聞こえるのは民の声か、神の声か?:スペイン総選挙と極右Vox党

2023年7月18日
全体に公開

LGBTQ+への支持を表明すべきその日に、スペインの複数の政府機関が虹色の旗を政府の建物に掲げることを禁じた。6月は国際的にプライド月間となっており、とくにゲイとレズビアンの権利のために戦った「ストーンウォールの反乱」を記念する28日は、スペインにおいても例年大きなお祭り騒ぎとなっていたはずだ。ゲイプライドを表す虹色の旗を禁じたのは、バレンシア州のナケラやカスティーリャ=ラ・マンチャ州のトリホスなど。なぜ時代に逆行するようにみえる、こうした行為がスペイン各地で起きたのだろうか?

マドリード市庁舎において脇に追いやられた虹の旗(2019年)GettyImages

時代に逆行した行為の首謀者はボックス党。バスク出身のサンティアゴ・アバスカルによって2014年に設立され、近年スペインにおいて勢力を伸ばす極右政党である。5月28日に行われた地方選挙では、政権の一角を担う極左政党ポデモスを差し置いて、国内第三の勢力に上り詰めた。その結果を受けて、中道右派の国民党(Partido Popular)と連立の協定を結び、いくつかの州政府において政権与党となることに成功している。虹色の旗が禁止されたのは、ボックス党が政権を担う諸州においてである。

ボックス党が反対するのはLGBTQ+の権利だけではない。キリスト教と伝統的な価値観を信奉するこの極右政党は、フェミニズムや移民問題、中絶や安楽死の問題において反自由主義的な立場をとる。さらには気候変動を「新しい宗教」とみなし揶揄する。もちろん、こうした立場をとる政党はこれまでもスペインに存在したし、さらにいうと1977年までスペインは反自由主義的なフランコ体制下にあった。しかし懸念されるべきは、この政党が州レベルのみならず、国政においても政権与党になる可能性が高い、という点にある。

7月15日にロンドンで開催された環境保全運動。GettyImages

迫るスペイン総選挙:極右の台頭?

スペイン総選挙は次の日曜日、つまり7月23日に予定されている。5月の地方選挙から比較的日が浅いのは、敗北した社会労働党(PSOE)の党首で現首相ペドロ・サンチェスが、当初は12月に予定されていた総選挙の予定を半年ほど早めたからである。現時点の予想によると、アルベルト・ヌーニェス・フェイホー率いる国民党が得票率34%で首位。二位は社会労働党で28%、第四位の左派連合(Sumar)と合わせても、政権維持は不可能だ。

しかし他方で、国民党も単独での政権奪取は望めない。そこで得票率14%のボックス党との連立が模索されているのだ。そして、5月の地方戦のあと、スムーズとまでは言えないまでも、州レベルではすでに連立を形成していることもあり、ボックスの政権入りはかなり現実味を帯びているといえるだろう。

首相就任が予想される国民党のアルベルト・ヌーニェス・フェイホー党首。GettyImages

宗教という面から考えてもボックス党は興味深い。彼らは特定の宗教団体に支持された政党ではないし、特定の宗教に特権的な立場を与える予定もない。だが、明らかにスペインにおけるナショナリスティックな「キリスト教アイデンティティ」の確立を目指しており、それによってバスクやカタロニアの分離派を退け、伝統的な性倫理や家族観を重視し、新しいレコンキスタによってムスリムの排除を目指す。さらには、すでにカトリック色の強いスペインの公教育をこれまで以上にキリスト教化することを望む。こうして国家と宗教のより緊密な関係を夢見るのだ。

ボックス党とカトリック教会内部での分断

スペインは伝統的にカトリックが多数派をしめており、近年、世俗化が進んでいるとはいえ、まだイギリスなどに比べてもその勢力はそれほど弱体化してはいない。しかし問題は、カトリック教会の内部で分断が起きており、フェミニズムやLGBTQ+、イスラム教について意見が大きく割れている点にある。

GettyImages

一方で、聖職者たちの多くはボックス党の支持する保守的な動きに反対する。たとえば、昨年バリャドリッドの大司教に任命されたルイス・アルゲリョ・ガルシア司教は、ボックス党のもたらす分断や過激主義を危惧し、「我々は主の祈りの民であり、個人の尊厳を遵守する民である」と強調する。ガルシア司教の立場は、現教皇フランチェスコが推し進める多様性を重視する、自由主義的な立場であり、教皇を支持するスペインの聖職者たちにはその傾向が強い。

しかし他方、スペインの保守的なカトリック系の団体であるオプス・デイキリスト教法律家連合(Abogados Cristianos)は、ボックス党の支持を表明している。したがって、草の根レベルでいえば、ボックス党の反自由主義を支持する層が依然として強く、英国国教会においてもそうだったように、自由主義的な教会の指導層反自由主義的な一般会員のあいだでの分断がみられる。だからこそ、一般会員に支持されるボックス党は選挙でも支持されるのだろう。

教皇フランチェスコとスペインのサッカークラブ、セルタ・デ・ビーゴの社長Carlos Mouriño。Getty Images

ヨーロッパの自由主義の未来

もちろん総選挙の結果は未定である。また、国民党とボックス党の連立政権が誕生するかもまだわからない。だが、その可能性は高く、そうなった場合、フランコ政権後のスペインの歴史を塗り替えるだけではなく、ヨーロッパ全域における極右勢力の台頭にさらに拍車をかけることにもなるだろう。オルバーン・ヴィクトルのハンガリーはいうまでもなく、最近だけでも、フィンランドやスウェーデン、イタリアにも極右政党を含む連立政権が誕生した。グローバル化に疲弊した層の逆襲にスペインも加わるというわけだ。

7月に開催されたNATOサミットにおける、ハンガリーのオルバン首相とイタリアのメローニ首相。GettyImages

宗教と伝統的な価値観はこうした動きの中心にある。もちろん宗教とはいっても、これまでもみてきたように、特定の団体や教会を指すのではない。むしろ、より広く定義されたキリスト教のアイデンティティの確立を意味する。教会の活動には参加しないが自らをキリスト教徒とみなす層が、ボックス党や他の極右政党の支持母体となっていることからもこのことは明らかだろう。また、彼らの標榜する伝統的な価値観とは、多様性を否定する反自由主義を指す。つまり、自らのアイデンティティを危ぶむと見做された、フェミニストやゲイ、ムスリムなどの徹底的な排除である。世界に先駆けこうした少数者の権利を擁護してきたヨーロッパの自由主義がいま試されている。

トピ画:ボックス党のサンティアゴ・アバスカル党首。GettyImages

1. 「ストーンウォールの反乱」とは、1969年6月28日にニューヨークの「ストーンウォール・イン」への警察の踏み込み捜査を契機として起きた、ゲイ・レズビアンによる一連の権利運動を指す。

2. ボックス党の宗教的な傾向については、Schwörer, Romero-Vidal, Fernández-García, "The Religious Dimensions of the Spanish Radical Right: Voters, Ideology and Communication of Vox," in Illiberal Politics and Religion in Europe and Beyond: Concepts, Actors, and Identity Narratives (Frankfurt: Campus, 2021), pp.183-212を参照。

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