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『ごんぎつね』の読めない小学生たち、恐喝を認識できない女子生徒……石井光太が語る〈いま学校で起こっている〉国語力崩壊の惨状
文春オンライン
FUJII Yasuko大阪大学大学院人間科学研究科 人間科学専攻 比較文明学 博士前期課程
国語力の問題もあるかもしれませんが、自分の思考を言語化する能力の問題や、不登校の理由のような多くの場合無意識的な事柄はそもそも言語化しにくい、というような、複数の次元の異なる問題が混ざっているように思いました。 不登校の理由を子ども自身が言語化しにくいのは、今に始まったことではないと思います。 また「恐喝を認識できない」については、「虐待を認識できない」、「性被害を認識できない」などと同様の問題で、何が公正な関係なのか、についての知識の問題も関係してきます。著しく不公正な環境で、権利が守られない環境で育ち、それが当たり前だと認識してしまっているケースもあるでしょう。自分や自分の親しい人が悪いことをしているとは信じたくない、という問題もあります。 また、日本の国語教育では、言葉を使って表現する能力を高めること(アウトプット)が最終目的になっていないことも影響しているのではないかと思いました。 こういう色んなレベルの問題を扱っているのが吉とでたのか凶とでたのかが気になりました。 国語の授業ではこういった問題が凝縮されて現れるのかもしれませんね。 プレバトの俳句コーナーの夏井先生も似たような経験を話されていたような記憶があります。
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