イスラエルのスタートアップ・エコシステムに起きている変化

2023年10月11日
全体に公開

10月7日にパレスチナ・ガザ地区を実効支配するイスラム過激派組織「ハマス」がイスラエルに数千発のロケット弾を発射。イスラエルは戦争を宣言して、報復を開始したことで、激しい戦闘が繰り広げられています。
参考動画(10月8日時点):【イスラエル】なぜ今、戦争が起きた?死者は1000人超。

この戦争は世界からも注目を集めるイスラエルのスタートアップ・エコシステムにも影響を与えますが、すでにある理由から資金調達環境に大きな変化が起きています。

現在のイスラエルのエコシステムの状況をおさえていきましょう。

☕️coffee break

イスラエルは四国と同じくらいの2.2万平方キロメートルと小さな国です。

人口も神奈川県と同じくらいで950万人ですが、国民の平均年齢は29歳で活気があふれており、スタートアップ大国としても知られています。

2020年以来、スタートアップの資金調達総額は100億ドル(約1.4兆円)超えが続いており、現在では米国・中国・インドに続き、世界で4番目にスタートアップの資金調達総額の大きい国です。
参考:日本は2022年のスタートアップ資金調達総額が9459億円(2023年7月14日時点/INITIAL

これほどエコシステムを拡大できた主な秘訣は政府による2つの支援策です。

1つ目は、1977年に米国とイスラエル政府によって設立されたBIRD財団です。

これは二国間の産業研究開発を促進することを目的に、米国企業とイスラエル企業の共同プロジェクトに最大で100万ドル(約1.4億円)を支援するというもの。

続いて、1993年にベンチャーキャピタルの創出に取り組むYozma Program(ヨズマ・プログラム)がスタートしました。

当時、イスラエル国内にはベンチャーキャピタルが数社しか存在しなかったため、政府が複数の民間VCに出資するファンド(ファンドオブファンズ)を設立して、国内でのファンド設立を促しました。

このプロジェクトは2001年のインターネットバブル崩壊までに一定の成果をあげることができたため、イスラエルにベンチャーキャピタル産業が根付いたのです。

スタートアップの創出においては、イスラエル国防軍が重要な役割を果たしています。

イスラエルでは高校卒業後の18歳から、男性は3年間・女性は2年間の兵役が義務づけられています。この国防軍の部隊に所属すると、短期間で軍事教練だけでなく、コンピュータサイエンスなど、科学や技術についても学びます。

中でもエリート集団が所属する軍事情報収集の8200部隊の出身者は除隊後には起業家として活躍する事例が多く、Palo Alto Networks・Checkpoint Technologiesなど、IT/サイバーセキュリティ分野でスタートアップが生まれました。

かくして、イスラエルはスタートアップ大国へと進化を遂げたのです。

🍪もっとくわしく

パンデミック以来、世界各国のスタートアップ資金調達環境は大きく変わりました。

それまではスタートアップにとって資金調達をしやすい環境で、赤字でも売上成長率が高ければ評価されていたものの、現在では収益性も求められるようになっています。

赤字を掘って急成長を目指すことが一般的だったスタートアップは収益性の向上にシフトせざるを得なくなり、資金調達も順調に進まないケースが相次いでいます。

イスラエル市場も同様にスタートアップの資金調達額が減少してますが、今年は3Q末時点(1-9月)でわずか28億ドルとさらに大きく減少しているのです。

  • 2020年:104億ドル
  • 2021年:258億ドル
  • 2022年:149億ドル
  • 2023年9月時点:28億ドル

特筆すべきは、サイバーセキュリティ業界ですら、2023年1-9月でわずか28社しか資金調達しておらず、前年比90%近くまで減少していることです。

この理由には投資家がある政治的な混乱に懸念を示していることが挙げられます。

それは、ネタニヤフ首相による、「司法制度改革」です。

2023年の上半期に最高裁判所が法律を無効と判断しても国会が覆すことができる法案など、ネタニヤフ首相が汚職の有罪を回避するために司法制度の見直しに取り組んでいました。

結果として、国内で史上最大の抗議運動が行われたことなどから、司法制度の改革はほぼ取り止められたものの、投資家はネタニヤフ政権がさらに権限を持ち、民主主義の基盤が損なわれるのではないかと懸念しているというのです。

スタートアップ側でも変化が起きています。

イスラエルのNPO「Startup Nation Central」がスタートアップ615社を対象に調査をすると、8%がすでに本社を海外に移転しており、29%が近いうちに移転を計画していることがわかりました。

イスラエルイノベーション庁の調査でも2023年にイスラエル人創業者が設立した企業のうち、80%が米デラウェア州で登記しており、昨年の20%から大幅に増加しているようです。

不確実性が高いイスラエル市場ではなく、米国のデラウェア州で法人登記して、1拠点としてイスラエルにオフィスを構えるスタートアップが増え始めているんです。

🍫ちなみに

現在、ほとんどのスタートアップで役職を問わず、社員の10-30%が予備兵として召集されています。

各社は社員が減った中で事業を継続するとともに、オフィスの一部を避難場所として貸し出すなど、一般市民への支援活動を行っている企業もあります。

また、イスラエルのスタートアップに積極投資している米国VCでも、Insight Partners・General Catalyst、Battery Venturesなどは人道支援や、食料調達、支援金の提供なども行っています。

司法改革制度により、イスラエル国外に拠点を移すスタートアップが増えている中で訪れた戦争。これにより、さらにスタートアップが米国に本社を移す流れが加速し、エコシステムが変化する可能性もあるのではないでしょうか。

サムネイル画像:Wikimedia Commons/Alexey Bogoslavsky

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