03「世代」の軸で捉えなおすアジア経済と肌感覚

2021年11月20日
全体に公開

 トピックスの第1回で掲載した記事には、下図を掲載しました。この図は、私の自作で新興アジアを俯瞰するために定番資料としてよく使います。単なるデータの紹介ではなく、「世代」という軸を入れている点がポイントです。

 トピックス「新興アジアのビジネス地経学」の第3回(本稿)と第4回では、「世代」をキーワードに新興アジアへの視点を提供したいと思います。本稿は経済的な視点を扱い、第4回は政治的な視点を扱います。

出所)CIA World Factbook、World Economic Outlook, Oct 2020、各種資料に基づき筆者作成

 この図を作成した意図は、新興アジアを考えるために、特に日本とのギャップを踏まえることにあります。つまり、時流の差が存在することをしっかりと意識しなければいけないということです。 

 私は、一般の人々の目線で考えるとき、Before または After Windows 95という区分スマホ世代という区分を置いています。

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 読者の年齢層によっては、Windows 95の重要性がピンとこないかもしれません。 Windows 95の普及によって、一部のマニア向けだったパソコンが誰でも使えるようになり、一般の人たちがインターネットにアクセスし始めました。

 1965年から1980年生まれの「X世代」はBefore Windows 95、1981年から1995年の「Y世代」はAfter Windows 95に該当します。

 そして1996年から2010年生まれは「Z世代」となり、いわゆるスマホネイティブとなります。「手のひらにインターネット」を持つ世代であり、文字通り常時接続で日常を過ごすことが当たり前の環境で生まれ育った人々です。ちなみに、さらに若い世代はα世代です。

 こうした区分で念頭にあるのは、生まれた時点から中学生ぐらいまでにWindows 95やスマホが存在していた年齢の人たちとしています。社会を大きく変えた基幹サービスを、自然に、言い換えれば「ネイティブ」として受け入れられる世代ではないでしょうか。

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スマホエコノミーと「世代」

 近年のコンシューマー向けのデジタル経済の代表格としてはシェアリングエコノミーがあります(今ではこの呼び方も再定義する必要があります)。

 その先駆的な事例として、話題となったのが2009年に米国で創業したUberです。NewsPicksでは2015年3月時点で「Uberの衝撃」という13回(!)特集が組まれました。

 当時、日本語メディアでは他に類を見ない速さと網羅性、そして当時はまだ珍しかったインフォグラフィックスを活用して、Uberについて解説をしていました。

2015年3月8日「【13日連続特集】Uberの衝撃」https://newspicks.com/news/8630
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 そして、新興アジアでも模倣したサービスが登場していきます。東南アジアでは、SPAC上場が話題となったGrabが先駆けです。2012年にマレーシアで創業して以来、数年で東南アジア各地の日常生活のインフラへと浸透しました。かつては、UberはGrabとしのぎを削っていた時期がありました。

 こうしたサービスがすんなりと受け入れられた背景には、様々な要素があるとは思いますが、少なくとも一つには、新興アジアがZ世代とY世代によるデジタルネイティブという素地があったと考えられます。(なお、日本と同じ先進国でありながらも、アメリカの中央年齢も新興アジアに近い点は注目すべきです)

 一方、日本の中央年齢は、Before Windows95のX世代に該当します。冒頭の図版を再掲しておきます。昨今のデジタル化における課題が指摘されることも、人口構造からみるとある意味で当然の帰結と言えるでしょう。

 実際、こうした新興のテック企業による新たなサービスが世界でしのぎを削り始めるとき、日本では、類似のサービスを使う機会が非常に限られていました。

 なお、ここで、やや脱線しますが、一つだけ先に触れておきたいことがあります。「日本が遅れている」「日本ダメ」と言いたいのではありません。

 社会の事情に応じた法律の規制があります。その規制が故に安全を確保している側面もあるからです。従来型の社会インフラが成熟かつ精緻化しており、わざわざ新興のものに乗り換える動機もない、という心理もあるでしょう。

 新興アジアではそもそものインフラが不足しています。そこに、導入コストの安い新たなサービスが誕生し、「リープフロッグ(蛙跳び)」を起こして短期間で普及したという経緯があります。

 そもそもの社会的な前提が異なる点があることを留意しながら、論じていく必要があると考えています。

家族の紐帯と家庭内DX

 ここで、定性的なお話、つまり肌感のお話もしておきたいと思います。

 新興アジアでも、ひと世帯の人数は減りつつありますが、まだ家族の紐帯が強い状況です。ここでいう家族には、親戚なども含むextended familyまで意味します。別居していたとしても、長期休暇には里帰りする習慣が根強く残っています。新興アジア各地の知人の様子をみていると、兄弟や親戚の家の行き来は日本よりも頻繁だと感じます。

 こうした家族の紐帯の中では、PCやスマホの操作になれていない家族がいる場合、よりなじんでいる若い世代の人が教えることがあります。

 つまり、家庭内でDXが進む土壌があると言え、X世代やY世代の人たちが、Z世代的な要素も持つ場合もあります。これは統計で証明されている訳ではありませんが、私の体感として、だいたいそうだろう、と感じている事です。

