福音派のキリスト教シオニズムと迫り来る世界の終わり

2023年11月7日
全体に公開

 ハマスによる未曾有の襲撃から2週間がたった2023年10月22日、保守系のテレビネットワークであるフォックス放送の番組のなかで、テキサス州サン・アントニオの福音派教会の牧師で、米国最大のイスラエル支援ロビー団体「イスラエルのためのキリスト教徒連合」(Christians United for Israel, 以下CUFIと略す)の代表ジョン・ハギーは、やや紅潮した顔で声を荒げて次のように語った。

「二国家解決」などありえない。ハマスは死を崇拝している。私たちはここ数日、ホロコースト以来、人類が目にしたことのないような凶悪な行為を目の当たりにしてきた。彼らは死を崇拝し、ユダヤ人は生を追求する。生と死、両者は正反対であり、したがって原理主義的なイスラムとユダヤ教が和解することは決してない。神はアブラハム、イサク、ヤコブに神の言葉による契約を与えた・・・この土地は永遠にアブラハムの子孫のものである。それ以上でも以下でもない。
Fox News: “‘THEY HATE US’: Pastor Hagee warns Iran would be 'delighted' to attack” Oct 22, 2023

驚くべき声明である。妥協の余地は一切なく、パレスチナの土地は全てイスラエルのものだという。パレスチナにおけるこれまでの外交的努力や国際社会のコンセンサスなど、ハギーの唱える「神の言葉」の前には無力にみえる。イスラエル国家を支えるハギーのようなキリスト教徒を「キリスト教シオニスト」と呼ぶが、彼らの狂信的ともいえるような活動が米国政治に大きな影響を与え、米国政府をしてイスラエルの最大の支援者、そして擁護者としてきた。彼らはなぜこれほどまでに国家としてのイスラエルを支持するのだろうか?彼らの活動はどのように米国政治に影響を与え、中東の情勢を変えてきたのだろうか?今回の「宗教とグローバル社会」ではこうした問いに答えていきたい。

2019年7月19日、ワシントンD.C.で開催されたCUFIの会議で講演するジョン・ヘギー牧師。GettyImages

米国の軍事と文化におけるイスラエルの存在

意外に思われるかもしれないが、米国は1948年のイスラエル建国からしばらくのあいだイスラエル支援にそれほど前向きではなかった。そもそも建国に対しても、サウジアラビアなど原油産出国との関係を優先したい米国は消極的であり、むしろソ連におされるかたちで国連で承認したようなものである。状況が大きく変わり出したのは中東で激化する冷戦体制であり、さらに決定的だったのは1967年の第三次中東戦争でのイスラエルの勝利である。この地域でのソ連の影響や高まりつつあった反米アラブナショナリズムに対して、有効な対立軸をイスラエルは米国に提供できると考えたのだ。1970年のヨルダン内戦などを受け、米国はイスラエルへの軍事支援額をそれまでの3000万ドルから一気に5.5億ドルに増やしていった。

1967年6月、六日間戦争後の戦勝ツアーで、兵士たちを率いて「岩のドーム」を通過するイスラエルの政治家、ダヴィド・ベン・グリオンとイツハク・ラビン。Hulton Archive/Getty Images

軍事支援額の増加にともない、軍需産業のロビー団体がイスラエル支援に傾いていく。近年ではその額は天文学的な数字となっており、例えば2016年に軍需産業の大手ボーイング社はオバマ政権が計画していた10年分のイスラエルへの軍事支援額380億ドルを米国内で生産される兵器購入にあてるよう圧力をかけ、成功している。ボーイング社はまたさらに、イスラエルへの100億ドルの兵器売却も成功させており、米国の軍需産業とイスラエルは蜜月の関係にあるといえよう。ガザを廃墟とした死の兵器の多くはこうした軍需産業に負うところが大きい。

