストセラーになり大衆から支持されてきました。その「パンセ」の名言が、あの「人間は一本の考える葦である」の決めゼリフなのです。 パスカルは文字通り神童でした。そして神童の常としてモーツァルトやメンデルスゾーン のように短命で亡くなりました。パスカルの実家は裕福で教育熱心な父親は高級官僚の税務官でしたが、パスカルは父親の多忙な税務計算を助ける為に自分で計算機を作ってあげました(それも世界初の計算機なんてスゴ過ぎる)。このように実験科学者として数学者としてパスカルは才能を遺憾なく発揮しますが、30歳頃を境にして理系を離れ宗教的な晩年を迎えます。 元々パスカルは敬虔なカトリック信者でした。そして、さらにその信仰を深めるキリスト者になります。それまでの科学の歴史においては、中世以来のキリスト教が科学の停滞をもたらす暗黒時代の元凶でした。宗教独特の悪しき弊害が社会に出口のない閉塞感を与え続けてきたのです。そこで近代に向かうにつれて「理性」や「科学」の賛美が広まりキリスト教は衰退するかに見えました。ところが超一流の科学者パスカル本人はキリスト教を深く信仰しており、これまで宗教が自分の科学に悪影響を与える事はなかったようです。彼の中では科学と宗教が立派に共存していました。実際、ガリレオやニュートンも神の存在自体を否定する事はありませんでした。後世のアインシュタインも、信仰の対象がキリスト教でなくても仏教や汎神論は信じていました。このように科学と宗教は意外にも親和性が強いので、パスカルは自身が作り上げた数学の確率論を応用するかのように、幸福を得る確率の高い神の存在に「賭けた」のです。
【削除されました】養殖物2021年10月18日(月)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。           犬 と 私 ⓾ 🐶 ルルは野良犬出身で我が家の飼い犬にした為、ルルの実際の年齢は分かりません。まだそれほど歳は取っていないはずですが、いつの間にか体調が悪くなり亡くなってしまいました。あれほど散歩好きだったのに、私が遠くに捨てても戻って来たような利口で頑丈な犬だったのに、最期は歩くこともままならず私の腕に抱かれて息を引きとりました。ルルは子どもたちを産み我が家に飼い犬の幅を広げてくれて、面白い未体験のドッグライフを提供してくれた思い出深い犬でした。野良犬の身分から、最期は我が家の家族の一員として一生を終わらせてあげられたのは良かったです。 そして数年後、我が家の正式のペットだった柴犬のラッキーも死を迎えつつありました。若い頃は遠くへドライブに行く時、ワゴン車のハッチバックにピョンと飛び乗った脚力はすでに無く、私が抱いて乗せてあげる老犬になっていました。15歳にはなっていたので平均的な犬の寿命です。ラッキーの中年以降は、野良犬の家族が増えてラッキーの存在感が相対的に小さくなったのは少し可哀想な気もします。もっと子犬の頃のように構ってあげれば良かった。ラッキーは正式に家に来て以来、よく係留ロープを噛んでいて結局ロープがちぎられた事が何度もあります。その度ヤンチャなラッキーは外へ脱走して我々を心配させましたが、必ず戻って来ました。しかし最晩年には最後の大きなトラブルが発生しました。大切なラッキーがとうとう行方不明になってしまったのです。 その日は自宅のリフォームで工事業者が何度も出入りしていたので、玄関や門扉は開放していました。当時室外犬だったラッキーは老犬になっており寒い日は玄関内で飼っていました。するとフリーだったラッキーはヨボヨボ歩きながらも犬の習性で容易に外へ出てしまい、行方が分からなくなってしまったのです。歳をとって人間と同じように(特に柴犬は)認知機能も衰えて、自宅の帰る方角も分からなくなってしまったのかも知れません。せっかく長年大切に育ててきたのに、最後の最後にこんな形でラッキーと別れるのは考えたくありませんでした。そこで行方不明になった直後から自宅周辺を車で徐行したり歩いて捜索しました。でも成果はありませんでした。夕暮れになって業者が帰った後は、犬が帰れるよう念のため門扉を一晩中開けておきました。
