ソラコムの「スイングバイIPO」に学ぶ、IPO達成の秘訣とは?

2024年4月9日
全体に公開

スタートアップを経営する起業家や、これから起業を志す人であれば、誰もが一度は夢見るであろうIPO(Initial Public Offering – 新規株式公開)。2024年3月26日、東京証券取引所グロース市場に、スタートアップからIPOを実現した新たな日本企業が登場した。モノとインターネットをつなぐIoTプラットフォームを手掛けるソラコムである。しかも、その手法も「スイングバイIPO」という、ユニークかつ今までの日本では例を見ない新たなスタイルのIPOである。 ちなみに、非常に数奇なタイミングではあるのだが、筆者は同年1月1日より、所縁により同社にてグローバル営業企画戦略の職を担うべく、海外(英国)に籍を置きながら本部社員として参画しているのだが、本稿は、ソラコムの社員としてではなく、飽くまでTAZ LONDONという一般の視点による執筆記事として寄稿している。そのため、ソラコムに関しての内部情報を含んだり、同社のマーケティングを目的としているものではないことを断言しておく。

ソラコムのIoTプラットフォーム

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IoTとは、Internet of Thingsの略称で、いわゆる「モノのインターネット」、様々な物理的なデバイスやオブジェクトをインターネットに接続し、相互に通信してデータのやり取りを可能にする技術の総称である。そして、ソラコムは、 そのIoTシステムをクラウド上に構築し運用するためのIoTプラットフォームを提供する企業だ。また、モノとインターネットをつなぐためにはコネクテビティが必要になるが、ソラコムはその通信回線もIoTプラットフォームの一部として提供しており、今日ではその契約回線数は600万回線以上にのぼる。そのカバレージも180国以上であり、同社が米国・欧州でも事業を展開するに足るグローバルプラットフォームであるとも言える。ソラコムのIoTプラットフォームによって解決される課題は様々だ。例えば、ガスの計測や安全検査を遠隔管理(リモート)で行うためのスマートメータリングや、防犯システムに欠かせない監視カメラの映像を無線化して運用するリモートモニタリングなどだ。また、コネクテッドカーなどのモビリティソリューション分野でも、ソラコムのIoTプラットフォームの活用が期待される。

「スイングバイIPO」って何?

SORACOM公式ブログより。https://blog.soracom.com/ja-jp/2024/03/26/3rd-stage-and-still-day-one/

スイングバイIPOという言葉に耳慣れない人も多いだろう。それもそのはず、この言葉はソラコムとその持株会社(当時は親会社)であるKDDIによって名付けられた造語である。同社は2014年に設立され、筆者も同時代を共にした、クラウドサービスを提供するAWS(アマゾンウェブサービス)出身の玉川憲CEO、安川健太CTO、そしてNTTドコモの舩渡大地COOらによって起ち上げられた。そして、2017年にソラコムは、グローバルなインフラビジネスを展開するためにKDDI傘下に入り、その元で2020年からKDDIの支援を受けた「スイングバイIPO」による上場を目指してきた。この「スイングバイ」とは、もとは宇宙用語で、探査機を遠くの目的地へ向かわせる際に、惑星の重力を利用して新たな軌道に乗せる技術をいう。つまり、KDDIという大企業のサポートを受けてIPOを実現する、というものだ。これが「スイングバイIPO」である。

ソラコムにみる、IPOを実現するスタートアップと、そうでない会社の違いは?

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全てのスタートアップ企業がIPOを目指しているわけではないが、それを一つのゴールやマイルストーンとしている会社は少なくないはずだ。それでは、ソラコムのようにIPOを達成するスタートアップと、そうでないスタートアップの違いは何だろうか。勿論、スイングバイという、大企業の支援を受ける特殊な手法をとった点も一つの違いかもしれない。しかし、AWS内のスタートアップ事業に携わり、他スタートアップ企業に内側から参画した経験をもつ筆者の視点からは、この大きな違いはソラコムが従業員とともに作り上げてきたカルチャーと行動規範に秘訣がある、と思慮している。

