02【新潮流】「人権とビジネス」は政治がビジネスに影響を与える典型例

2021年11月9日
全体に公開

 日本経済新聞が11月5日付で「マレーシアのゴム手袋製品、米国が相次ぎ輸入差し止め」という記事を掲載しました。この記事は、今年のビジネストレンドとして注目度が高まった「人権とビジネス」を考える上で、重要な出来事を報じています。

 また、国内外の政治的な動きや思想がビジネスに直接影響を及ぼす、地経学的な典型例の一つとも言えるのが、このテーマです。

 さて、まずは、本件の概要を抑えてみましょう。

・11月4日、米税関・国境取締局(CBP)はスマートグローブ社製使い捨てゴム手袋の輸入を差し止めた。

・理由は同社の工場で強制労働が発覚したこと。

・米国はサプライチェーンにおける非人道的な習慣を排除しようとしている。

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  実は、マレーシアのゴム手袋製造会社には、すでにCBPから同様の措置を受けた会社が2社あります。理由についてCBPは、今回のスマートグローブ社とほぼ同様で、強制労働を指摘しています。下記のうち、トップグローブ社は世界最大手です。

2020年7月15日 トップグローブ社(2021年9月9日解除)

2021年10月20日 スーパーマックス社

 米国がこのような措置を発動した根拠は、ILOの原則に反していることを前提としつつ、合衆国法典「19 U.S.C. 1307」(正式名称:United States Code, 2006 Edition, Supplement 5, Title 19 - CUSTOMS DUTIES)に抵触することにあります。

 11月4日付のCBP報道発表では次の通り触れられています。

“Federal statute 19 U.S.C. 1307 prohibits the importation of merchandise produced, wholly or in part, by convict labor, forced labor, and/or indentured labor, including forced or indentured child labor. CBP detains shipments of goods suspected of being imported in violation of this statute. Importers of detained shipments have the opportunity to export their shipments or demonstrate that the merchandise was not produced with forced labor.”
仮訳「連邦法19 U.S.C. 1307は、強制的または年季奉公の児童労働を含む、囚人労働、強制労働、および/または年季奉公によって生産された商品の輸入を全面的または部分的に禁止する。CBPは、この法律に違反して輸入された疑いのある商品の出荷を留置する。拘留された貨物の輸入者には、貨物を輸出するか、商品が強制労働で生産されたものではないことを証明する機会が与えられる。」

 米国は世界最大市場です。その米国に輸出が出来なくなることは、企業にとって大きな打撃です。実際、冒頭に紹介した日経新聞の記事は、スーパー・グローブ社の売上高のうち、米国市場は約2割と報じられています。

 皆さんの自社の事業におきかえて、2割買っていただけるお得意様との取引が打ち切られたと思うと、肌感として重大さが分かると思います。

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この事例から日本企業が学ぶべき「ビジネスと人権」

 マレーシア企業の話でしょう、日本企業には関係がない、と片付けることはできません。あるいは、いかにも「新興国らしい」問題として捉えてしまい、先進国である日本には関係がないのではと思ってしまうかもしれません。

 しかし、まったくそんなことはありません。

 例えば、皆さんが働く企業が外国企業を買収したり、出資をしたりすることがあるでしょう。

 その際に、対象企業が工場を持っていれば、工場で働く従業員の労務環境や雇用契約がしっかりと守られているのかを確認することが重要です。

 また、対象企業からの説明だけではなく、業界でどのように評価されているのかといった風評調査(レピューテーション調査)を行うことが大切になります。

 従業員には外国人が含まれることも少なくありません。一人当たりGDPが1万ドルを突破しているマレーシアは、日本でもみられるように、若者を中心に自国民がいわゆる「3K」の仕事に就きたがりません。

 マレーシアでは、南アジアや東南アジアの低所得国からの出稼ぎ労働者が工場での生産を支えていることが多く、劣悪な労働環境におかれていることが時折明るみに出ます。

 これはマレーシアだけの問題ではなく、様々な国で生じています。

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 この視点では、日本国内の製造拠点も十分に留意する必要があります。外国人従業員への賃金未払いや過剰な残業の事例は、これまでにも報じられていますし、報じられないレベルでも様々な情報を耳にすることがあります。