【削除されました】養殖物2021年10月16日(土)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。       文系のためのアインシュタイン(第18回)            ニュートン ④ ニュートンは物理学以外で数学の微分積分でも大きな功績を残しました。微分積分と聞くと一般の文系は頭を抱えますが(私を含めて笑)、20代で着想した彼の「流率法」が後の微分積分学に発展したようです。しかし私の記憶では、数学の教科書の微分積分のページに載った肖像画はニュートンではなくてライプニッツでした。実際、lim→0や積分のインテグラル∫などの記号は全てライプニッツの考案であり、後代の学習者にとっては彼の合理的な記号のおかげで教育効果が高いようです。 しかし当時の微分積分の発見を巡って、誰が先にこの考え方を思いついたか?という先陣争いの論争が始まりました。説によるとニュートンが先に発見したが発表が遅れたのに対し、逆にライプニッツが理論を仕上げて先に発表したとあります。こうなると本人たちよりも、お互いの支持者や派閥間で論争や攻撃が仕掛けられてヒートアップしたしたようです。そして話がイギリスvs欧州大陸の様相を呈して大問題に発展しました。実際はニュートンもライプニッツも独自に微分積分の考え方に達したので本来は痛み分けですが、現代ではライプニッツの微分積分が普及しています。 実はニュートンの争いはこの件だけではありません。グリニッジ初代天文台長との観測データを巡る訴訟には敗北しています。またニュートンの最も有名な闘争相手はロバート・フックです。フックの業績は弾性の法則(バネに重りをぶら下げた実験)や生物学で細胞を最初に顕微鏡で観察した点が挙げられます。そんなフックに対してニュートンは仲が悪くて論争ばかりしていました。そしてニュートンが王立協会会長の時に、フックの死後に彼の業績を消そうとした行動が見られます。実際、フックの唯一の肖像画が破棄された可能性さえあるのです。 このように理系の天才ニュートンが、文系的には人間の闇の部分があるのは興味深いですね。イギリスの下院議員や造幣局長官も務めたニュートンですが、彼は人間の世界は法則通りに動かない事実に大いに戸惑い続けた人生を送ったものと思われます。変人といえば変人かも知れません。彼は近代の科学者でありながら最後の中世的な錬金術師でもありました。凡人には無縁の学問の巨人ならではの規格外れのエピソードと言えます。
【削除されました】養殖物2021年10月15日(金)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。           犬 と 私 ⓽ 🐶 人類と犬との関係は約一万五千年前に始まり、DNA的にもイヌがオオカミから分岐したと言われています。当時を想像すると、オオカミにもさまざまなタイプがあったようです。気の荒い仲間のオオカミたちと十分に交れずに、グループから落ちこぼれて単独で行動せざるを得ない弱い種類もいたでしょう。そんな比較的おとなしいオオカミも放浪していたのです。そして当時の狩猟生活をしている人間たちの集落にたまたま迷い込んだ時から、人間とオオカミとの交流史が始まりました。人間たちはおとなしいオオカミを家畜として利用し狩猟生活のパートナーにしたのです。そして実用的な利用以外にも、人なつっこいオオカミを飼育しながら、しだいに愛玩動物としても家族の一員に加えたことが想像出来ます。それから進化したイヌと人間との本格的な信頼関係が始まったのではないでしょうか。 私の飼い犬といえば、天然由来のおかしな性質があります。私が車で静かな夜に帰宅する時は、車が遠くから近づくにつれて犬たちはワンワン吠えると妻が教えてくれました。犬たちは私の車のエンジン音に敏感で、帰宅する直前まで私の帰りを予知しているようなのです。一般的には犬は鼻だけではなく聴覚にも優れ、超音波まで聴き分けられると言います。犬には優れた肉体能力があるのですね。それにしてもこういう風にワンワンと歓迎してくれるのは、飼い主にとっても嬉しいもので一日の疲れも癒されるような気分になります。 しかしある日、私の車が車検のため二、三日使えず、代車として別の車で帰宅したことがあります。