アヤーン・ヒルシ・アリの改宗と文明衝突の前夜

2023年12月5日
全体に公開

2023年11月22日にオランダで行われた総選挙で驚くべき出来事が起きた。度重なる反イスラム発言で世間を賑わせてきたヘルト・ウィルダース率いる自由党(PVV)が150議席中37議席(得票率23.49%)を獲得し、議会最大の党となったのだ。

過半数には76議席必要であり、自由党と連立を組みたいという党が少ないことから、ウィルダースが実質的に政権を運営するかどうかは疑わしい。だが、大っぴらに反イスラムで反EU、さらには反環境の立場を明確にとる党が、オランダというリベラルな国で支持されるということ自体が急激に排外的になる世界の傾向を表しているといってもよいだろう。

その10日前に発表されたウィルダースの元同僚の「信仰告白」が、こうした傾向をすでに示唆していたといっても過言ではない。元同僚の名はアヤーン・ヒルシ・アリ。日本でも彼女の自伝『もう、服従しない』(原題はInfidel [背教者] 2008年)は出版されており、知る人はいるかもしれない。

2015年4月7日、ワシントンD.C.のナショナル・プレス・クラブで講演するアヤーン・ヒルシ・アリ。Mark Wilson/Getty Images

ヒルシ・アリはソマリアに生まれた。ケニアに住んでいた時に原理主義的なイスラーム主義を掲げるムスリム兄弟団の影響を受けたが、宗教によって強制された結婚を避けるために1992年にオランダに亡命。

2003年に当時ウィルダースも所属していた自由民主国民党(VVD)の国会議員となる。 反イスラムの過激な発言が目立ち、2004年にはイスラム社会の女性への暴力を批判的に描いた映画『サブミッション』の脚本を担当する。

この映画の監督テオ・ファン・ゴッホは、モロッコ系オランダ市民に殺害され、遺体には彼女に対する脅迫も残されていたという。 2006年には亡命時に伝えた情報が虚偽だったという嫌疑のためオランダの市民権が剥奪されることなり、ワシントンD.C.にある保守系のシンクタンク「アメリカ企業公共政策研究所」(AEI)で働くために合衆国に移住した。その後、ハーバード・ケネディ・スクールを経て、現在はスタンフォード大学フーヴァー研究所のフェローを務めている。

2004年11月2日オランダ・アムステルダムにて、映画製作者テオ・ファン・ゴッホが殺害された現場近くで花を手向ける男性。Michel Porro/Getty Images

イスラム原理主義から新無神論運動、そしてキリスト教へ

ヒルシ・アリは、オランダで議員として活動しだすと同じ時期に、あらゆる宗教を迷信とみなし否定する無神論者としてメディアに頻繁に登場するようになる。当時、9・11を受けて欧米では、反ムスリムの動きが強まっており、彼女はオックスフォード大学のリチャード・ドーキンスやジャーナリストのクリストファー・ヒッチェンズなどと並んで、「新無神論」New Atheism運動の推進者として頭角を現すようになっていた。ドーキンスの『神は妄想である』や『利己的な遺伝子』は日本でもよく知られている。

11月11日にイギリスのウェブメディア『UnHerd』に発表されたヒルシ・アリの「信仰告白」は、元ムスリム、元無神論者が公にそうした過去を精算し、キリスト教徒として宣言する機会を与えた。

2014年12月4日、オーストラリア・シドニーのシーモア・センターで新著のプロモーションを行うリチャード・ドーキンス。Don Arnold/Getty Images

「新無神論」運動のなかで、ドーキンスやヒッチェンズは、宗教、とくにイスラムを迷信に満ちた思想として徹底的に否定した。というのも、彼らによるとイスラムは、西洋社会が価値を置く自由や科学や人権を否定するからである。コーランの教えを字義通り神の教えと信じ、現代社会に逆行するような倫理を共同体に強いるムスリムは盲目的で、狂信的でさえあると彼らはいう。

そうした宗教批判に加わっていたはずのヒルシ・アリがなぜキリスト教徒として信仰告白したのだろうか?