アマゾンから影響を受けたカルチャーの徹底と実践

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会社にはそれぞれカルチャーがある。しかし、どの会社も最初に志したカルチャーや理念を不変に貫徹させることは容易ではない。私たちの生活がそうであるように、スタートアップにおけるカルチャーもまた、様々な影響で変わりやすいものなのだ。しかし、ソラコムは創業当初から「AWS(アマゾン)のDNAを継承する」と称され、アマゾンの前CEOであるジェフベゾス氏の明訓である「Still Day One(毎日が常にDay One)」を哲学として各所に銘打つほどにアマゾン流の経営理念を一貫して実践してきた。実は、アマゾンのカルチャーや手法を、一つの成功事例として経営理念や手法に取り入れるテック系スタートアップは世界的にはかなり多い。ソラコムは、そのカルチャーの徹底度合いが他を一線を画す強みであり、このようにカルチャーを一貫して維持する会社をほとんど見ない。先に述べたとおり、創業者である玉川憲氏と安川健太氏がアマゾン(AWS)出身であることは諸所に語られているところであり、ソラコムの起業アイデアが彼らのAWS時代に温められたという秘話も公けに語られている。そして、筆者の知る彼らは、アマゾンのカルチャーを内側から学び、実践しつくしてきた、文字通りの生粋のアマゾニアンであった(アマゾンでは社員をアマゾニアンと呼ぶ)。そんな彼らが「アマゾンのDNA」を妥協することなくソラコムで増幅させ、従業員や関係者の意思を一つにまとめあげてきた点は他との差別化の基礎となったと推察する。例えば、ソラコムのリーダーシップステートメントもその一つであり、これはアマゾンの「リーダシッププリンシプル」と呼ばれる14か条の行動規範を反映させたものであることが覗える。

以下に、ソラコムがアマゾン流を踏襲し、他スタートアップとの差別化につなげたであろういくつかの行動規範を紹介する。

Customer Centric:
顧客中心に考える – 顧客の声を傾聴し、真のニーズを理解し、サービスに反映させていく。競合の動きに囚われない。
ソラコムのリーダーシップステートメントより

アマゾンでは、Customer Obsessionという規範がこれに相当し、決して“競合の動き”に応襲するのではなく、まっすぐ顧客の声に傾聴することで、真に良いサービスが提供できる、といった理念である。

Dive Deep: 詳細にこだわる – 本質、理を理解するため、直感のみに頼らず、データを元に検証する。
ソラコムのリーダーシップステートメントより

この行動規範は、アマゾンでも全く同じものが存在し、データドリブン経営を体現する重要な行動規範だ。データドリブンを掲げるスタートアップを数多く見てきた筆者だが、これを徹底して行えている会社も多くはない。しかし、ソラコムのデータドリブン経営は、その指標の数や分析など、大企業にも劣らないレベルで徹底されているように思う。実際、ソラコムが公表する情報、記事、投資家向けの情報などを見てほしい。引用している指標の数が多く、またこれらが根拠のデータとして活用された叙述が多いことに気づくだろう。この点だけでもソラコムが、他スタートアップと一線を画す点である。

Deliver Results: 結果を出す – 目的達成へ、継続的に粘り強く努力し、最後までやり遂げる。
ソラコムのリーダーシップステートメントより

この行動規範も、アマゾンに同じものがある。結果を出す、というのもある意味、顧客に対するコミットメントとも言える。ソラコムは創業して以降、段階を経た資金調達を実現し、回線数を飛躍的にのばし、メディアでもグッドデザイン賞日本ベンチャー大賞IP BASE AWARDなどの賞を受賞するなど、多くの結果を達成してきている。

Are Right A Lot: 正しい判断をする – 良心と良識に基づいた判断をスピーディに下す。多様な意見に傾聴し、自分の意見を訂正することも厭わない。
ソラコムのリーダーシップステートメントより

この行動規範も、アマゾンに同じものがある。特に、マネージメントやリーダーといったポジションの社員にとって、重要視される行動規範の一つである。限られた情報と条件の中で、適切な意思決定をスピーディに行うことは、スタートアップが本来持つ強みを如何なく発揮できる行動規範でもある。

