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【田中修治】マーケティングを駆使した、ビジネス小説出版秘話
奥野 良孝東京工芸大学 芸術学部 インタラクティブメディア学科
補足させてください(笑)
>胃潰瘍になったり
たしかに最初の年の12月に胃がキリキリ痛んで我慢できなくなって胃カメラ検査を受けました。クリスマスイヴでした。しかし結果は『異常なし』だったのです。内臓系は人一倍強いようです。
>夜中に突然、意味不明なメールを送ってきて奇声をあげたり
当時は毎晩『売上実績速報』を檄文付きで社内にメール配信していました。深夜2時か3時ごろ、檄文がどうしても思い浮かばないとき、代わりに「ウオーーー」とか「ウヒャーーー」みたいな悲鳴を書き殴っていたのです。
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銀行は「資金繰り計画表を出せ」と要求します。しかし普通にシミュレーションしたら、常に翌月末の資金が足りない。月の半ばを過ぎても、当月末や翌月5日の目処が立たない。
日繰り表を毎日更新しながら、数万円単位で全ての支払予定をコントロールしていく→酷いときには月商5億円でも預金残高が1千万円を割ったり・・・そんなことを80ヶ月以上ずっと繰り返していたわけです。
小説ではたまにドカンと大きな資金ショートが襲ってくるイメージですが、現実は毎月がピンチでした。
「ピンチはピンチ(チャンスなんかじゃない)」
「ピンチでも、続けば日常」(シームレスピンチ?)
【田中修治】企業再生では、徹底した「えこひいき」がものをいう
奥野 良孝東京工芸大学 芸術学部 インタラクティブメディア学科
メガバンクが激烈な「貸し渋り・貸し剥がし」を行っていた時期、私は最前線で融資課長をしていました。
当局の「2年3年ルール」に則って、「バランスシート(B/S)が債務超過=破綻懸念先」になった融資先は問答無用で切り捨てる→2~3年の期限内にオフバランス処理(回収か債権売却)を行う。
そのような「B/S絶対主義」にすごい違和感があって「見切りがあまりにも早すぎるのでは?」とずっと思っていました。
OWNDAYSでの再生に意地となって取り組んだ背景には、そういった当局や銀行のスタンスへのアンチテーゼの意味合いもありました。
結果として、B/Sがゾンビのようになった会社が(7年かけて)銀行に1円のロスも出させずに正常化を果たしました。私の感じた違和感が間違っていなかったことを自ら実証したわけです。
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最も酷いなと思った銀行員の発言は小説の中に出てきます。
そして二番目に酷いなと思った銀行員の発言はこれ・・・
途中、返済リスケの更新を半年毎、機械的に繰り返されていた頃の、ある銀行担当者との会話です
奥野「どうせうちの会社なんかゴミみたいなもんですよね・・・」
銀行「そーなんです。面倒くさくってしょーがないッスよ!」
と言われました。信じられないかもしれませんが事実です。
【田中修治】東日本大震災での転機。そして海外へ進出
奥野 良孝東京工芸大学 芸術学部 インタラクティブメディア学科
東日本大震災のとき、避難所に視力測定機器を持ち込んでメガネを配布を行っていると、日経新聞の記者の方がその避難所に取材に来ていたのです。ほんと偶然に。そして翌日の新聞に写真付きで取り上げられて・・・
「すばらしい」と称えてくれる銀行もあれば、「返済リスケ中なんだから(こんなのにカネを使うのなら)事前に報告してもらわないと困る」とクレームをつけてきた銀行もありました。
「急を要するボランティア活動さえも銀行に伺いを立てなきゃいけないの?」と呆れたのが忘れられません。
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シンガポール進出が絶好調なことを知られたくなくて情報統制を敷いたとき、企業調査会社(TDB・TSR)さんに対しても、一切の情報提供及びインタビューをお断りしました。
それ以前は包み隠さず情報開示していたので「業界全体が情報戦の様相を呈しているので・・・」ときちんと説明をし、担当者の方には理解していただきました。しかしながら「情報非開示」として評点が大幅にダウン!
これが後に、私たちを相当に苦しめることになりました。。
NORMAL
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