40 コスパでは語れない、「マイナー言語」の価値とビジネスインテリジェンス。

2023年1月30日
全体に公開

 この記事に衝撃を受けてしまいました。

 衝撃を受けた理由は、最もコスパの悪い大学として母校の東京外国語大学が選ばれてしまったからです。そして、その理由として、以下のような指摘が引用されていました。

外語大では『東南アジア第2地域、ビルマ語』のように、13地域27言語から専攻地域と言語を選ぶことになります。就職やビジネスでの実用性がない言語を選択してしまい、後悔する学生も珍しくありません。また『大企業の内定を蹴って専攻地域の人形劇団に入る』など、収入より自分の趣味を追求する人も一定数います

 後半の大企業の内定を蹴って人形劇団に入るという下りは確かに類似の現象が私の周りにもありました。フラメンコにはまり、フラメンコ留学と武者修行をして、皆がうらやむような大手企業からの内定を数件もらったにもかかわらず、プロのフラメンコダンサーになってしまった人がいたりもしました。これはこれで東外大という大学の個性であり、異文化に関心が強く、愛するがゆえに、その世界にどっぷりとはまる方が幸せである、という価値観を持つ人も、ある程度いることも確かです。

 このトピックスは、キャリア論や大学論が主眼ではなく、地政学や地経学的視点からビジネスインテリジェンスを考える趣旨のため、その視点から、東京外国語大学(およびその他の大学)で学べる、いわゆる「マイナー言語」について考えてみたいと思います。

 上記引用の前段の「ビルマ語がビジネスで実用性がない言語」という趣旨の指摘については、一言、申し上げたくなってしまいました。なぜならば、私も「マイナー」と言われれるマレーシア語を専攻したからです。

 私の時代の学部は、外国語学部のみでしたが、今は国際社会学部と言語文化学部と再編されているため、システムが異なりますが、私の時代は入試の時点で先行語学別の募集となっており、マレーシア語は最小の15名の定員でした。他に同様の定員数は、確か、ポーランド語やチェコ語だったと記憶しています。入学後にはタイ語専攻の一部の学生がラオス語になり、ベトナム語専攻の一部の学生がカンボジア語となり、5名以下で最小の「語科」を構成していました。

 記憶では、モンゴル語はマレーシア語よりも多く、ビルマ語は同じぐらいか、若干多いかだったはずです。という意味では、冒頭引用記事で指摘された実用性のない言語となりかねない言語を私は勉強したわけです。

 確かに、「なんとなくこの言語」で選んでしまったり、「英語学科に入るには共通試験の点数が厳しい結果だったので、みんなが選ばなそうなこの言語」という理由で選んでしまったりした学生のなかには、厳しい思いをした人もいることは確かです。

 しかしながらも、物事は考えようです。ビルマ語が需要がないという記事の指摘は、数量的にみればそうですが、必要なところでは絶対に必要です。確かに学生のなかには対象にそこまで興味を持てず、先行語学を生かした就職を全員ができるわけではないということは現実です。

 私が専攻したマレーシア語も英語が通じるので不要だとさんざん言われましたが、実は、言語だけで考えることは視点が狭いと言わざるを得ません。当時はまだ成立途上にあった「地域研究」という言葉がありますが、その名前が示す通り、言語だけではなく、当該地域を総合的に理解するという視点からの教育が行われていました。言語から文学、音楽、習慣から始まり、政治、経済などの多角的視点から、その国や地域のあり方を理解するという学問です。それがゆえに、例えば、私の場合は、マレーシア「語」専攻ではなく、マレーシア専攻となります。

 そもそも論として、東外大の教育は、ジェネラリストというよりも、ニッチな需要が存在する地域スペシャリストとなることで価値が高まっていると思います。総量として多くはない需要の言語でも、指折りのプロフェッショナルとなれば、ほぼ独占ないしは寡占状態で途切れることなく仕事がはいるものです。コスパという金銭的価値だけでは測れない、ニッチ分野で唯一無二の存在になるような卒業生も少なくありませんので、少々特殊な大学だと思います。

 言語は、ローカルナレッジを理解するためには非常に重要です。そうした専門家が沢山いる必要はないかもしれませんが、日本にある程度はいる必要があるでしょう。(無論、言語ができないからと言ってローカルナレッジを理解できないかというとそうでもありません。その方法についてはまた別の機会に論じましょう)

 まるで母校の擁護者のようになってしまいました。お伝えしたかったのは、「マイナー言語」の使い手の意義というものは、量的な視点だけでは測ることができず、ニッチではあるものの必要とされる場面が必ずあり、専門家の存在の有無と数、そして活躍できる環境が用意されているかは、中長期的に見て国力や企業の実力も左右するのではないでしょうか、ということでした。(それでも、やはり、母校擁護のポジショントークか・・・)

(バナー写真:Eugene Ormandy/Wikimedia Commons

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