軍事のみならず、文化の面においても、米国のイスラエル支援はこの50年で大きく変化した。日本ではほとんど知られていないが、1970年にはハル・リンゼイという作家による『故・偉大なる惑星地球』(The Late, Great Planet Earth)というイスラエルをめぐる旧約聖書の預言の成就やソ連とのメギドの丘での最終戦争(「ハルマゲドン」とはヘブライ語の「メギドの丘」のギリシア語翻字)が描かれた小説が空前のベストセラーになった(邦訳も1973年に「いのちのことば社」という日本の福音派の出版社から刊行されている)。1973年にはバンタムという大手出版社から発売となり、1999年までに3500万部を売り上げたと言われている。74年から75年にはテレビシリーズとなり、1700万の視聴者をえて、1978年には『市民ケーン』で知られているオーソン・ウェルズ監督によって映画化もされており、キリスト教界隈だけでなく、広く全米のポピュラーカルチャーのなかに終末におけるイスラエルの役割が焼き付けられることになった。

イスラエルの終末論的な役割を対象にした小説は、他にもニクソン大統領の側近で、ウォーターゲート事件で起訴されたのちに福音派に回心したチャールズ・コルソンによる『対立する王国』(1987年、原題:The Kingdom in Conflict)などもあるが、リンゼイ以上のメガヒットとなったのが『レフト・ビハインド』シリーズ(1995–2007年)である。サンディエゴのメガチャーチ(2000人以上の会員のいる教会)の牧師で、保守的な政治活動家でもあるティム・ラヘイによる全16巻からなるこのシリーズは、2016年までに8000万部を売り上げており、児童書やスピンオフ作品、さらには映画版も2023年にリリースされた2023年の最新作を含めて5作品でている。とくに2014年の映画『レフト・ビハインド』は名優ニコラス・ケイジの主演となっており、キリスト教サブカルチャーにとどまらず、メインカルチャーにも浸透しているといえる。

ティム・ラヘイとジェリー・ジェンキンズの共著『レフト・ビハインド』シリーズ。Carolyn Cole/Los Angeles Times via Getty Images

このシリーズの目玉は、飛行機のなかで突如として消える、神によって天に挙げられた「敬虔な信者」たちと、そのあとに残された(left behind)不信仰者たち、さらにはイスラエルがイランやロシアとの戦争に勝利していく姿がヴィヴィッドに描写されている点だろう。かくいう私も、アメリカの大学の夏休み中に、信仰もなく、教会にも通っていなかったにもかかわらず、一般書店でシリーズ第一作を購入し、日本行きの飛行機のなかでこの本を読み、ちょっとドキッとさせられたのを覚えている。それだけ一般の人口に膾炙していたということだ。リンゼイ、コルソン、ラヘイの本がアメリカの世論をキリスト教シオニズムに傾けたと言っても過言ではないが、こうした著作はすべて「ディスペンセーショナリズム」という非常に特殊なキリスト教終末論を下地にしているといってよいだろう。

過激な終末論「ディスペンセーショナリズム」と福音派

「ディスペンセーショナリズム」とは、19世紀末にイギリスで発案されたユダヤ人と世界の終わりについての神学的な考えである。歴史的にキリスト教会では長い間、イエス、あるいは教会こそが、旧約聖書で約束された真の神の民であり、したがってイエスを拒否し、死刑としたユダヤ人は神に遺棄された、滅ぶべき民とみなされてきた。それが世界各地での反セム主義の原因のひとつだったともいえるだろう。それに対して、「ディスペンセーショナリズム」よると、神は時代ごとに異なった契約を人間と結んでおり、イエス・キリストが到来して世界のすべての国民と契約を結んだあとも、ユダヤ人との契約はまだ継続しているという。ちなみにその契約とは、創世記12章に神がアブラハムに語った次の言葉が根拠となっている。

わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。
創世記12章1-3節

「ディスペンセーショナリズム」によると、この約束はユダヤ人たちがローマ人によってイスラエルの地から追放されたあとも破棄されておらず、むしろ、いつの日にか約束の地にユダヤ人の国が神によって再建されるというのだ。またさらに重要なのは、この聖書の箇所にあるように、「ユダヤ民族を祝福するものを神は祝福する」という約束をディスペンセーショナリストたちは字義通り受け取っており、そのためユダヤ人の国家建設を支援するようになったともいえる。

天使によって約束の地を示されるアブラハム。Cornelis de Visscher作、Photo by Heritage Art/Heritage Images via Getty Images