西洋文明の三つの敵

彼女によると、現代において西洋文明に立ち向かうものが三つあるという。中国の共産党、プーチンのロシア、グローバルに展開するイスラーム主義。さらに西洋文明を内側から破壊するイデオロギーとして 「ウォーク」(Woke)運動があげられる。

最初の三つの力は、権威主義的で膨張主義的な意味で西洋文明にとって危険だという。第二の冷戦体制ともいわれるような中国と米国の覇権争いは、文明間の争いとなっている。また、2022年2月に開戦となったロシア・ウクライナ戦争は、民主主義を信じる西洋と権威主義的なロシアとの争いである。そして、ヒルシ・アリが最も嫌悪する、排他的で盲信的なイスラーム主義がその背後に並ぶ。

イデオロギーとしては、西洋文明の過去を徹底的に批判するウォーク運動が標的となる。2020年のジョージ・フロイド事件をきっかけとして世界中にひろまった「ブラック・ライブズ・マター」運動や、白人男性中心主義を弾劾する一連の運動などは、ヒルシ・アリにとり、西洋文明を内側から破壊する可能性をもつため、危険視されているのだ。

2020年5月29日、ジョージア州アトランタでの抗議行動中、パトカーが燃える中、ブラック・ライブズ・マターの看板を掲げる男性。Elijah Nouvelage/Getty Images

こうした敵をこれまでの西洋文明は、「軍事的、経済的、外交的、技術的な努力によって、打ち負かしたり、買収したり、説得したり、なだめたり、監視したり」してきた。だが、それも限界にきていると彼女はいう。紛争では敗北し、西洋諸国は膨大な債務をかかえ、中国との技術競争では遅れをとっているからだ。

したがって、これまでのような世俗的な方法では、西洋文明を守っていくことができないというのが、彼女の結論なのである。つまり「神は死んだ」と叫んだとしても、それが民衆の心に響くわけでもないし、疲弊しきった西洋文明に活力を与えることはできない、というのだ。その答えとして、彼女はつぎのように記している。

「唯一信頼できる答えは、ユダヤ・キリスト教の伝統の遺産を守りたいという願望にある。」
Ayaan Hirsi Ali, "Why I am now a Christian Atheism can't equip us for civilisational war" UnHerd, 2023-11-11

だから彼女はキリスト教徒になったのだという。

もちろん、彼女にとってキリスト教は、西洋文明の擁護者という役割だけでなく、個人的な精神の癒しを与える重要な要素もある。厳格なイスラームという宗教的な環境で育ってきた彼女にとって、神をいっさい否定する無神論は人生の意味や目的を与えるには弱すぎたのだという。

しかし、それよりも、ユダヤ・キリストの伝統こそが、西洋文明の敵に対して人間の自由や尊厳を守ってくれるという。西洋社会には、国民国家、法の支配、科学、保健、教育といった人間の自由や尊厳を守る重要な理念や制度があるが、まさにキリスト教がこれらを生み出してきたのであり、その点においてキリスト教を受け入れなければいけない。そう彼女は強く訴えかけるのだ。

キリスト教的な西洋文明の祖コンスタンティヌス一世(285-337)、フレスコ画、13世紀、ローマにある聖シルヴェステル礼拝堂。Prisma/UIG/Getty Images

現代における文明の衝突

ユダヤ・キリスト教の伝統を掲げるヒルシ・アリの信仰告白は、グローバル化に疲弊する欧米諸国(イスラエルを含めてもよい)の極右政党の言説に非常によくにている。イギリスにおける国民保守主義の運動、スペインにおけるボックス党、ドイツのAfD、フランスの国民連合、オランダのウィルダース、米国の福音派に影響された共和党右派などは、イスラーム主義や中国の脅威に対して、ユダヤ・キリスト教の伝統の復興を強調する。西洋文明の精神の源泉に戻ることで、没落を始めている西洋文明を復興することができると信じているのだ。

発表された当初は徹底的に批判されたはずのサミュエル・ハンティントンによる「文明の衝突」というテーゼは、20年の歳月を経て、いままさに現実のものとなろうとしている。

サミュエル・ハンティントンの『文明の衝突』。1992年にヒルシ・アリも所属した「アメリカ企業公共政策研究所」(AEI)で行われた講演をもとに、1993年には雑誌『フォーリン・アフェアーズ』に論文が掲載され、さらにそれが著作として1996年に刊行された。

しかし、こうした政党や宗教運動によって強調される「ユダヤ・キリスト教の伝統」は、自由や尊厳をうたいつつも、時として非常に偏見に満ちており、排他的にみえないだろうか?伝統的な価値観を信奉すればするほど、社会は不寛容になり、多様性は認められなくなる。移民はイスラーム主義者とみなされ排除され、LGBTQの権利は矮小化される。そのようにして再興された西洋文明は、西洋文明の敵とされた三つの権威主義的で膨張主義的な文明となにが違うのだろうか?

