38 エジプト旅行をしながら、いつもとは違う視点を体得してみる

2022年12月31日
全体に公開

 もはや再論する必要はありませんが、コロナ禍で私達の行動原理が大きく変わりました。そのなかでも「リモート」は、大きな変化でしょう。リモートワーク、オンライン位ミーティング。これまでも、技術的には可能なものでした。実際、私が5年ほど働いたユーザベースでは、私が入社した2016年当時からzoom、google meet、Skypeなどを使ってのオンラインミーティングは頻繁に行われていました。コロナ禍によって、誰もがリモートをせざるを得なくなりました。

 そうしたなかでも海外出張については、リモートによって随分代替できるのではないか、と考えられるようになりました。確かに、???と思われる出張が世間になかったわけではありません。しかし、必要なものもまだまだあるでしょう。また、個人の海外旅行についても、リモート旅行もありましたが、やはり、人の移動がほぼ、コロナ前になった今、現地に赴くことの重要性を感じています。

 今、私はエジプトに来ています。12月24日のクリスマスイブにシンガポールを出発し、イスタンブール、カイロで乗り継ぎ、ルクソールに入りました。12月30日からはカイロに滞在しています。私にとっては、初めてのエジプト訪問です。

 休暇での旅行といっても、様々感じることがあります。まず、月並みなことですが、エジプトの位置です。普段見ている東南アジアや日本から見える視点からは、随分違った世界が見えてきます。グーグルマップで自分のいる位置をみれば、ルクソールからちょっと先に行けばアスワンハイダムやアブシンベルで有名なアスワンがあり、その先はもうスーダンです。このあたりはヌビアと呼ばれており、壁画にもよく出てきます。例えば、「貴族の谷」にあるトトメス3世からアメンヘテプ2世のときに宰相だったレクミラの墓(TT100)には、当時のエジプトで貴族に仕えていた各地の出身者の働く様子が描かれていますが、そのなかにはヌビア人の様子も描かれています。

 ハトシェプスト女王葬祭殿に行けば、彼女の功績を記した碑文があり、プントとの交易の話が出てきます。プントの正確な位置は、未だ不明なままですが、現在のエジプトの南東部とされています。ソマリアのプントランドを思い浮かべますが、それと同じ地域かも不明です。ハトシェプストという人物は非常に興味深く、古代エジプト史では珍しい女性の王として君臨し、かつ、息子のトトメス3世との共同統治体制を敷いていました。戦いを好まず交易や外交により国を発展させようとしたハトシェプストと、17回の遠征を行い、エジプト史上で最大の版図を築いたトトメス3世という組み合わせ。こうした交易、外交、軍事のコンビネーションは、現代の地政学にも通じる話です。

 ハトシェプストについては、考古学者の河江肖剰名古屋大学高等研究院准教授の現地解説You Tubeは、学術的な視点に立ちつつ、誰にでもわかりやすく解説しています。

 また、ハトシェプスト女王葬祭殿は1997年11月17日に発生したテロ事件の現場でもあります。58人の外国人観光客、4人の警察官が死亡しました。ここには日本人の集団ツアー客もおり、日本人ガイド1人と観光客9人が亡くなりました。このテロ事件は、同年9月にカイロで発生した爆破事件の首謀者に対する死刑宣告に対する報復テロだとされています。首謀者は1993年の米国世界貿易センタービル爆破事件の首謀者オマル・アブドゥルラフマンが設立したイスラーム武装闘争派のイスラム集団(ガマー・イスラミーヤ)とされています。平和的な外交と交易により、エジプトを発展させたハトシェプスト女王が造営した祭殿を舞台に行われた、暴力による惨劇。数千年の時を超えて、暴力と非暴力の地政学が交錯することを体感しました。

 観光客たちをみると、まだ東アジアからの観光客は多くありませんでした。私にとっては寒いと感じるエジプトには、極寒の欧州から観光客が暖を求めて来ています。ルクソールにあるホテルのウインターパレスは、かつては、名前の通り冬の時期にしか空いていなかったことも頷けます(エジプトは冬が観光のハイシーズン)。

 だんだん旅行記のようになってきましたが、自ら足を運び、いつもとは違う価値観の世界に、歴史に思いを馳せながら現代の様子を実際に見聞きすることによって、世界の見え方が随分違ってくることを体感した、ということをお伝えしたかった次第です。当たり前のようにも聞こえますが、普段と異質なところ、遠いところに行けば行くほど、自分の身の回りもよく見えてくる、そのような感じがする旅です。

 世界を理解するための旅とするためには、現地事情に関する本や「信頼できる」専門家が解説している動画などを事前に見ておく、移動中にみる、史跡や都市を訪問したあとに、滞在先のホテルで復習としてみてみる、などがおすすめです。個人的な体験がより立体的になり、かつ客観化されます。(最近は、専門家ではない著名人による手軽な解説動画が氾濫していますが、不正確なものも少なくありません。研究者などその筋の専門家による動画を視聴することをおすすめします。分かりやすくて面白ければ、多少の間違いやデフォルメがあってもいいじゃないか、という意見もありますが、私は反対の立場です。そのような理解では、おそらく、地政学・地経学リスクを正しく認識することは困難です)

 なお、私は今回は前出の河江准教授のYou Tubeのほか、下記の2冊を現地に持ち込んで読みながら旅をしています。

 なお、漫画の犬童千絵「碧いホルスの瞳 -男装の女王の物語-」(KADOKAWA、全9巻)がハトシェプストに関する史実部分を踏まえつつも、史実では明らかになっていない部分をエンターテイメントとしての想像力を交えながら良作となっています。

 また、エジプトの現代や地政学的な位置づけを知るには、以下の資料が良いと思います。エジプトに限らず、他の国でも同様に参考にできます。

 ということで、私はカイロで2022年を終えて、2023年を迎えることになります。皆様も、それぞれの場所から、良いお年をお迎えください。

(バナー写真:筆者撮影。ハトシェプスト女王葬祭殿にて)

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