【第3回】MITの敷地から分かるニューロサイエンスと人工知能の融合

2021年11月16日
全体に公開

第3回は、ちょっと閑話休題。私が留学していたマサチューセッツ工科大学(MIT)の話をしてみようと思う。

私は2013年から2017年にかけて、MITのピカワー学習記憶研究所に研究員として在籍し、記憶や感情を人為的につくり出すといった脳科学研究に携わった。MITはよく知られているように、コンピュータサイエンスのメッカであり、生命科学に対しても、その内部構造を形作る「暗号」を紐解くことに専念している。

実は、MITの敷地の中の建物の配置を見ているだけでなかなかに面白い。

 脳神経科学に特化した研究所である、ピカワー学習記憶研究所・マクガヴァン脳研究所は連結した一つの建物となっており(Brain and Congnitive Sciences Complex、地図中央)、その中では記憶学習や感情の神経メカニズムの解明から、アルツハイマー病などの病態解析まで、比較的、高次な脳機能の研究が行われている。

 東大を含む日本の総合大学では多くの場合、理学部、工学部、医学部、農学部など学部ごとに、独立のアプローチで多様な脳科学研究が行なわれている一方(工学部なら人工知能、医学部ならば精神疾患に主眼を置くといった具合)、MITのように一つの研究所に集中させる事は、特定の神経科学分野(MITの場合、認知や記憶)に特化させたり、ラボ間の強いコラボレーションなどの面でのメリットが大きいと言える。

ピカワー学習記憶研究所

 この脳研究所の右にそびえ立つのが、ガン研究を専門とするコッホ研究所(Koch Institute for Integrative Cancer Research at MIT、地図右)であり、その向かいに建設されているのが遺伝暗号を紐解くことに特化したブロード研究所(Broad institute)である。彼らは、ATGCという遺伝暗号の連なりを解析することでガン発症の謎に迫ろうとしている。脳研究所が、0と1で成り立つ神経の活動を紐解いているように、総じてこの空間は【生命のデジタルな暗号を解こう】というコンセプトで各建物が配置されていると言えよう。

 さて、ガン研究所の向かいに遺伝学研究所があるのと同様に、脳科学研究所の向かいには、最も脳科学との親和性が高い「人工知能」の研究所である、MITコンピュータ科学・人工知能研究所(CSAIL)がそびえ立つ。「人工知能の父」と呼ばれたマービン・ミンスキーによって創設されたMIT人工知能研究所が、コンピュータサイエンスと組み合わされて新設された研究所であり、トイレットペーパーを組み合わせたような極めて前衛的な建築様式の建物である。

MITコンピュータ科学・人工知能研究所(CSAIL)

この脳と人工知能の両研究所は密接な協力関係にあり、お互いの研究所のセミナーに出席するのはもちろん、人工知能研究に限りなく近い研究を行うラボが脳科学研究所内にあれば、逆もまた然りである。

例えば、世界で初めて顔認証アルゴリズムを作り出したトマソ・ポッジオのラボは、現在でもマクガヴァン脳研究所の中にあり、第1回コラムで御紹介したGoogle DeepMindの創業者であるデミス・ハサビスや、アレン脳科学研究所を牽引するクリストフ・コッホなど、名だたるトップサイエンティストを輩出した。

ピカワー記憶学習研究所からの光景。真向かいに見えるのが、CSAIL

 このようにMITの研究所配置からも、アメリカのトップスクールでは、早くから脳科学と人工知能の融合を予知していた事が窺える。さらにMITを取り囲むように、徒歩圏内にはGoogleやマイクロソフト、更には製薬企業のファイザー(Pfizer Inc. 地図左下)といった企業が密集し、こぞってMITで開発された技術をできる限り素早く実践投入しよう待ち構えている。

Brain and Congnitive Sciences Complexの真向かいには、今をときめくモデルナ(Moderna)の本社ビルがある。僕のいたオフィスからおよそ徒歩1分。このような効率的なコラボレーションの素地となるハード・ソフト面に加えて、技術の拡散・応用能力の高さこそが、アメリカの科学力を支える真髄と言っても過言ではない。

もちろん、日本の科学者の丁寧でハードワーキングな姿勢は、世界中の多くの研究者から評価され誇るべきものだと思う一方、このように先見性のあるビジョンと共に、ハード面(敷地レベル)に豊富な資金が投入されるアメリカという国は、No.1になるべくしてなっているように思う。

脱線に脱線をしている本コラムであるが、第4回こそ私たちの生活に直結する脳科学の世界をご紹介したい。

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