ポーランドの夜明け?カトリック教会と非自由主義的勢力との終わりなき戦い
今回の記事の背景:ポーランドでは昨年10月15日に行われた選挙で8年ぶりに政権交代が起きました。勝利したのはリベラルで欧州連合寄りのドナルド・トゥスク。彼は選挙直後に、2015年以降、極右「法と正義」党の自由主義を否定する強権的な政策によって腐敗してしまったポーランドの政治体制を一新しようと努めます。それに対し、「法と正義」党は徹底的に争います。なかでも現大統領アンジェイ・ドゥダは「法と正義」党ととても近く、トゥスクの試みをいくどとなく邪魔しようとします。果たしてポーランドの政治は今後どのようになっていくのでしょうか?今回の記事ではこうした政治的な争いの背後にある宗教的な要素に着目しつつ、ポーランドの今後を考えていきたいと思います。
寒波も強まる2024年1月11日夕刻、ワルシャワ中心部において35,000もの人々が12月に発足した新政権に抗議するためのデモを開いた。この群衆を導くのはヤロスワフ・カチンスキ。2015年から昨年の10月まで政権の座にあった「法と正義」党(Prawo i Sprawiedliwość、以下PiS)の党首である。カチンスキによると、ドナルド・トゥスク率いる新政権はメディアを非民主的なかたちで支配し、さらには前政権の閣僚を不当に逮捕した。そのため、自由と民主主義を守るために、現政権に抗議しなければならない、というのだ。
なるほどこのカチンスキの主張はひとつの視点である。しかし、8年に渡ったPiSの支配に批判的な立場からすると、トゥスク首相はあくまでも8年間のあいだに歪められてしまったポーランドの政治システムを是正しているにすぎない。PiSこそがメディアを支配し、司法を歪め、カトリック教会と結託して民衆を操ってきたのだから。むしろ、いまでも大統領であるアンジェイ・ドゥダはPiSの影響下にあり、大統領による現政権への妨害がポーランドの民主主義を危機に陥れている。前政権の閣僚に「不当」な恩赦を与えたのは大統領その人なのである。
このように混乱した政治的な状況を踏まえて、今回の「宗教とグローバル社会」では、ポーランド政治に大きな影響を及ぼしてきた宗教、とりわけカトリック教会、またそれに連なるグループに焦点を当てつつ、今後のポーランドについて考えていきたい。
ポーランド政治におけるカトリック教会の影
ポーランド人のアイデンティティの中心には、つねにカトリック教会があったといってもよいだろう。18世紀最後に国が分割されたのち、カトリシズムはポーランド人の民族意識の形成に寄与してきたし、ナチスによる支配に対しても、ポーランドのカトリック教会はポーランドの人々を励ました。1980年代の民主化運動を扇動した労働者組合「連帯」(Solidarność)とともにカトリック教会はあり、とりわけポーランド人教皇ヨハネ・パウロ二世は、こうした反共運動の絶大なシンボルであった。
この連帯の流れをくむPiSは、2001年に現党首ヤロスワフ・カチンスキと双子の弟レフによって結党された。当初は中道右派的で、キリスト教民主主義的な立場をとる政党であったが、グローバル化やEUの官僚主義に反して、次第に右傾化していき、大衆主義的でナショナリスティックな立場をとるようになっていく。
2005年から2007年にかけて、短期間ではあったが、PiSは政権与党となる。この期間、レフが大統領となり、ヤロスワフが首相という史上初の双子による政権が誕生したこともあった。だが、PiS政権は短命に終わり、またレフは2010年に飛行機事故によって死亡。2015年までは野党時代を過ごす。
他のヨーロッパ諸国と同様に、リーマンショックの影響やグローバル化の弊害が大きくなるにつれ、労働者を始めとした国民から大衆主義的でナショナリスティックな立場をとるPiSへの支持が高まっていく。「キリスト教的なヨーロッパ」の擁護者を謳う保守的な立場もあり、PiSは都市部よりも地方において人気を博すようになる。この流れにのり、PiSは2015年10月に開催された総選挙で圧倒的な勝利を収め、単独で上院下院ともに過半数を獲得した。その年の5月にはアンジェイ・ドゥダが大統領に当選していたため、PiSの支配は盤石となったといえるだろう。
以降八年の長期政権において、PiSはメディアや司法や中央銀行といったあらゆる領域において、党派的な人事を行い、ハンガリーのオルバーン政権のような非自由主義的な民主主義を確立していくことに成功する。したがって、昨年12月に発足したトゥスク政権が行おうとしているのは、こうしたPiSによるメディアや司法における支配体制を解体し、再び自由主義的な社会をポーランドに確立することだとみることもできるだろう。
独裁化した八年間のなかで、PiSはカトリック教会との関係も深めていった。とりわけ、教会によるPiSの支持が2015年、2019年の総選挙への大きな影響を及ぼしたこともあり、PiSはカトリック教会に対して様々な便宜を図ることになる。メディアにおいていえば、PiS政権は独立メディアへの課税を可能にする法案を可決。それによって、独立メディアを破産に追い込み、教会に有利な報道をする国営メディアの支配を可能にした。また、PiSは教会のために教会の所有する土地を外国資本に売却することが可能になる法案を可決した。さらには、カトリック教会の懸念であった、人口中絶を厳格化する法案をPiSは2020年に通すことに成功した。
移民問題とポーランド・カトリック教会の多様性
このように、PiSと非常に近い関係にあったポーランドのカトリック教会ではあったが、移民問題においてはいくつかの矛盾する立場を内包していた。とくにEUによって加盟国に一定数の移民の受け入れを要請した2015年のシリア難民危機は、こうした矛盾が爆発する契機となった。
ひとつは難民の受け入れに否定的な立場である。2015年9月の選挙運動のなかで、ポーランドの司教団の元議長で、反セム主義的な発言が目立っていたタデウシュ・ピエロネクは、難民とIS戦闘員を区別することが難しいことを理由にムスリム難民を受け入れることへの躊躇を正当化する。また、同年10月に開催された難民排斥を訴える集会で、極右の立場をとる司祭ヤチェク・ミエドラルはムスリムへの憎悪を次のように表した。
私はよくファシストの司祭だと言われる。そんなことはありません!私たちに必要なのは勇気と度胸ですが、アッラーや左翼ではなく、それはイエス・キリストによるものでなければなりません!コーランではなく福音によるものです!
