【第2回】脳を操るオプトジェネティクス

2021年11月4日
全体に公開

さて、このように相互作用し合う脳科学研究と人工知能研究であるが、奇しくもこの数年間の間に協調的に技術革新が行われてきた。コンピュータサイエンスを支える素地となる、マシンのCPUスペックの強化や、深層学習などのアルゴリズム開発は、日常よく耳にするところだが、他方、脳科学ではどのようなエポックメイキングが起こったのだろうか。

それは2005年にスタンフォード大学で開発された、オプトジェネティクス(光遺伝学)という革新的技術である。一言で言うと、「光を使って、特定の狙った神経細胞の活動のみをコントロールする」ことが可能となった。お時間がある方は、こちらのオプトジェネティクスを開発したチームの研究者であるエド・ボイデン博士のTEDトークを聞いて頂きたい。(お時間ない方は、無視してそのまま先へ...)

オプトジェネティクスを開発したチームの研究者であるエド・ボイデンのTED

例えば、マウスの脳内で、「走る」という動作を司る運動野を、このオプトジェネティクスを用いて人為的に活動させると、自分の意思とは無関係にマウスは走ることを止められなくなる。こちらの動画で、頭のところが青くピコピコ光り始めたタイミングで運動野のニューロンが刺激されている。

心臓の拍動も電気信号で成り立っている。従って、先ほどの運動野の「光で狙った神経細胞の活動を上げる」実験とは逆に、光で電気的な活動をブロックするとどうなるだろう。結果はこちらの魚の心臓の拍動を見ていただければ、なるほど...と瞬時に理解できることと思う。(動画の音声にご注意ください!)

魚の心臓の拍動とオプトジェネティクス(音に注意してください)

また同様に、喉の渇きを司る神経細胞を光で刺激すれば、マウスは実際に自分の体の状態が乾いているか否かにかかわらず、光で刺激している間、絶えず水を飲み続ける。本来、飲水行動とは、運動などにより汗をかき、血液濃度が上昇したことを体が知覚した結果、「喉が渇いた」という感情が生まれ引き起こされる行動である。しかしながら、オプトジェネティクスを用いることにより、その途中経過を省き、「喉が渇いた」という感情をダイレクトに生成することが可能なのである。

Lightという表示がでると、喉が乾いたと感じるニューロンが強制的に活動させられる

このような、単純なレベルの行動制御だけではなく、近年では「感情」や「記憶」の制御も可能になってきた。こちらは情動中枢の扁桃体の攻撃ニューロンをオプトジェネティクスで刺激した時のマウスの様子である。光で刺激された瞬間に、マウスの攻撃性は高まり、ネジなどの単なる物体に対しても攻撃行動を示す。

私が在籍していたMITの利根川進研究室では、記憶中枢である海馬の神経細胞を直接刺激することにより、特定の記憶を人為的に操作する技術を開発した。

現状、マウス研究の枠は出ないが、この最先端ニューロサイエンスを駆使することにより、新しい記憶の人為的な生成や消去といった、記憶そのもののマニピュレーション(操作)技術の開発が進んでいる。この辺りの詳しい説明は、また別コラムでご紹介したい。

利根川研究室時代の同僚のXuとSteveのTED

この革新的技術であるオプトジェネティクスは2005年の発表以来、15年間で全世界の脳科学研究のあり方を全て書き換え、圧倒的な速度感をもって脳機能の解明が進められた。どの神経細胞がどの脳機能に関わるかという理解が進んだ結果、着眼すべき脳活動が明らかになり、0と1からなる神経活動の解析が瞬く間に進んだのである。タイミング良く交差した、脳科学とコンピュータサイエンスという二つの学問が相互作用しながら発展してきた経緯がお分かり頂けるかと思う。

コラムの第3回では、少し脱線してMITの建物を紹介をしながら、脳科学の捉え方についてお話ししたい。

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今回はTEDトークを二つリンクを貼ってみました。15分くらいあるので、通勤通学の電車の中で見るのに最適かもしれません!(字幕ボタンを押せば、日本語字幕がでるはずなのでご活用ください)

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