 日本企業がBCPによって同様の措置を受けることもあります。JETROは米国の人権外交が日本企業にも影響が及んだ実例を報告しています。

 外国に製造拠点を持っていなくても、外国に製品を輸出をしているのであれば。国際的な「人権とビジネス」の流れを意識した上で、適切な対策を講じておくことが重要です。

人権をめぐる国際政治が生み出した「ビジネスと人権」という論点

 ビジネス上のオペレーションとして人権が重要になってきた背景には、国際情勢における人権概念の発展が影響しています。細かく話すと長くなりますので、ビジネスに直結するところだけ抽出しておきましょう。

1999年
 コフィー・アナン国連事務総長(当時)が「国連グローバル・コンパクト」を提唱。グローバル・コンパクトは、企業に対し、「人権」、「労働」、「環境」、「腐敗防止」に関する10原則を実践するよう要請。

2011年
 国連で「ビジネスと人権に関する指導原則(UN Guiding Principles on Business and Human Rights:UNGPs)」(以下、「指導原則」)が作られ、以来、企業活動における人権尊重の指針として用いられるようになった。

2021年
 「指導原則」10周年を迎えるに当たり、国連ビジネスと人権に関するワーキンググループは、今後10年間の行動計画に対する提案を広く募集

 こうした流れを受けて、欧米圏では法制化が進んでいます。いわゆる、ソフトローからハードローへの動きです。

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動き始めた日本

 「ビジネスと人権」は、近年、日本国内でも重要な動きがあります。直近の話偉大では、10月8日には、中谷元氏が人権担当の首相補佐官に就任する見込みだと報じられました。

 また、これに先だって、5月21日には自民党外交部会に設置された人権外交プロジェクトチームが人権とビジネスを含む提言が党内で了承され、6月2日に正式に発表されています。(※注:ただし、政府・与党の動きは対中国外交の視点が色濃く出ており、「人権とビジネス」という視点からは課題点もあります。この点は、また別途、論じることにしましょう)

 現実的に日本でハードロー化するには、行政、国会、産業界など関係するステークホルダーの間での調整が必要であり、様々なハードルが想定されます。

Photo by  Wiiii / Wikimedia Creative Commons/(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Diet_of_Japan_Kokkai_2009.jpg) / CC BY-SA 3.0

 ただ、世界は欧米諸国を中心に既にハードローへと向かっています。新興国でも、マレーシアの事例のように、ハードローによる洗礼を受けて対策を講じ始めています。

 したがって、私たちは、国際基準としてハードロー、あるいは、それに近いものを意識した行動が求められる潮流のなかに置かれています

 企業として人権規範を掲げることはもちろんのこと、スローガン倒れにならないように、問題が生じやすい生産現場の適切な管理、国内外の企業を事例とした研修会の開催などをしていく必要があるでしょう。

 私は以前、NewsPicksで「【処方箋】日本企業におくる『人権デューデリ』のリスク管理」という記事を書いていので、是非、ご覧ください。また、本記事の末尾にはウエブ上で入手できる資料や記事を文末にまとめておきました。

 「ビジネスと人権」は、様々な論点や歴史的な経緯があり、本稿ですべてを網羅している訳ではありません。ごく入り口についてだけお話をしました。

 今後、本トピックスでは、「ビジネスと人権」をめぐって、例えば、トップ・グローブ社といった具体的な事例研究や、欧米のハードロー化の動き、日本国内の動き、そして、新たなニュースを掘り下げる記事も出していきたいと考えています。

【さらに学びたい人のための資料】

・NewsPicks特集「新しいサプライチェーン

・外務省「ビジネスと人権ポータルサイト」 

・外務省「ビジネスと人権とは?ビジネスと人権に関する指導原則」 

・経済産業省「ビジネスと人権~責任あるバリューチェーンに向けて~」 

・JETRO「『サプライチェーンと人権』に関する主要国の政策と執行状況

・ILO「責任あるビジネス 国際的文書による主要メッセージ」 

ビジネスと人権リソースセンター

・日本弁護士連合会「ビジネスと人権に関する取組

(SGT 2021年11月9日01:00 脱稿)

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