Avoid Muda:ムダを省く – 本質的なことにお金や時間をつかう。運用コストを下げてお客様に還元する。
ソラコムのリーダーシップステートメントより

アマゾンの行動規範ではFrugality(倹約)と呼ばれる。この点も、ソラコムはアマゾン以上にコストコントロールを徹底して実践していることが要所で覗える。IoT向けの回線は、単価が低いと言われている中、売上と契約回線数を伸ばしつつ黒字を達成してきたソラコムは過去数年間、IPO実現と利益率安定のために、徹底したコストコントロールを行ってきたであろうことは容易に予測できる。

Think Without Boundaries: 殻を破って考える – 既存の制約や組織に囚われず、多角的に広い範囲で物事を観て、より大きな問題解決をし、イノベーションを起こす。
ソラコムのリーダーシップステートメントより

最後に、この行動規範を例に取り上げたい。この行動規範は、アマゾンではThink Bigという規範に相当すると推察するが、筆者は、それ以上に、文字通り”without Boundaries”の直訳となる「国境を超える」という意味として捉えている。今回、ソラコムIPOに際の記者会見で、玉川憲CEOが幾度となく繰り返したワードがある。それは「グローバル」である。そして、玉川氏の言葉を引用すると、ソラコムのビジネスの3割はグローバルビジネスで構成されてる、という。ソラコムは創業当初からグローバルスタートアップを目指しており、実際2016年に米国市場へ、2017年に欧州市場へ拠点を設立し、現在に至る。一般的に、日本発のテック系スタートアップがグローバル展開を実践した事例が希少な中、ソラコムは「グローバル慣れ」していると感じている。創業メンバーの安川CTOは米国に長く籍を置き、現在アメリカ法人のCEOとしても手腕を振るっている。同じく創業メンバーの舩渡COOも、ソラコム企業前まで米国に8年滞在した経験を持ち、現在は筆者の居住するイギリスに籍を置きながらリーダーシップをとっている。さらに、開発側となる技術チームも、バイリンガルエンジニアを採用しており、社内の技術文書も英語で書かれるという。また、ソラコムには、アマゾンのみならず、IBMなどの外資系テック企業の出身者も多く、彼らの「グローバル慣れ」は、まさに国境を越えるための強みであると言えよう。

筆者の思い出

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前項で触れたとおり、筆者はソラコムの創業メンバーらと、当時のAWSの職を共にしていたこともあり、創業当初からその存在はとても身近だった。CEOの玉川憲氏がソラコム創業のためにAWSを後にする際、当時のAWSジャパン社員はオフィス総あげで彼を応援し、送り出した夜を今でも覚えている。そして、筆者が2016年に欧州アフリカ地域に活動の場を移して以降も、常に目を離せない存在であった。ちなみにソラコム創業以降、当時の一部AWS社員たちが、神隠しにあうが如く次々と社内から消え、いつのまにかソラコムに参画していた、という話があったり無かったりするが、それはまた別のお話である。

参考1:SORCOM公式ブログより「スイングバイIPOにて、ソラコム本日上場」

参考2:SORACOM プレスリリースより「東京証券取引所グロース市場への上場承認に関するお知らせ」

参考3:日経新聞「Amazonベゾス氏の14カ条 ソラコムなど起業家の胸に」

参考4:SORACOM公式ブログより「ソラコムの「リーダーシップ・ステートメント」の公開」

参考5:ソラコム 玉川氏が挑む日本発スタートアップのグローバル展開、M&Aを経て会社売却で悩む起業家へのアドバイス

参考6:ソラコムが「日本ベンチャー大賞」 経済産業大臣賞 受賞!

参考7:SORACOMはクラウドとハードをつなぐ架け橋になる

参考8:IoTの最先端を行き、通信の民主化を果たす――、「SORACOM Discovery 2019」開催 新サービス/デバイスの発表も

参考9:(日本語訳あり) Working at Soracom as a Bilingual Engineer / バイリンガルのエンジニアの働き方

トップ画像:筆者撮影による画像

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