20世紀初頭になるとこの考えは、聖書をそのまま神の言葉と認める「キリスト教原理主義」のなかに広く浸透していき、当初は進化論否定とともに、原理主義者たちを嘲笑う要因のひとつとなっていた。しかし実際に1948年にイスラエルが建国されると、預言が成就したと活気づき、中東をとりまくきな臭い状況は世界の終わりの始まりと解釈されるようになる。

さらには原理主義的な指導者たちがラジオやテレビなどの新しいメディアによってその存在感を増すにつれ、この考えはアメリカ南部や南西部といったいわゆる「バイブル・ベルト」を中心に影響力を強めていった。原理主義がいつのまにか福音派と呼ばれるようになる80年代後半から90年代にかけては、この集団は米国人口の25%以上を占めるようになり、福音派の大部分がこの考えを信奉するようになったこともあり、ユダヤ人を支援することで神の祝福を得ようと、イスラエル国家への支持が強まっていくようになる。ちなみに、ピュー研究所の2022年の調査によると、福音派の63%が今まさに人類は終わりの時を生きていると信じているという!

キリスト教原理主義者で政治運動「モラル・マジョリティ」の指導者ジェリー・ファルウェル。熱心なディスペンセーショナリズムの信奉者であり、晩年にはCUFIの会員でもあった。GettyImages

イスラエル国家を支援するワシントンのロビー団体として有名なものに「アメリカ・イスラエル公共問題委員会」(American Israel Public Affairs Committee、以下AIPAC)があるが、この団体は1953年に設立されたのち、多くのユダヤ人の資金提供もあり、長い間、民主・共和両党のアメリカの議員への影響力をもち、イスラエル政策への発言権を強めてきた。彼らのウェブサイトによると現時点で300万の会員がおり、福音派も参加しているが、どちらかと言えば、より世俗的なシオニズムがこの団体の思想的な背景にあり、終末論的な思考は顕著ではない。

それに対して、ユダヤ人ラビのイェキエル・エクシュタインによって1983年に始められたが、福音派のなかに支持者の多い「キリスト教徒とユダヤ人の国際親善協会」(International Fellowship of Christians and Jews)という支援団体がある。この団体は世界中、とりわけ米国の「ディスペンセーショナリズム」を信奉する福音派教会から支援を集めており、2021年は2億ドル以上の支援があり、1983年から合計15億ドル以上の寄付を集めてきたという。こうして集められた寄付は、イスラエルで困窮する人々やヨルダン川西岸地区の入植者たちへの支援となっている。

これら二つの団体よりもさらに大きな影響力を誇るのが、冒頭のジョン・ハギーによって2006年に始められた「イスラエルのためのキリスト教徒連合」(CUFI)だ。米国の福音派教会を中心に2018年には500万人だった会員もわずか2年後の2020年には1000万人を超えたといわれている。無党派の団体と謳ってはいるが、当然のことながら共和党寄りであり、7月の会議では共和党の大統領候補デサンティスが講演しており、代表のハギー牧師もハマス襲撃後の教会の説教のなかで明確にバイデン政権を批判した。ハギーの過激な終末論に導かれ、この団体は国際法的にまだ問題のあるヨルダン川西岸地区や東エルサレムを神に約束された正当なユダヤ人の土地だとみなし、積極的にユダヤ人入植の支援や福音派教会の牧師やリーダーたちのためのイスラエル旅行のプログラムを実施してきた。さらに2018年には、5000人もの会員をワシントンに送り、国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への政府支援を止めるよう議員たちに請願し、結果としてその年の8月には支援が止められることになる。こうした福音派の行動の延長線上にトランプ政権下での過激なイスラエル政策があったと理解されるべきだろう。

