悲しみを悼みに、怒りを言葉に:ハマスによるイスラエル襲撃を受けて
10月7日早朝のハマスによるイスラエルの襲撃は、世界中の人々に言葉を失わせた。一日で1400人以上の人間が殺されたのだ。ハマスの残虐非道さは目に余る。武装した兵士たちが家屋に侵入し、大人たちを銃撃し、女性をレイプし、子供たちを拷問する。血塗られた子供部屋の映像が脳裏に焼き付いている。音楽フェスティバルでも人々は銃殺され、拷問され、レイプされる。ニュースのみならずSNSなどで拡散された動画は世界を震撼させ、なによりもイスラエルの人々を恐怖に陥れた。その恐怖と同時に、いいようのない怒りが彼らの心の奥底から浮かび上がってきたのを我々は連日目撃している。
この恐れ、悲しみや侮蔑、吐き気をもよおすような怒りがイスラエルの人々を即座に報復に突き動かしたのは人間として共感できるし、理解できる。ハマスの行為はイスラエルのみならず、人間そのものへの冒涜であり、誰がなんと言おうと、また、どのような歴史的な状況を鑑みたとしても、ゆるされるべきものではない。しかし同時に、イスラエルの人々、そして世界の人々がまたたくまにイスラエルと連帯を表し、イスラエルのとるすべての行為を追認してよいかというとそこには大きな疑問が起こる。ハマスを一掃するという目的のもと、イスラエル国防軍によるガザの空爆が始まり、すでに10月19日の時点で3,785名ものパレスチナ人が殺され、そのうちの1,524人は子供だといわれているいま、その疑念は大きくなるばかりだ。今回の襲撃がもたらした恐れや悲しみや怒りを忘れることなく、疑念を言葉にしていく。イスラエルから遠く離れた土地にいる我々ができることはまずそれではないだろうか?
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過激化するパレスチナ人の抵抗
ハマスによる襲撃のあと、イギリスではBBCが明確にハマスをテロリスト集団と呼ばないことに批判が起こった。左派陣営では次期首相候補とみなされるキア・スターマー労働党党首がイスラエルと連帯を表明したことで20人もの党員が異議を表明し、労働党を離れた。ロンドンではパレスチナによる襲撃を記念し、支持する人たちによる行進が行われたほどだ。こうした人たちにとりハマスは、単にテロリスト集団ではない。むしろ圧倒的な軍事力によってイスラエルによって虐げられるパレスチナ解放の希望でもあるのだ。
たしかにハマスにはそのような役割があるのかもしれない。少なくとも政治集団であるハマスは2006年1月の選挙によってパレスチナ人によって選ばれた彼らの合法的な代表であり、ハマス支持は長く迫害されたパレスチナ人の叫びの声のひとつとして理解することも可能だからである。もちろん、ハマスが2007年にガザ地区を制圧し、世俗政党のファタハとの連立を解消した以降、パレスチナでの選挙は行われていない。また、イギリス政府も当初はハマスの政治部門と軍事部門を区別し、前者をテロリストとはみなしていなかったが、2021年以降はそうした区別をやめている。しかし、そうだとしても、パレスチナ人のあいだでのハマス支持はむしろ近年高まっており、2021年の世論調査では53%のパレスチナ人がハマスを支持しており、より世俗的なファタハ党の支持はわずか13%にとどまっている。これはネタニヤフ政権になって以降、弱まるところのないヨルダン側西岸への入植やエルサレムにあるアル=アクサ・モスクへの制限などが理由とされている。こうしたことを鑑みると、ハマスとパレスチナの人々を分け、前者をテロリストとして否定し、後者を抑圧された人々と単純にみなすことはできない。両者は密接に関係している。
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このハマスの最大の目的は、パレスチナの領土を1967年の第3次中東戦争以前に戻すことにあり、領土や財産を簒奪していくイスラエルのシオニストたちを否定することにある。彼らにとり1993年のオスロ合意も認めることのできないものである。2017年に改訂されたハマスの憲章のなかでも、ムスリム兄弟団との関係の断絶やシオニストとユダヤ人を区別するなど、従来の憲章と比べるとわずかながら融和的になったとみられる箇所もあったが、イスラエル国家の存続を認めるものでないことは変わっていない。とくにエルサレムを自らの首都とし、その中心にあるアル=アクサ・モスクに対するイスラエルによる冒涜や周辺への入植を厳しく糾弾しており、今回の襲撃も近年、過激化するイスラエルの軍事警察やシオニストたちによるアル=アクサ・モスクの冒涜が起因となったとし、ハマス軍事部門のムハンマド・デイフ司令官は今回の襲撃を「アルアクサの洪水」と名付けたほどである。
2007年以降、ガザ地区から発射されるロケット弾、さらには今回の襲撃など、ハマスによるイスラエルへの暴力行為はゆるされるべきものではない。だが同時にそれは、ガザやヨルダン側西岸で抑圧されつづけ、絶望するパレスチナ人の心の叫びを表したものでもあるかもしれない。絶望的な状況がパレスチナの人々を過激化し、終わりのない悲しみと憎しみの連鎖につなぎとめている、といってもよいだろう。
