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「MILBON BEAUTY PROGRAM」開催 SSFF代表・別所哲也&市川紗椰、“美”とショートフィルムがコラボした作品の魅力語りつくす!
ORICON NEWS
林 徹(株)商工組合中央金庫 職員
#かけるクラシック の市川さんが出席されるとのことなので、柄にもなく表参道ヒルズに行ってきました(遠くから拝見しましたが、市川さんはとてもおきれいな淑女でした。ただ私はああいう場は慣れず、ちょっと緊張したかも) 個人的には最初の「ナイジェリアのバレエダンサー」が一番良かったかな…映像の美しさもさることながら、ちょっと考えさせられた。貧しい中でバレエに取り組む少女達のドキュメンタリーで、確かに「挑戦」という側面があったが、それ以上に「何故バレエなのか?」という問が伏流水のように見えざる流れとしてあったように思える。 バレエってそもそもヨーロッパのものだよね…よくクラシック音楽やってる日本人が、ヨーロッパで「何故俺達の音楽やるの?何故日本の音楽やらない?」と問われたと聞くけど、このフィルムの中でも「何故俺達の踊りをやらない?」と問われる場面がある。 結局我々がバレエを美しいと思い、それに価値を見出しているのは、ヨーロッパが歴史的に覇権を握ったからではないか…そういう問が表面には出てこないが、私の頭をよぎった。 一方で、そういう疑問には関わらず、無心にバレエに取り組む少女達の姿は確かに美しい。植民地主義等の歴史的背景を虚無と捉え、彼女達の姿はを光と考えると、光と虚無を両睨みで見据えているような感覚にとらわれた。その一方で、皆で大喜びして踊るシーンでは民族舞踊のような踊りを皆で演じているようで、少し複雑な心境にとらわれる。 そして自分の中で一番疑問だったのは、最後の「パレスチナ諸島」。何か茶化しているように感じられて、うっときてしまったんだが、よく考えてみると、強い絶望の中に敢えて希望を見出そうという表現だったんじゃないか、と思えて来ている。 フィクション性を逆手に取って、「これは夢なのか、現実なのか?」という視点も感じられる。 主人公の少女は寝ている最中起こされて、お爺さんや友達と海に向かう。これが先が長くないお爺さんを励ます狂言な訳だが、何故か友達達も車に乗っていて、リアリティが無い。 「プロットが弱いんじゃないか?」とも思ったが、敢えてやってるのかな、とも思える。 つまりもう殆ど出口がなく、被害者の老人達が死んでしまうようなシチュエーションにおいて、敢えて非現実的な空間を表現して「夢でしか解決しない程絶望的な状況」を表現したのかなと。
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出生率1.20、最低更新 23年生まれ72万7千人
共同通信
林 徹(株)商工組合中央金庫 職員
日経のこの記事からすると、出生率が一番高いのはフランスだが、これは遠くナポレオン戦争後の人工危機の記憶が背景にあると思う。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA03CEI0T00C24A6000000/ 革命戦争を経て長い戦争の時期を経たため、適齢期の若い男性が極端に少なくなってしまい、人口に重大な影響が出た。有名なフランス外人部隊が作られた背景には、この時の問題への対処、という背景がある。 翻って我が国では、先の大戦が終わった時に同じ経験が起こってもおかしくなかったのだが、ベビーブームなるものが起こって問題は一気に解消してしまった。 背景には、悲惨な戦争が終わった安心感に加え、新憲法など「社会が変わる!」という確信が市井に溢れたからだろうと思う。 逆に今はそういうことが何もなく、ズルズルべったり前の社会が延々続くという惰性的な雰囲気しか感じられない。これでは結婚して子供作るなんて面倒臭いミッションやる気になるはずないだろう。普段の日常だけでウンザリすることてんこ盛りなのに。 上の世代が少子化対策に楽観的で、今まで何の手も打ってこなかったのは、戦後の成功体験があるからではないか。企業や経済に続いて、なまじ上手くいってしまった戦後の経験が足を引っ張ってしまった形になってしまったように思える。 ただそうはいってもフランスでも出生率は1.6。 やはり経済が発展し、教育が進めば、出生率が下がって人口が減るのは避けられない現実なので、如何に上手くソフトランディングさせるか、だよな。このまま行くと社会インフラの維持にまで支障が出るかもしれない。特に福祉介護なんてどうするんだ?
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ジャーナリスト・田原総一朗と国際政治学者・舛添要一が対談!「最先端のEVに乗る中国人」と「時代遅れのガソリン車に乗る日本人」、失われた30年でステータスが逆転【読めば国内外の問題が多視点で見れるようになる!】 - 田原総一朗の覧古考新
Diamond Online
林 徹(株)商工組合中央金庫 職員
中国が「幸せな監視国家」としてヘゲモニーを握るか。 私は決して賛成しないが、近代以降の「政治的自由は無いけど経済的にそこそこ幸せという水準で統治が成功する」という「ポスト1984」国家のモデルケースたりうるかの分水嶺だと思う。 一方で独裁国家は自らの体制を維持するための構造転換は強権的に迅速にできる。日本はこれができない。欧米も「転換しなければならない」と判断したら、構造転換に何回も成功してきたが(その効果についての是非はあるだろうが)、日本はできない。 丸山眞男が「日本には権力崇拝が無い」といったとされるが(多くの日本人の通念には反すると思うが)、30年くらい前にカレル・ヴァン・ヴォルフレインというオランダ人の「人間を幸せにしない日本というシステム」という本が出たりして、「日本は現状維持という自動操縦装置によって飛んでいる飛行機」と言われたりしたが、責任を持って意思決定し、それに基づいて個々が適切に責任と判断を積み重ねながら制御しながら変化していくことが、日本人は下手なのだろう。それには「権力」が必要で、権力と対峙して制御していく厳しさも必要になる。自らの中の権力性を認識してそれを内省して制御することも必要になる。それが凄く下手(これはリベラルもそう)。
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NORMAL