と同時に、こうした勢力が今後、力を増していくことは大いに予想されうる。オランダにおけるウィルダースの勝利は驚くべき出来事であると同時に、これまでの欧州における極右政党の台頭の流れから大きく外れたものではなかったはずだ。来年の欧州議会選挙を前にドイツのAfDやフランスの国民連合は勢力を拡大しているし、従来の保守政党も極右化する傾向にある。米国におけるトランプの勢いは弱まるところを知らない。

2023年10月9日、ドイツ・ベルリンで行われたヘッセン州とバイエルン州の選挙の翌日、ディアの取材に応じる右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の共同党首アリス・ヴァイデル氏。GettyImages

宗教と恐れ

アヤーン・ヒルシ・アリが原理主義的なイスラーム主義から解放されるきっかけをつくったのは、およそ一世紀前に哲学者バートランド・ラッセルによって行われた講演「なぜ私はキリスト教徒ではないか」(1927年)を読んだことだったという。講演のなかでラッセルは、宗教は恐怖に根ざしていると主張し、「神秘への恐怖、敗北への恐怖、死への恐怖など、恐怖がすべての根底にある」と記した。

10月25日:イギリスの哲学者、数学者バートランド・ラッセル卿。Keystone-France/Gamma-Keystone via Getty Images

この言葉に安堵し、神がいないことを認めたとき、彼女の恐れはなくなったという。しかし、彼女はいま一度、恐れに蝕まれているようにもみえる。西洋文明が瓦解してしまうという恐れだ。

その恐れが彼女を「ユダヤ・キリスト教の伝統」という大木の下に逃避させてしまっているのではないだろうか?

たしかに「ユダヤ・キリスト教の伝統」という大木は、安心を与えるだろう。生きる意味や目的も与えるだろう。しかし同時に、そうした文明的な宗教は、すくなくともキリスト教が伝えようとした真の意味での恐れからの解放を傍に追いやってしまうようにもみえる。

彼女の掲げる文明的な宗教は、明確な敵と味方を創り出す。一方で、中国、ロシア、イスラーム主義があり、もう一方で西洋文明が置かれる。この文明と文明の衝突に勝利するために、「ユダヤ・キリスト教の伝統」はとても有益であるようにはみえる。精神に活力をあたえ、人々に犠牲を強いる。しかし、キリストの教えからどこかかけ離れてはいないだろうか?

キリストが教えたのは敵を愛することだった。民族の違いによって差別することを否定することだった。制度や伝統よりも隣にいる人間を愛することだった。もちろん、こうしたラディカルな倫理を文明に適用しようとすれば、文明自体を破壊する可能性をもつだろう。しかし徹底した自己犠牲と隣人愛こそがイエスの教えであり、キリスト教が本来立ち戻らなければならない点ではないだろうか?

ペーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)による十字架上のキリストの頭部。Universal History Archive/Universal Images Group via Getty Images

文明の衝突の前夜?

グローバル化によって現代社会は疲弊している。社会は分断し、内乱勃発寸前の国もある。こうしたときに、民衆の恐れを焚きつけ、わかりやすい敵を創り出すことで、本当に重要な問題から目を背けるということを人間は繰り返してきた。目を背けるだけならばそれほど問題はないが、時として、武力を伴った大きな争いに発展する。そしてつねに苦しむのは一般市民である。

すべての人間が共有する良いものに目を向けるのではなく、違いを先鋭化する作業は、人間をいとも簡単に敵と味方に分ける。そうした争いを繰り返してきたのが人間である。その争いが国と国とではなく、文明間のものであったら、その被害は甚大なものになるだろう。その道具に宗教はいとも簡単になってしまう。そのとき「ユダヤ・キリスト教の伝統」は、イエスの愛の教えではなく、無神論的な中国やイスラーム主義という西洋文明の敵に対する恐れと憎しみの号令となるだろう。

アヤーン・ヒルシ・アリのような言説が強まれば強まるほど、ハンティントンが予言した以上に残酷な文明の衝突の前夜に生きていると感じざるを得ない。われわれに衝突を避ける道は残されているのだろうか?

トピ画:2019年4月25日、チェコ共和国のプラハ、ヴァーツラフ広場で開かれたポピュリスト極右政党の党首会談に臨むフランス国民連合(RN)のマリーヌ・ルペン党首(C)、チェコの自由と直接民主主義党(SPD)の岡村富夫党首(L)、オランダ自由党(PVV)のゲルト・ウィルダース党首(R)。Gabriel Kuchta/Getty Images

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