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イスラエル・シオニストの過激化
たびかさなる和平交渉の失敗と激化するイスラエルによる不当な扱いによりパレスチナ人たちが過激化し、ハマスを支持したように、イスラエルにおいても近年、超正統派ユダヤ教徒や極右シオニスト政党によって過激な政策が推進されるようになっている。
イスラエル国家の樹立を目指したシオニズムの興隆は十九世紀にまで遡るが、シオニズムとは、領土と国民をもつ近代国家の成立を目指した世俗的な運動であり、ユダヤ教の宗教的な伝統からは区別されなければならない。むしろ正統派のユダヤ教徒たちによると、約束の地(=パレスチナ)へのユダヤ民族の帰還は、世界の終わりにメシアが現れてからであるという。したがって、彼らのなかには1948年以降の国家樹立への批判やそれによって生み出された70万人ものパレスチナ難民の立場を擁護する動きもみられる。しかしシオニストのなかには、自らの民族的なアイデンティティのなかにユダヤ教の宗教的な伝統を読み込む極右のグループもあり、近年、こうしたグループが勢力を増している。
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ネタニヤフ首相の政党リクードはもともとこうした極右の傾向を内包した集団であり、彼が盤石な勢力をほこるようになったここ15年ほどはかなり強行なパレスチナ政策を行うようになっている。なかでも問題視されているのがヨルダン川西岸地区への入植だ。1967年の第3次中東戦争によってイスラエルの占領地となったこの地域は、現在でも占領地であり、占領した国家による入植は国際法によって禁じられている(ジュネーヴ第四条約49条)。しかし国際社会の批判をものともせず、ネタニヤフ政権はこの地域へのイスラエル人の入植を容認してきたばかりか、軍による治安維持を推進してきた。その成果もあり、この50年のあいだで70万人以上のイスラエル人がこの地域に入植しており、5万以上のパレスチナ人の家屋や建物が破壊されてきた。とくにこの10年で20万人の増加といわれている。この傾向は2023年になってさらに大きく加速した。
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2023年になり西岸地区への入植が加速した理由のひとつに、2022年末に成立した第六次ネタニヤフ内閣が挙げられる。この政権は右派連合と言われており、なかでも極右とみなされる宗教シオニスト党や「ユダヤの力」党が連立に加わったことが物議を醸した。宗教シオニスト党の党首ベツァルエル・スモトリッチは新政権の財務大臣と国防省内大臣に就任しており、西岸地区への入植は実質的に彼の差配で進められていると言われている。スモトリッチの人種差別はよく知られている。彼は次のようにいう。
『パレスチナ人』という民族はわずか100年程度の創作にすぎず、彼らに歴史や文化はあるのだろうか?いや、ない。『パレスチナ人』はおらず、いるのは『アラブ人』だけだ。Bezalel Smotrich, Speech in Paris on March 19, 2023
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このスモトリッチの発言は各方面から批判されている。しかしながら、こうした発言をネタニヤフがたしなめることはなく、むしろ9月以降の入植の全権をスモトリッチに委任したほどである。
2023年の入植は上半期だけでも12,855の家屋が建設されており、9月以降はさらに西岸のC地区に6,300の家屋、東エルサレムには3,580の家屋が建設される計画が発表された。また、この地区に住む建設許可証を持たないパレスチナ人(許可を与えるのはイスラエル政府であり、そのほとんどが許可されない)の建物のうち238が破壊され、91人の子供を含む183人のパレスチナ人が立ち退きを強いられた。また、6,500人のパレスチナ人の児童が通う59の学校も破壊の危機にさらされているという。
パレスチナ人の悲しみと怒りは入植だけによるものではない。西岸地区に含まれる東エルサレム、なかでもその中心に座するアル=アクサ・モスクへのイスラエルによる冒涜がもうひとつの理由だ。アル=アクサ・モスクは、紀元一世紀にローマ軍によって破壊されたユダヤ教の神殿の跡地に建てられており、両宗教にとり神聖な場所である。モスクの管理は長い間、ヨルダン政府によって任命された組織(ワクフ=慈善事業団体)に委ねられており、1967年のイスラエルによるこの地域の占領以降も変わっていなかった。