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 また、新興アジアはスマホの普及が早かったと言えます。私の体験として、2010年から2015年に証券会社に勤めていたとき、頻繁に東南アジアに出張して現地調査をしていました。首都のみならず、地方都市でもスマホを持っている人が多いことに驚きました。

 投資家や事業会社向けの勉強会では、「東南アジア・三種の神器」としてスマホの話しをすると、聞き手の食いつきが非常に良かったことを覚えています。

 日本ではスマホと言えばiPhoneのイメージが強いですが、当時の東南アジアではSamsung製の100米ドル、200米ドル程度の安い端末が売られていました。Samsungは現在、安い端末は製造しておらず、ミドルからハイエンドに集約していますが、以前は新興国で安いスマホも販売していました。

 余談ですが、インドネシアではキーボード付き端末のBlackBerryが大人気でした。

 また、2015年夏から勤め始めたNewsPicksでは、2016年にシンガポールに異動した直後にシェアリングエコノミーについて体験談を書いています。 

 当時、あえてシェアリングサービスでどこまで暮らせるかという挑戦をしてみました。当時は、GrabとUberの比較、日本人ユーザーは非常に少なかったAirbnb、メルカリに似たCarousell、小規模な引っ越しや荷物の移動に使えるGo Go Vanというサービスを使いました。(※注:当時から現在のサービスは結構変わっていますので、あくまで当時の体験談としてお読みください)

2016年4月19日「【新】シェアリングサービスが状態化するアジア」https://newspicks.com/news/1508247
筆者撮影

 こうしたサービスは実際に使ってみないと分からないと私は実感しました。概念的なことは使わなくて理解できても、UI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)は使ってみることが一番です。

 ここまでで書いたことは、4、5年前と少し前の話ですが、現在も基本的に同じで延長線上にあります。今、私はシンガポールで便利だと思っているのは、政府や銀行関連の手続きはほぼスマホで完結することです。

 例えば、新型コロナウイルスワクチンの接種も、簡単なフォームに書き込むだけで2回分の接種の予約が簡単にできました。個人情報はSingPassというアプリと連動して、指紋やパスワードの認証で本人確認ができれば、何度も似たような情報を違う役所に出すということもまずありません。

 銀行についても、ごく一部のものをのぞき、ほぼスマホで完結が出来ますし、ATMでの現金の引き出しもカードを使わず、スマホでQRコードを使えばできます。

 先進国化したシンガポールだけが特別な状況ではなく、他の東南アジア諸国でも、国により差はあるものの、複数の知人からデジタルサービスの使い勝手の良さを聞くことが頻繁にあります。中国は、もはや言うに及ばずの世界だと思います。

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 このようにスマホで完結できるデジタルサービスが新興アジアで普及したことは、様々な要因が考えられますが、既存インフラの未成熟さ、規制の曖昧さ、規制が存在していないといった条件に加えて、デジタルへの移行に違和感のない世代が人口の中央年齢を占めているということが大きいのではないでしょうか。

 日本の視点からは、新興アジアのデジタルインフラの加速的な発達と利便性の向上が肌感としてはわかりにくい状況になっています。ビジネス上では、これをどうにか克服する必要があります。

 もちろん、最近は、デジタルに振れすぎたことから、リアルを求める動きもあります。コロナ禍が落ち着き、人々が簡単に集まれるようになれば、リアルの重みが出てくるでしょう。ここは、リアルに強い日本が何らか強みが発揮できるのではないかと思いますが、それでも、デジタルプラットフォームとの適切なミックスが必要になります。

 ここまで、新興アジアの若さ、デジタルネイティブ世代ということに注目して話してきましたが、実は「老い」も重要な論点になっています。タイ、中国、ベトナム、インドネシアの中央年齢は30歳を超えています。これらの国は中所得国の段階です。この「新興アジアの老い」というテーマは、また別の機会に触れたいと思います。

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 以上、今回は「世代」という軸から、特にデジタルエコノミーを念頭において新興アジアの経済を考えてみました。次回は、「世代」を軸に政治について考えたいと思います。

 不思議な程までに私がよく聞くのは、政治はビジネスに関係がない、という発言です。確かに、税制や規制などを除けば、今日の政治がすぐに自分の担当している業務に直撃する場面は少ないでしょう。

 しかし、新興アジアは政治的な動きによって、様々な条件がガラッと変わってしまうことがあります。2月にクーデターが起こったミャンマーは典型ですし、与党支配が前提条件のように思い込まれていたマレーシアでは2018年に政権交代が発生しています。

 インドネシアやフィリピンは大統領制であり、誰が政権を握るか、そしてどの政党がそれを支えるかによっても、経済や投資などに出る影響が異なります。

 東南アジア政治は、国により制度が異なり、包括的に理解することが難しい側面もありますが、共通事項も存在します。その一つの要素が「世代」という視点だと私は考えています。

Photo by fajar grinanda on Unsplash https://unsplash.com/photos/XR6iYGm5nU0

(SGT 2021年11月20日22:50脱稿)

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