ドイツ人は選択できるのか?極右政党の台頭とキリスト教文明の復興

2023年8月1日
全体に公開

極右政党の政権入りが恐れられていたスペイン総選挙(7月23日投開票)だったが、在外票が右派に有利に働き、12月あるいは来年1月ごろに再選挙となりそうである。実は、総選挙が行われたその日に別の国で放送された、極右との関係をめぐるある政治家の発言が世間を賑わせることになる。ドイツ最大の中道右派政党「キリスト教民主同盟」(CDU)のフリードリヒ・メルツ党首が、極右政党「ドイツのための選択肢」(Alternative für Deutschland、AfDと略)との市町村レベルでの協力関係は辞さないと発言したのだ。

この発言は多くのドイツ人に衝撃を与えた。極右とのあいだに明確な一線を引いてきたCDUのこれまでのスタンスから大きく逸脱するようにみえたからである。メルケル前首相の時代には、この線を極右との「ファイアウォール」と呼んでいたし、他党やメディアもドイツ政治における譲れない「防疫線」(cordon sanitaire)とみなしてきた。メルツ党首は、この発言を選挙協力ではなく、AfDが主導する地方行政への協力を意図したものだとすぐさま弁明したが、世間に与えた衝撃を和らげることはできなかった。

キリスト教民主同盟党首フリードリヒ・メルツ GettyImages

「ドイツのための選択肢」(AfD)とはなにか?

極右政党AfDが誕生したのはわずか10年前。当初は極右とはみなされず、破綻したギリシャへのEUによる財政支援に反対する学者たちが始めた、保守的な政党であった。しかし、2015-16年にかけてシリア難民を中心として100万人以上の外国人をメルケル前首相がドイツ社会に受け入れたのに応じて、AfDは反移民反ムスリムという排外主義的な立場を鮮明にしていく。穏健な経済学者たちはリーダーシップからパージされ、対外的にも極右政党として知られていくようになった。

2015年9月、ミュンヘンに到着したシリア難民とメルケル前首相の写真 GettyImages

2017年に行われた連邦議会選挙でAfDは12.6%の得票率を叩き出し、94議席を獲得することに成功。それまで州レベルではすでに勝利をおさめていたAfDであったが、連邦議会におけるこの勝利は、既存政党のみならず、ドイツ社会全体を震撼させることになった。その年には、テューリンゲン州議会議員のビョルン・ヘッケがベルリンにあるユダヤ人のための記念碑を「恥」と呼び、ナチスによる蛮行を矮小化するなど、極右の傾向を強めることになる。もちろんヘッケの言動は党そのものの立場というよりは、彼がリーダーを務め、2020年3月に解散したとされる(だが実質的にはまだ機能しているらしい)党内派閥「翼」(Der Flügel)のものではあるが、その派閥が党の少なくない部分を占め、また、彼の指導によりテューリンゲン州では20%以上の得票率を誇るようになったことからも、AfDを牽引する大きな力であることには変わりない。

AfDの最右翼ビョルン・ヘッケ GettyImages

2021年の連邦議会選挙では、直前にメディアによってAfDが反民主的な動きを調査する連邦憲法擁護庁の監視下に入ったと報道され、得票率を10.3%まで落とす。政党としても、社民党と連立を組んだ緑の党、自由民主党の後塵を拝することになり、大きく勢力を減退させたかのようにみえた。しかし、現政権の環境政策やウクライナ戦争への立場に対する徹底的な反対が広く支持を集め、最近の世論調査ではCDUに続く22%を獲得。また、地方レベルではあるが、この6月にテューリンゲン州のゾンネベルクやザクセン=アンハルト州のラグーン=イェスニッツの首長にそれぞれAfD党員が当選するなど、さらに勢いを増しているようにさえみえる。

アイデンティティとしてのキリスト教

スペインのボックス党やイタリアの同盟などの他の極右政党と同じく、AfDも「キリスト教」をその中心的な価値観としてあげている。AfDによると、西洋社会はキリスト教的な価値観を喪失してしまい、その結果、多様性を重視する多文化主義やLGBTQ+や同性婚、さらには西洋の文明を否定するキャンセルカルチャーがはびこるようになったのだという。

2023年7月29日にバーデン・ビュルテンベルク州のシュトゥットガルトで開催された、同性愛者差別の撤廃を訴えるクリストファー・ストリート・デーのパレードの様子。GettyImages

党首のひとりであるアリス・ワイデルは、こうした立場を代表してAfDをドイツに現存する「唯一のキリスト教政党」とみなす。というのも、彼女や党員の理解によると、既存のキリスト教政党のCDUやCSU(バイエルン州のみを地盤とするキリスト教社会同盟)などは、真のキリスト教的な価値観を失い、上記の現代的な価値観に迎合してしまったからである。ワイデルは既存の教会さえもこの「裏切り者」のリストにいれるのだ。