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しかし2000年にリクードのアリエル・シャロン党首がこの地域を訪問したことが、第二次インティファーダ(民衆蜂起)のきっかけとなっており、それ以降、この地域の実行支配がイスラエル国防軍によって行われるようになった。また、2023年1月には、極右政党「ユダヤの力」のイタマル・ベン=グヴィルが現政権の国家安全保障大臣として神殿の丘を訪問し、パレスチナ人を刺激した。ちなみにベン=グヴィルはこの地の管理体制を大きく変え、シナゴーグを建設する旨をこれまで宣言してきたことで知られている。4月にはイスラエルの警察が治安維持という名目の下、モスクに侵入し、礼拝者を攻撃するという事件も起きた。こうした流れにのるかたちで、この襲撃の直前の水曜日、ユダヤ教の仮庵の祭り(Sukkot)の五日目には超正統派の入植者たちが大量にアル=アクサ・モスクに侵入し、ユダヤ教の儀礼を行った。それを可能にするために、警察はワクフ職員を含むパレスチナ人の若者の入場を禁止し、国防軍は旧市街の商店を一時閉鎖したとも伝えられている。
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宗教と政治と極右・過激派
終わらない憎しみと暴力の連鎖。その中心に宗教があるのは間違いはない。だとするとその宗教を排除すれば問題は解決するのだろうか?2023年9月、ランド研究所のブライアン・ジェンキンスは次のように記した。
宗教的信念は、両国の政治的な言説を複雑にしている。宗教は私たちの生活における道徳的指針の源となりうるが、それは時として政治に致命的な影響を及ぼすこともある。政府高官が神を唯一の有権者と見なすとき、政治的な敵対者は異端となる。Brian Michael Jenkins, "U.S. and Israel on Parallel Paths COMMENTARY" in The Jerusalem Post, September 6, 2023.
たしかにジェンキンスのいうように、政治に神や宗教が持ち込まれることで、二国間の和平交渉はほぼ不可能になっているのは事実である。ハマスを含むパレスチナ人にとってはイスラム的視点から、彼らの立場は絶対的に善であり、イスラエルの立場は悪である。イスラエルにとってもそれはその通りだろう。しかし、当事者ではない我々もそのような視点でよいのだろうか?パレスチナ問題の中心には、まったく相反する二つの立場とナラティブがあり、それが膠着状態を作り出しており、大英帝国が1930年代に華麗にほうりなげたように、我関せずとするのが是なのだろうか?
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理論上はまったく同等の主張が並列しているようにはみえる。だが二国の力の差は歴然であり、国際法違反を続け、ジリジリと占領政策を進めているのは明らかにイスラエルの方である。地上の牢獄といわれたガザの状況も、ヨルダン側西岸やエルサレムにおける止まることの知らない入植政策も、イスラエルの圧倒的な軍事力のもとに行われていることではないのだろうか?また、それを経済・軍事的に支援してきた米国の問題もある。この問題についてはとくに福音派とも関係があるので別の機会に論じたいとは思う。いずれにせよ国際社会としては、ハマスの残虐行為を糾弾し、人質を一刻も早く解放するよう呼びかけるとともに、国際法違反を続け、戦争犯罪とも言われる政策を続けるイスラエルの立場を明確に批判しなければならない。そして直ちに、甚大なる被害(その多くが子供)がすでに出ているガザ地区への攻撃をやめさせるよう、強く提言し続けなければならない。
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終わりに変えて:大主教の祈り
ただし、こうした提言や抗議の前にすべきことがある。まずなによりも我々は今回の襲撃で犠牲になった人々のために、またその襲撃により家族を失った人々のために悲しまなければならないだろう。それと同時に、イスラエル国防軍の攻撃によってガザで犠牲となったパレスチナの人々のためにも悲しまなくてはならない。敵も味方もなく、正統も異端もなく、善と悪もなく、ただ人間として。ハマス襲撃の犠牲者の家族を訪問した、英国国教会のジャスティン・ウェルビー大主教は次のようにいう。
まず嘆き悲しむことが重要です。抗議するのはそのあとでいい・・・(このような時)我々は自分たちが何を言っているのかわかっていません。まずは考え、傾聴し、嘆き、そして平和の叫びを上げなければなりません。The Most Revd Justin Welby, "Interview for Channel 4 News" on October 22, 2023.
なによりも人間として、人間の死の前に、暴力の前に、抗議ではなく、糾弾ではなく、嘆くことが必要である。また、ただちに反応するのではなく、学び考えることが必要である。そうして言葉となったのがこの記事である。もしかしたら私の抗議や提言は間違っているのかもしれない。だとしたら、また嘆き、考え、傾聴し、平和の叫びとなる言葉にしていこう。我々は人間としてそのプロセスを止めてはいけない。
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トピ画:2023年10月18日、イスラエルのテルアビブで、ハマスによって連れ去られた人質の写真をみる人々。
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