世界シェアほぼ100%の味の素に挑む、米スタートアップ「Thintronics」

2024年5月24日
全体に公開

うま味調味料、冷凍ギョーザなどで知られる味の素。

AI・半導体ブームにおいて、同社傘下の味の素ファインテクノが展開する半導体向けの絶縁体材料「ABF(味の素ビルドアップフィルム)」に注目が集まっています。

ABFは半導体の微細化において不可欠な素材で、パソコン向け半導体においては世界シェアがほぼ100%に達しています。

そんな味の素の牙城を崩すべく、米国のThintronics(シントロニクス)が急速に事業を拡大しています。

サムネイル画像:DALL·E 3での生成

☕️coffee break

味の素は1907年に東京帝国大学理学部(現:東京大学)の池田菊苗教授が、から「うま味」成分であるグルタミン酸を抽出する研究から始まりました。

その成果をもとに製造工場を有していた実業家の鈴木三郎助が、08年から製造を開始。09年から一般販売が開始されました。

言わば、現在の大学発スタートアップのように、味の素は設立されていたのです。

当初こそ、売れ行きに苦戦したものの、研究開発による商品改善などを繰り返し、徐々に販売数は拡大。以降は、関連製品の肥料、アミノ酸液などの生産に手を広げていきました。

日本が高度経済成長期に突入した1950〜1970年代には、味の素は多角化と国際化を推進します。これまで取り組んでいた化成品事業も69年に部門化して、本格的な事業拡大に取り組み始めました。

この頃、アミノ酸のノウハウを応用した絶縁性をもつエポキシ樹脂に注目し、基礎研究を行っていました。すると、とある企業からシート状の絶縁材を開発できないかと依頼されたことで、エポキシ樹脂の技術を発展させたABFの開発をスタートさせたのです。

これまで使っていた液体状の絶縁材では、片面ずつインキ塗布・乾燥を行う必要があるため、工程数が多かった上、気泡によるムラも発生していました。

ABFでは食品会社の味の素だからこそ、半導体業界ができなかった液状のワニス(塗料)を塗ったフィルムを、“冷凍して納品する”という異例のアイデアで実現することができたのです。

味の素バーチャル事業説明・工場見学会(2021年)資料より

現在のところ、パソコン半導体向けでは世界シェアがほぼ100%。AI・データセンター向け半導体でもほぼ独占状態と、半導体が高性能になればなるほど基盤の多層化が進むため、ABFの需要が高まっています。

🍪もっとくわしく

この味の素に対抗すべく、急速に拡大しているのが、米スタートアップのThintronicsです。

2018年に化学研究者であり、連続起業家のステファン・パスティーネ氏により設立されたThintronicsは、AI時代のコンピューティング需要に特化した高性能絶縁体を開発しています。

Thintronicsの統合絶縁体スイート

半導体チップの全層に異なる絶縁体を製造することで、既存の製造ラインに簡単に組み込むことができるようになっています。

現時点では商用化に向けたテスト段階ですが、同社の新素材は電気的、熱力学的に高い性能を有することから、すでに入手可能な全ての素材のDk値(誘電率:より効果的な絶縁体かを評価)よりも優れているようです。

AI開発の加速により、高性能コンピューティングの需要が爆発的に増加しているため、データセンターはより低コストで高速なデータ転送、広い帯域幅(一定時間内に転送できるデータ量の上限)を組み込む必要があります。

Thintronicsはこの需要を狙って商品化すべく、今年4月末にシリーズAで2300万ドル(約36億円)を調達しました。

シリーズAのスタートアップが味の素に対抗できるのか

AI分野に特化して、最小限の消費電力で高速なデータ転送ができるとはいえ、味の素は時間をかけて顧客とのネットワークを構築してきました。また、他社に乗り換えるには製造工程を変える必要があるため、スイッチングコストが高いことが武器です。

それをThintronicsが乗り越えられる可能性があるのは、米国政府から全面的な支援を受けることが考えられるからです。

すでに、米国国立科学財団(NSF)の中小企業技術革新研究 (SBIR) プロジェクトに採択されていますが、米国企業による半導体生産を支援する計2,800億ドルの基金「「The CHIPS and Science Act(通称:CHIPS法)」からの資金援助を受けるべく、動いているようです。

もう1つは味の素のサプライチェーンは分散しているという弱点があるからです。

味の素は半導体チップの絶縁材料全てを手がけているわけではなく、ビルドアップ層と呼ばれる回路の上に追加される層のみです。

したがって、高性能コンピューティングが膨大なデータを高速で処理する際には、異なる絶縁体が使われ、最適化されていないことが、エネルギー浪費や計算速度の低下などのボトルネックになるのです。

さらにAI開発が加速していくと、こうしたエネルギー浪費や計算速度などへの懸念が高まっていくと見られます。

Thintronicsは、米国政府の全面的な支援のもと、味の素に立ち向かうことはできるのでしょうか。今後の動向には注目です。

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