また、同年11月11日、PiSや他の極右団体、またカトリック教会によってポーランドの独立記念を祝う集会が開かれ、25万もの人々がワルシャワに集まった。この集会は「ポーランドはポーランド人のもの、ポーランド人のためのポーランド」というモットーのもと開催され、この集会でもミエドラル司祭はナショナリスティックでムスリムに差別的な発言をもって大衆を煽ったとされる。こうした立場は例外的なものではなく、ポーランドの80%以上の若い聖職者がこうしたナショナリスティックな立場に共感しているという報告もある(Henning&Resende 2021, 444)。
これに対して、教会内には難民を積極的に受け入れようとする立場もある。2016年1月に教皇フランシスコは、ポーランドの司教たちの反難民の立場を批判する説教を行い、さらには7月に開催された「世界青年の日」というイベントでクラクフを訪問し、青年たちに次のように語りかけた。
人々は、自分自身のうちに閉じこもることが、危害から身を守る最善の方法だと信じ込ませようとしている。しかし今日、私たち大人は青年のみなさんに、多様性の中で、対話の中で、多文化主義を脅威としてではなく、よい機会として経験する生き方を教えてもらう必要がある。壁よりも橋を架ける方が簡単だと私たちに勇気をもって教えてください!
こうした教皇の明確な立場がポーランド司教団に大きな影響を与え、司教団の立場は多少なりとも軟化したようにはみえた。だが、難民の受け入れに消極的なPiS政権との関係もあり、司教団はミエドラル司祭とフランシスコ教皇のあいだのあいまいな立場を取り続けることになる。
ヨーロッパの他の国々と同様に、移民問題をめぐっては、普遍的な人権概念や人間の尊厳を重んじる教皇や教会指導者たちの立場と、ムスリムに対してキリスト教的文明を擁護するナショナリスティックな立場とに分断されてしまっているのが、今日のポーランドの教会の状況だといえるだろう。
ジェンダー・中絶問題・伝統的家族観
教会を分断する移民問題に対して、ジェンダーや性の問題に関していえば、ポーランドのカトリック教会は比較的統一した見解をもち、さらにはそれがPiSとの関係を一層深いものとしている。そもそも2015年にPiSが大勝利するきっかけのひとつとなったのが、2009年以降トゥスク政権が推し進めていた児童教育に関するリベラルな政策に対する、カトリック教会やそれに連なる団体による徹底的な抵抗運動であった。
トゥスク政権が提案したのは、児童の就学年齢を現行の7歳ではなく、6歳に引き下げることだった。また、それに加えて問題となったのは、公立学校でリベラルな性教育が施されることであった。
これに対して保守的なカトリック教会や信徒団体は、子供を家庭から引き離し、国家や市場の要請のもとに置き、さらにはキリスト教の性倫理に反する教えを強要するものとして、2011年以降、「我々の小さきものたちを救え!」という大々的な運動を推進していった。
この運動の中心にいたのは、カロリーナとトマーシュ・エルバノフスキという若いカップルだった。彼らは敬虔なカトリック教徒であり、七人の子供の親でもある。エルバノフスキ夫妻は、2011年に35万の署名を集め、さらには2013年と2015年にこうした一連の改革や法案を国民投票にかけるために100万もの署名を集めるのに成功する。
性教育に関して言えば、この時期のトゥスク政権は、WHOが2010年に発表したガイドラインにのっとり改革を推進していたが、未就学児や児童へマスターベーションや性自認や同性愛の可能性について教える方針がカトリック教会や信徒たちの逆鱗に触れることになった。
その結果、多数のカトリック系のNGOが組織されることになる。例えば、「小児性愛者を止めろ!」という運動は、WHOのガイドラインに則って性教育を行うことを禁止する法案を25万の署名をもって、2014年の国会に提出することに成功した(Szelewa 2021, 319)。PiSの政治家たちはこうした動きに敏感に対応し、また協力関係を結ぶことで、2015年の総選挙における大勝利を掴み取ることができたといえよう。
教会離れと世俗化するポーランド社会
国民のほとんどがカトリック教徒であるポーランドからすると、移民やジェンダー問題で保守的な立場をとるのは理解に難くない。しかし、欧州では珍しい宗教国家ポーランドも近年、他の国々と同様に急速な世俗化が進んでいる。
カトリックの情報機関が発行した報告書「2023年ポーランドの教会」によると、ポーランドでは40代を境として世代によって信仰の有無が大きく異なるという。2000年代初頭には47%が日曜日のミサに参加していたが、2021年にその数は28%に減少した。若者のあいだでは、信仰を明確に持つという立場は69%程度だという。2021年の世論調査をみると、2011年の段階では、全国民の九割近くがカトリック教徒だったのが、2021年になるとその割合は72.43%に大きく減少してしまった。