すると車が夜に自宅の前に到着した時は、犬たちは普段私があまり耳にしない激しく威嚇的な吠え方をしていました。犬たちにしてみれば、いつもと違う車だから運転者は私とは別人の怪しい人間だと勘違いしていたのかも知れません。それならば無理もないでしょう。しかし私が車から降りて庭の中へ入庫のために門扉を開けている時、私が自分の正体を現しているにもかかわらず犬たちの威嚇は止まりません。「おいおい、ご主人様だぞ」と犬たちに向かって呼びかけても反応は変わりません笑。犬たちにとって本物の飼い主が目の前に現れても、以前の車のエンジン音が御主人のアイデンティティだと刷り込まれて認識しているようなのです。犬って面白いな、と感じました。
【削除されました】養殖物2021年10月14日(木)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。       文系のためのアインシュタイン(第17回)            ニュートン ⓷ 虹色(レインボー🌈)はやはりキレイですね。日本では虹色と言えば七色ですが、世界では地域によって5色だったり6色だったりします。でも実際の虹色はグラデーションなので、色に境があるわけではなく、色の数は正確には特定出来ません。また普通に物を見るときは光を反射した色が物の色で、それ以外の色の光は物体が吸収してしまいます。「見る」という行為は、こうした反射光だけが目に届いて、物の色として認識されるようになるのです。 学生のニュートンが大学を休んで感染症の流行から故郷の実家に戻っている時、彼は持参したガラスのプリズムを使って実験をしました。暗くした部屋の一点の穴から外の太陽光が差し込む時、プリズムは白い太陽光を幾つもの色の光に分けました。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫 です。そしてそれぞれの分光を再び別のプリズムに通すと、元の白い太陽光に戻るのです。そして光の屈折率は波長の違いによるもので、赤→紫で波長は短く屈折率は大きくなる事を確かめました。だから虹の外側は赤で内側は紫なのです。ちなみに空の青さはニュートン時代では解明されず、後にレイリーによって太陽光と空気分子の散乱により波長の関係で青色が強調されるというしくみが確認されました。科学の進歩の途中でもちろん「光学」の出発点は、このニュートンの光のスペクトル実験がとても大きな意味を持つ出来事だったと言えるでしょう。 また興味深いのは、ニュートンの光学研究に対して強い反論を示した人物がいます。有名な文豪のゲーテです。彼は文学者でも理系の洞察に鋭く「色彩論」を発表しています。物理学的な考え方としては当然ニュートンの理論に軍配が上がりますが、ゲーテの光の人間学的考察も優れており決して無視出来ず、後の一部の量子物理学者の立場からは有効だそうです。このように「光」の問題は奥が深く、根本的な光の性質としては、ニュートンは光の粒子説を採用しています。一方では反対派の波動説の学者からは批判されました。しかし後のアインシュタインは粒子派でニュートンを支持しました。結局、今では光の性質は、粒子と波の両方の性質を持つことが分かっています。光というのは実に摩訶不思議な世界ですね。
【削除されました】養殖物2021年10月13日(水)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。           犬 と 私 ⑧ 🐶 ポン太の突然の死で犬の総数は4匹に減りました。我々の負荷に、ポン太が応えて自ら身を弾いたのかと思うととても可哀想に思えました。それでポン太の分まで医療を含めて、他の犬たちを大事に育ててやろうという思いを強くしました。毎年の予防薬はフィラリアを中心に与えました。これは蚊の媒介によるこわい感染症の予防です。犬の散歩は毎日は無理で、散歩日は妻と二人で4匹を2回に分けて散歩させる事がありとても面倒でした。またラッキーがある日びっこをひいていたので医者に診てもらったら、足の裏のマダニが原因でした。特に夏場の散歩中の草むらには要注意です。 