2023年7月17日、バージニア州アーリントンで開催されたCUFI会議での共和党大統領候補ロン・デサンティス。GettyImages

トランプ大統領のイスラエル大使館移動と世界の終わり

大統領に就任したその年の暮れ、つまり2017年12月6日にトランプ大統領は、イスラエルにおけるアメリカの大使館をテルアビブからエルサレムへ移動すること明記した大統領布告に署名した。ネタニヤフ首相はこれを歓迎したが、それ以上にこの動きは、福音派とくにCUFIに熱狂的に歓迎された。すぐさまこの動きは国連で問題となり、翌7日に国連安全保障理事会が緊急会合を開き、15カ国中、日本を含む14カ国が非難したが、米国の拒否権発動によってこの動議は覆される。翌年、2018年5月14日、米国はイスラエルの建国70周年にあわせて大使館を移動した。その祝賀会の場には、CUFIのハギーや南部バプティスト連盟の有力牧師でトランプの福音派諮問委員もつとめたロバート・ジェフレスら多くの福音派のリーダーの姿も見られた。当然のことながら、それに対する抗議運動がパレスチナでは起きるものの、イスラエルの治安部隊との衝突により8人のパレスチナ人が亡くなり、2771人が負傷した。

2017年12月6日、ホワイトハウスの外交応接室で、文書に署名した後、米政府がエルサレムをイスラエルの首都として正式に承認するという宣言文を掲げるトランプ大統領。GettyImages

さらには2019年11月、福音派を自負するマイク・ポンペオ国務長官が領地問題としては国際法上未解決のヨルダン川西岸地区、イスラエルからすると「ユダヤ・サマリア地区」をイスラエルの主権が及ぶ地域と宣言。2020年1月にはトランプ大統領が、米国はこれらの領土へのイスラエルの法律の適用を認め、さらには「彼らの精神的、宗教的、政治的イメージが形成され、民族的な独立を確立し、特殊かつ普遍的な文化的アイデンティティが形成され、そこから全世界に書物のなかの書物(聖書)与えられた」場所へのユダヤ民族の帰還も支持すると発表した。つまりは、国連のこれまでの議論に反して、この地区におけるイスラエル人の入植を否定しないということである。こうしたトランプ政権の方針は福音派に熱狂的に受け入れられたし、トランプも「福音派のため」にこれらの政策をとったと言うほどである。それだけトランプにとり福音派は忠実な支持層であり、ハギーら福音派のリーダーたちもCUFIの活動などを通して、それを米国の政治家たちに認識させることに成功してきたということだろう。福音派にとりトランプは「このような時のために」(福音派の大好きな聖書の箇所のひとつ『エステル書』4章14節)選ばれた英雄だったのである。

2020年11月18日、ヨルダン川西岸のラマッラーで、イスラエルを訪れたマイク・ポンペオ国務長官が、占領地ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地を訪問する計画に抗議するパレスチナ人たち。プラカードには「ポンペオは戦争犯罪人の片棒を担ぐ」と記されている。GettyImages

バイデン政権になってからはこうした過激な手法は沈静化し、むしろイスラエルの宗教シオニスト党の党首ベツァルエル・スモトリッチらによる強引な入植政策には批判的ではあったが、10月7日の襲撃以降、親イスラエルのバイデンは少なくとも公的にはネタニヤフ戦時内閣の方針には異を唱えていない。

おわりにかえて—世界が終わる前に—

イスラエルを熱心に支援する福音派のキリスト教シオニズムの背後には、過激な終末思想があることがよくわかった。理性や常識を超えたそうした狂信的ともいえる思想に、世界で最も強大な軍需産業と強力な軍備を誇る米国政府のイスラエル政策が後押しされ、さらには中東における和平を困難にしている。こうした状況は、ガザやヨルダン川西岸地区での悽惨たる状況を日々見せつけられている私たちには耐え難い。

もちろん、福音派のなかにも「ディスペンセーショナリズム」のような過激な終末論を根拠にイスラエルを支持するハギーやジェフレスを批判する論者がいないわけではない。バイデンを支持するオハイオのメガチャーチの元牧師であるジョエル・ハンターなど福音派左派と呼ばれるそうした人たちは、パレスチナに対する人道的措置や二国家解決を推し進めてきた。しかしながらその勢力は福音派のなかでもごくわずかであり、寄付においても支援においてもハギーらには太刀打ちできない。

わずかながらの希望としては、こうした過激な終末論を掲げる福音派の割合が全米において減りつつあり、また福音派のなかでも若年層のあいだではイスラエル批判も辞さない人々が出てきていることであろうか?こうした勢力が今後さらに成長していくことを願うばかりである。過激な終末論の信奉者たちにこの世界が葬り去られる前に。

トピ画:「黙示録のアレゴリー」ウィーン美術史美術館のコレクション。

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