ポーランド社会の世俗化は、信仰者の数だけでなく、聖職者を志願する若者の減少にもみえる。過去20年間に聖職者を育成する学校の卒業生の数は三分の一にも減少した。2000年に約7000人の学生が教区および修道会の神学校に在籍していたが、2023年の初めにその数は、わずか1900人になってしまったという。
こうした世俗化の原因はどこにあるのだろうか?その一部は、当然ながらPiSの強権的な政治とそれに賛同してきたカトリック教会にあるといわざるをえない。このわずか10年のあいだに20%近くの人々が教会を離れていることからみても、その通りだろう。
また、この期間に明らかになったのは、カトリック教会による性虐待の事実と教皇を含む聖職者たちによる隠蔽工作である。この問題は多くの信徒たちにとり大きなショックであった。
加えて、ジェンダーやLGBTQの問題で保守的な立場をとる教会と、こうした問題により寛容である若い世代のあいだに大きなズレが生じてきていることも考えられる。
したがって、2023年10月の選挙におけるPiSの敗北は、ポーランドにおけるカトリック教会への支持が弱まってきたことも起因しているといえるだろう。
結論:ポーランドの夜明け?あるいは終わらない戦い
2023年10月15日のポーランドの選挙結果に希望を抱いたリベラルな欧米人の数は少なくない。1980年代の終わりに共産主義を一足先に脱したはずのポーランドが、PiSの導入した非自由主義的な改革のなかに沈んでいく事実にこれまで苦渋をなめてきたからである。8年もの長い夜を経て、欧州理事会議長を務めたトゥスクがポーランドを解放してくれると考えたはずだ。
しかしここ数週間の経緯からもわかるように、八年間のPiSの支配によって非自由主義的になった政治システムを一夜にして変えることはできない。トゥスク政権の組閣に時間がかかり、メディアや司法の改革にも多くの困難を抱える。ポーランドの夜明けにはまだ時間がかかるし、今後、無事に光が差すことも保証はされていない。内乱を恐れる識者もいるくらいだ。
さらにいえば、PiSが現時点でもポーランドの第一党である事実も忘れてはならない。トゥスクの市民プラットフォームが30.7%を獲得したのに対して、PiSは35.4%である。つまり、国民の四割近くは、PiSをまだ支持しているのだ。
今回の選挙は、1989年の民主化以降で初めて70%を超えた高い投票率によってPiSは敗れたという見方もあり、地方選が4月、欧州議会選挙が6月に控えており、投票率によってはPiSの勢力が盛り返す可能性も十分考えられる。カトリック教会の影響力が弱まったとはいえ、それでも70%の国民が教会を支持し、その多くがPiSを支持しているのだ。
今後、ポーランドの政治は宗教によってどのような影響を受けるのだろうか?とくにここ数週間の動きに注目すべきだろう。
トピ画:2024年1月11日、ワルシャワで行われた反対デモに参加する人々。Getty Images
文献表:
Hennig, Anja and Madalena Meyer Resende. “Illiberal migration politics and the divided church in Poland.” In Anja Hennig and M. Weiberg-Salzmann (Eds.), Illiberal Politics and Religion: Concepts, Actors and Identity Narratives in Europe and Beyond. Frankfurt and New York: Campus, 2021, 433–460.
Narkowicz, Kasia. “‘Refugees not welcome here’: State, church and civil society responses to the refugee crisis in Poland.” International Journal of Politics, Culture and Society 31.4 (2018): 357–373.
Szelewa, Dorota. “Populism, Religion and Catholic Civil Society in Poland: The Case of Primary Education,” Social Policy & Society 20:2 (2021): 310–325.
報告書「2023年ポーランドの教会」、https://www.ekai.pl/raport-kosciol-w-polsce-2023/, (2024年1月10日アクセス)
1980年1月14日、バチカンで教皇ヨハネ・パウロ二世に謁見する労働組合「連帯」の指導者レフ・ワレサ。(写真:Wojtek Laski/Getty Images)
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