「ワインのテイスティング、あれって替えてもらえるの?」 マナー〈前編〉

2023年7月11日
全体に公開

ワイン業界で長い私が、いつも聞かれる質問

「ワインのテイスティング、あれって替えてもらえるの?」

ワインの業界外で知り合った友人や知人から、私が最もよく聞かれる質問の一つです。

レストランでワインを注文した際にある、お決まりの儀式「テイスティング」。身なりの整ったソムリエを前にして、気軽には聞けない。ただ、ずっと気になっている......。

身近に現れたシニアソムリエで、ワイン業界20年以上だという私に「そういえば」と、聞けそうで聞けなかった質問を投げかけてくる、というわけです。

ワインテイスティングをした後、ワインボトルを取り替えできるのかーー。

答えは「イエス」、替えてもらえます。

ただ、「ワインの味が好みに合わない」「やっぱりこの赤より、あの赤がよかった」といったようなリクエストは想定していません。(追加でお金を払って新しいボトルを注文することは、もちろん可能です)

では、何をテイスト(試飲)するのでしょうか?

それは味の好みではなく、「品質のチェック」です。

こう聞くと、とたんに難しく感じるかもしれません。言い換えれば、開栓したばかりのワインの「コンディション(状態)」をみるのです。

私たち人間に体調があるように、生き物であるワインにも、その日の状態があります。レストランでコルクが抜かれ、まさに飲まれようとする瞬間の「コンディション」です。

Big Dodzy/Unsplash

繊細なワインが適正な保管で届いたか

ワインセラーを一度は目にしたことがあると思います。レストランに置かれた業務用でも、自宅用でも構いません。

どのような部屋に置かれていますか? 保管で何に気を遣っているでしょうか?

ワイン通でなくても、温度や湿度が大切であることは想像がつくのではないかと思います。ワインは適正に保管されないと、すぐに劣化してしまう飲み物なのです。

数千本のワインを所有する都内のレストランで私がシェフソムリエとして働いていたころ、最も気をつけていたのはワインセラーの温度と湿度の管理です。ワイン専用の温度計と湿度計をワインセラーやワインカーブ(ワイン蔵)ごとに2つ以上設置し、朝・昼・晩とチェックすることが日課でした。

いまは自宅でも400本ほどのワインを個人的に持っていますが、湿度の安定した専用部屋は24時間、18度でエアコンをつけっぱなしにして、保管状態に気を遣っています。

とにかく繊細で不安定な性質を持っているワイン。

海外ワインの一般的な流通経路を大きくみても、ワイナリー(醸造所)から、インポーター(ワイン商社)の輸入・保管を経て、各レストランに届いていますが、どのプロセスでも扱いはとても慎重です。

極端ですが、この経路のどこかで仮に「炎天下に10日間放置」されていたら、ワインの状態はどうなるでしょうか。ロマネ・コンティでも、ドンペリでも、ボジョレ・ヌーヴォでも、どれも味が台無しになってしまいます。

ワインテイスティングとは、このように運ばれて「注文したボトルに何か問題はないか?」と品質を確認する作業なのです。

Javier Balseiro/Unsplash

テイスティングでみる2つの「状態不良」

テイスティングの品質チェックで「問題あり」と判断されるのは、どんな状態でしょうか。

これは代表的に2つあります。

①高級ワインも台無しにしてしまうブショネ

品質チェックで、最も多く引っ掛かるのが「ブショネ」(コルク臭)です。

コルクが原因で、ワインに不快な臭気がする状態のことを指します。フランス語のコルク栓「ブション(bouchon)」が語源です。

ブショネの原因は諸説ありますが、細菌に汚染されたコルク栓が原因。ワインがカビ臭くなる、と説明されています。この臭みは、業界では「濡れた段ボール」や「割り箸を噛んだような」などと表現されます。私は個人的に「バスケットボールのような香り」も感じます。

ブショネの研究は進んでいますが、実は原因はまだすべて解明されていません。ブショネにあたる確率も、「100本に2本」「多くて8本」とも言われており、業界を悩まし続けている問題です。

私が勤めているワイン商社では、「ブショネワイン」の返品をレストランから受け付けています。週に何本も返品対象となるのですが、なかには数十万円の高級ワインもあります。ブショネが原因で、ワインが飲まれずに戻ってくるのは、なんとも残念な瞬間でもあります。

John Murzaku/Unsplash

②極めて判断が難しい劣化

ブショネ以外でもワインの品質を落とす状態に「劣化」があり、代表例が“熱劣化”です。高温の場所で保管されたことによって、不快な「焦げたような香り」や「蒸れたような状態」になるコンディションを指します。

ワインは時と共にゆっくりと酸化熟成をしていくのですが、それが過度になり、ひどいと「お酢のような状態」にまで劣化することがあります。

もし飲めないほどの状態なら、劣化していることは誰にもわかりやすいです。ただ実際は、劣化の見極めは簡単ではありません。

D Z/Unsplash

ソムリエを味方にするのが早道

レストランでのワインテイスティングは、「ワインの好みではなく、開栓後の品質・状態をみること」だとお伝えしました。そして、代表例として「ブショネ(コルク臭)」と「劣化」の2つのケースを「交換の対象」と解説しました。

ここまで読んでいただき、「ちょっと自分にはできそうにない」と思われたのではないでしょうか。その感覚は正しく、ワインの「適正な味わい」と「劣化状態」を区別するには、相当プロフェッショナルなスキルを必要とします。

では、どうすればよいか。もし、香りや味わいに違和感を感じたら、ソムリエやお店の方に相談してみましょう。

私がいつも聞かれる「ワインのテイスティング、あれって替えてもらえるの?」という質問。これは「ワインテイスティングって、つまり何をするの?」とも同義だと思います。

回答として私が一番お伝えしたいのが「知ったかぶりをしないこと」です。

テイスティングをする場合は、自信がなければ、香りを嗅ぐだけか、「お任せします」とソムリエに頼るのが一番です。

hagy/Upsplash

テイスティングを求めるようなレストランであれば、ワインの栓を開けた時に、ソムリエがまずテイスティングをして、そのあとにお客様のホストがテイスティングをします。

つまり「その道のプロが、すでに品質チェック済み」というわけです。

ソムリエやお店の方はワインのプロ。「あなたを信頼します」という期待を持って、身を委ねてみてください。

逆に、知ったかぶりをしたり、「ワインに詳しい」と品質チェックに果敢に挑んだりしても、簡単に見極められるものではありません。レストランで日々ワインと向き合っている現役のソムリエたちも人間ですから、心情的に敵に回していいこともないようにも感じます。

テイスティングは正式には「ホストテイスティング」といい、ホストは一般的には、食事をお誘いした側、そして多くは「お金を支払う人」です。

「ホストテイスティング」という呼び名も、ワインを選ぶのはホストの役目という前提からです。ただ、実際には、招かれた側がワインを選ぶことも少なくありません。

このため、ホストテイスティングをするのはホストに限らず「ワインを選んだ人が行う」ということになります。せっかく選んでくれたのですから、最初に「品質チェック」するのが自然な流れです。

次回、「ワインのレストランマナー」の後編では、ワイングラスの取り扱いについて、社会人なら知っておきたい3つのマナー「注がれ方」「グラスの持ち方」「乾杯の仕方」をお伝えします。お楽しみに!

文:古川康子(シニアソムリエ)

編集:野上英文(MIT Sloan Wine Club)

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