AfD党首アリス・ワイデル(右)とティノ・クルパラ(左)GettyImages

また、2023年1月にAfDは、世界で迫害にあっているキリスト教徒たちを守るための措置をとるべきだとして、2月15日をその記念日にするよう連邦政府に対して働きかけた。2月15日は、2015年にイスラム国(ISIS)がリビアで15人のコプト派キリスト教徒たちを斬首したビデオをアップロードした日であり、AfDの明確なアンチ・イスラムの立場が懸念され、法案は実現には至らなかった。

以上のことからもわかるように、AfDの提示する「キリスト教」にとって重要なのは、正統的な教義を信じることでも、教会に所属することでもない。むしろドイツ人としてのアイデンティティをこうした現代的な価値観に反対するキリスト教にみいだすことなのである。

極右にあらがうドイツのキリスト教会

キリスト教の擁護者」として自らをブランディングしようとするAfDの戦略は、ドイツのキリスト教関係者のあいだではあまり好意的に受け止められていない。むしろ、教会の指導者たちは、AfDの「キリスト教」を反ムスリムの隠れ蓑とみなし、難民を拒否する姿勢を聖書の基本的な教えに反すると糾弾する。キリスト教徒としてのアイデンティティは、「わが国に助けを求めるすべての人間が人道的な措置をえられる時」に明らかになり、「難民や移民を受け入れることがキリスト者の責任」とさえいうほどである。これはイギリスにおける移民問題を論じる際にカンタベリー大主教が用いた論理に似ている。

2022年4月、ノルトライン=ヴェストファーレン州ゲルゼンキルヘンでのAfDの選挙キャンペーンを妨害するために、地元のプロテスタントとカトリック教会が鐘を鳴らし続けている。GettyImages

こうした言説が極右の台頭に対してどれだけ効果があるのかはわからない。というのも、ドイツのキリスト教会もヨーロッパの他の国と同様に、世俗化の煽りを受けており、会員や礼拝出席者の数はかなり減っているからである。とはいえ、ドイツには教会が社会において一定の影響力を果たせる政教分離のシステムがあり、こうした教会によるAfD批判が、この極右政党の勢力拡大を妨げていると識者たちはみなす。教会の影響力が比較的弱い旧東側において、AfDが圧倒的に強いことからもこのことは明らかだと宗教社会学者のトビアス・クレイマーはいう。

しかし同時に、有権者のなかには、ドイツの教会や既存のキリスト教政党がジェンダー観や性的指向や家族観において左翼・急進的な価値観を受け入れすぎており、キリスト教的な価値観を放棄しているとみなす層が存在するのも否定できない。移民への脅威も感じているだろう。北東部の保守的なルター派や南部のカトリック教徒がそれにあたり、こうした層のなかには、CDUからAfDへの鞍替えをした人たちも目立つ。直近の選挙結果をみても、その傾向は増すばかりである。

2023年7月29日にマクデブルクで開催されたAfD党大会に反対するデモ。GettyImages

結論:ドイツ人の選択

ヨーロッパの他の国で極右政党が濁流のように台頭するなか、唯一、その流れを食い止めることができていたドイツ。しかしその堤防は決壊寸前のようにみえる。CDUのメルツ党首の今回の報道は、彼の意図とは違っていたかもしれないが、党員や世論にはAfDとの協力を望むものも少なくない。むしろ、AfDに奪われた有権者をCDUが取り戻そうとすればするほど、今度は中道右派であったはずのCDUが極右化する危険もある。実際、メルツ党首や、この7月に就任したばかりのカルステン・リンネマン幹事長は、メルケル前首相に比べると、排外主義的で反移民の立場を隠そうとしない。極右ポピュリズムを研究するキャス・ムード(Cas Mudde)によると、こうした中道右派の極右化は汎ヨーロッパ的な現象だという。極右化は極右政党の問題だけではないのだ。

2023年7月12日に新しくキリスト教民主同盟の幹事長に就任したカルステン・リンネマン(左) GettyImages

また、キリスト教会の影響力がドイツにおいて弱体化すればするほど、一方で排外主義的な言説を撒き散らすAfDと、もう一方でグローバル化によって自らのアイデンティティを培っていた共同体や社会を失い、精神的にも経済的にも疲弊する人々が、反イスラム的な「キリスト教」をアイデンティティの支柱に置き、さらなる結束を強めるだろう。10月にはバイエルン州やヘッセン州で選挙があり、欧州議会の選挙も来年の6月に控えている。ドイツ社会、ひいてはヨーロッパ全体の極右化を前にして、ドイツ人ははたして正しく選択できるのか?

トピ画:AfD党大会で演説をするアリス・ワイデル GettyImages

注:ドイツの政教分離は、英国の場合と異なり国教会を認めない。教会を徹底した国家の管理下におこうとしたナチス政権の反省からである。とはいえ、カトリック・プロテスタント教会双方の公共への歴史的、また文化的な貢献を鑑みて、特権的な立場が与えられている。この特権は自由で民主的な社会の発展のために公立学校での宗教教育などを通して行使されるが、少数派の信教の自由は否定されない。AfDやCDUの右派が提案する国家によるモスクやイスラム教の徹底した管理は、こうした原則から外れることになる。AfDはむしろ国家の介入を認めるフランス型の政教分離を提案している。

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