こうして多頭飼いで犬たちの世話をしていましたが、ある日、リリーが突然逃亡しました。首輪がゆるかったらしくスッポリと外れていたのです。自由を求めて「おてんば」なリリーは庭の門扉の隙間から外へ遁走してしまいました。又もや想定外の展開ですが、自分の意思で居なくなった以上生きていればいいさ、と何とか割り切ることが出来ました。すると、そろそろリリーのことを忘れかけた頃、たまたま私が門扉の近くに居た時に、ある野良犬たちの群れが前を通り過ぎようとしていました。するとその群れの中にリリーがいたのです!少し顔つきが変わっていましたが、間違いありません。私が門扉を少し開けてリリーを呼んでやると、リリーは私を覚えてくれていて素直に庭の中に入りました。他の野良犬たちは不良グループらしく笑、私を見るとふてくされたような顔でやがて仲間と一緒に去って行きました。これは私と飼い犬の縁をあらためて感じさせてくれる一つの出来事でした。 元の住処に戻ったリリーはその後あまり元気がありません。食欲もしだいに無くなりポン太の二の舞になりそうな様子でした。顔つきも明らかに変わっており悪い犬の仲間から暴行されたのかも知れません。それでかかりつけの獣医に診てもらって薬で手当てをしてもらいました。おかげでリリーは少しずつ元気を回復していきました。ただその後、やはりリリーは身ごもっており、赤ちゃんを4匹出産しました。私は今度は迷うことなく決断し、近くの小川に箱に入れて流しました。可哀想ですが仕方ありません。情が移る前にキッパリと処分したのでした。
【削除されました】養殖物2021年10月12日(火)
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斉藤 照夫年金労働者
おはようございます。      文系のためのアインシュタイン(第16回)          ニュートン ② 中世のヨーロッパは、古臭いキリスト教の支配下にあって科学が停滞した暗黒時代でした。そこへようやくコペルニクスの地動説が現れ、ティコ・ブラーエの観測、ヨハネス・ケプラーの理論、ガリレオ・ガリレイの実験という近代科学のスターたちが続々と登場したのです。しかし、彼らが解き明かしてきた科学のしくみは、それだけではまだ不十分でした。そこへ次の世代の天才アイザック・ニュートンがスーパースターとして脚光を浴びます。先輩達が成し遂げたお膳立てを総括する集大成の作業に取り掛かったのです。 リンゴが木から落ちるのは当たり前の現象ですが、それだけが万有引力ではありません。実はニュートンは、月も落下していることに気が付きました。この発想が天才と凡才の違いです。もちろん月は地球に衝突しません。人工衛星の軌道と同じ理屈で、地球の向心力(重力)と横向きの力を加えれば、月は地球の中心に向かわずに丸い地球を回ることになります。たとえば、大谷投手が投げたボールも一定速度の範囲内(宇宙速度)で飛び続ければ、ボールは地上に落下しないで人工衛星のような軌道を辿ります。月の軌道も全く同じ理由なのです。 こうしてニュートンは、万有引力が地上と宇宙で同じ法則に支配されていることを突き止めました。一方、ケプラーの法則は優れた宇宙理論ですが、太陽系の惑星が「どのように」進むかという記述は正確ですが、「なぜ」惑星が楕円軌道を進むのか理由は明確ではありませんでした。ケプラーの法則は数学的には理にかなっていても、惑星の間ではたらく力の正体が不明だったのです。しかしニュートンの万有引力の説明で惑星運動の正確な原理が解明されました。 基本的に科学の捉え方には「どのように」と「なぜ」があります。注意しなければならないのは、下手に「なぜ」を追求し過ぎると、例えば宇宙の起源などの難しい問題に対して安易に神様を引っ張りだしたりします。「神の最初の一撃」が必要になるのです。そういう推測や先入観を持たない為にも、ガリレオの実験などは「どのように」現象が起きるのかという事実だけを積み重ねていきました。これが科学の基本だと思います。しかしニュートンの万有引力は「なぜ」という物理世界の根源的な問いに明確な解答を与えたのでした。
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