アメリカで“クールなお味噌”を展開するOmiso社に学ぶ海外市場での「食の再定義」の大切さ

2023年9月18日
全体に公開

アメリカのロサンゼルスに、日本の伝統的な「発酵」の賜物のうちの一つである、「お味噌」を売りにするブランドがあります。その名も「Omiso」。昨今の欧米世界を通じたフードテック・ブームで、「Umami」や「Shiru」「Kenko」といった"ニホンゴ"がそのまま欧米フードテックスタートアップのブランド名に引用されるくらい、良く使われていますが、彼らは名実ともにお味噌を取り扱う「Omiso」というブランド。

同社のサイト

彼らの取り組みが興味深いのは、決して日本のお味噌をそのまま現地の日本食スーパーに日本から輸出をするスタイルではなく、現地の食文化やその町のカルチャーに合わせたブランディング、マーケティングを駆使して市民権を得られている点であると思います。

以下、2018年のロサンジェルスタイムスで特集を組まれた記事です:

コロナ禍もはさんで6年は経過していることを考えると、小手先のアイディアで米国市場を目指してはとん挫を繰り返す日本の「革命的な食スタートアップ」と比べて実に米国市場での市場を獲得できているのではないでしょうか? 弊社/筆者が知る限り、米国でCPG分野(一般消費者向けの、B2CもしくはB2B2Cの食品系スタートアップ。いわゆる合成生物学や細胞培養、高度な科学的技術の開発を要するものではないタイプの商品)で一定の市場圏を安定的に確保して成功を収めている日本発のフードスタートアップ(Ex. 完全栄養食系、等)は、皆無です。

なぜなら、以下の通り、食の再定義がうまくできていないからであると考えます。つまり、欧米で流行りの概念を、ちょっと日本的なテーストを加えて、向うに「再輸出」をしたところで、財布の紐を緩めるほどのインパクトも価値も伝わらないからであると捉えています。

食の形を現地市場に再定義

私達が無意識に親しんでいる、そして勝手に固定観念的に定義づけをしている食の定義を、他の食文化の市場、消費者の価値観や訴求する考え方といった要素を十分調べ上げて、それを自社の商品に照らし合わせて何が一番消費者・市場が受け入れるのか、そうしたリブランディングこそ、日本から欧米市場で大小問わず、確固たる市場を確保するとても重要で、一番難しい部分だと思います。これは、欧米のフードブランド(スタートアップに限らず)が日本市場を狙う際も全く一緒ですね。

これは、決してVC等から投資を受けて急速な成長カーブを描くことを強いられる「スタートアップ・事業モデル」に束縛をして考えるものではなく、米国(米国に限らず、海外)の本流の市場圏でいかに一部のファンを獲得できるか、ということに尽きると思います。この部分の議論が、「日本のフード(テック)スタートアップが米国市場で成功するための…」の議論に抜け落ちている部分です。

現地の市場を見る、知る、体験する大切さ

では、何が最適解の一つなのか?決して絶対的な解が見つけることは難しいのですが、やはり「現地の市場を体験する、見る、感じる」そして「話す」に尽きると思います。筆者もWildcard Incubatorという日欧米(+ASEAN)の事業共創支援のプラクティスをメンバーと展開しつつも、別途食の事業を今「ステルスモード」で準備中ですが、昨年現地で「現地の市場を体験/見た/感じた/話してみた」結果、「あ、ちとこれは違うかな…」という気付きを得られた次第です。おかげさまでホワイトボードでロジカルシンキング等で導かれる勝手な仮説で突っ走ることなく、今発想をピボットさせて再考準備中です。

これは、まさにYCombinator創始者のPhil Grahamの名言「Talk to your customers!」と全く通じることです。

現地市場にうまく溶け込めているOmiso

Omisoは、とてもユニークなアプローチで現地ではファン層を取り込めているみたいです。

これは勝手な筆者の想像にすぎませんが、今発酵「Fermentation」というと、精密発酵やバイオリアクター等による大型発酵、微生物発酵といった未来志向の(人工的な?)発酵による様々な商材が開発され、それらを手掛けるスタートアップに多額の投資が集まっています。一方で、「伝統発酵」「自然発酵」が相対的に置き去りにされている印象を受けていますが、でも、現地のオーガニック嗜好、健康志向(+地球保全・サステイナビリティ等に敏感な市場)にはこの自然発酵、伝統発酵に対する高い関心が根強いように思えています。

ご参考までに、以下のチャートは、直近10年間における世界の主な発酵テーマのスタートアップ投資の投資額並びに件数の推移です。小さくて見えにくいかもしれませんが、こうしたVC投資の世界で語られる括りでは「伝統・自然発酵」はほとんど割合が小さいものです。

米GFI「State of the Fermentation 2022」より引用し、一部筆者が加筆修正

そんな中、Omisoは、ロサンジェルスをはじめとする都市圏の「健康、オーガニック嗜好、なるべく自然由来に近い製造方法での食品を好む」市場層にうまく味噌由来の各種商材の開発に成功しているようです。

下は、アメリカ版「インスタント味噌汁」といって正しいのでしょうか?ただ、中身は極めて健康でいわゆる「乾燥カップ味噌汁」「お湯で溶かす」といったインスタント系とは一線を画すものっぽい。

同社ウェブサイトより転用

以下の、これまた日本の伝統的な柑橘類である「柚子」と融合させたお味噌ソースらしい(「らしい」という表現は、生憎筆者がまだ直接試す機会を逃しているため)。米国のレシピのチキンソテーなんかに添えて載せてみるとうまく味が引き立てられて融合しそうな感じです。

サンディエゴ・タウン情報サイトより引用:https://www.sandiegotown.com/bloguru/439186/omiso/ Erwhon Marketsにも売られていそうな雰囲気。

以下は、本コラムのカバー写真にも使用する、「お味噌由来のチョコチップクッキー」だ。

同社Instagramより転用: https://www.instagram.com/p/CxN13TKrWeJ/ (本コラム執筆の3日前にアップされたばかりの写真だ)

米Technavio社によれば、世界のクッキー及びクラッカー等の市場は2022年から2027年にかけて年率で5.81%の成長を見込んでいます。

以下のレポートにも指摘されていますが、米国では(今更議論するまでもありませんが、我々がずっと親しんできてしまった動物性の脂っこい食生活主流も相まって)慢性疾患の増加に伴い、世界的に消費者はコロナ禍も痛いほど経験した今、もう一段と真剣に自らの未病対策、自己免疫力、健康志向は強めている模様です。

その結果、Whole FoodsやErewhonに限らず、より大衆スーパーの客層までも今までと比べてより健康的な食品を選ぶようになってきている傾向を感じます。

これらのトレンドに呼応すべく、既存大手食品メーカーからスタートアップまで、消費者を飽きさせない風味やフレーバー、より「安全な」原材料、「サステイナブルな」パッケージングの選択、工夫等に取り組んでいます。こうした健康的な食事に対する姿勢により、今までのものと比べたより「低カロリー」クッキーの需要が拡大するとTechnavio社は予測しています。

具体的には、既に欧米ブランドではオーツ麦やその他の消化繊維の高い素材を各製品に配合する努力を重ねています。一方で、セリアック病財団(The Celiac Disease Foundation)によると、米国では人口の約3分の1がセリアック病の原因となる遺伝子変異を持つとされています。セリアック病の患者は、グルテンフリーに従わなければならないそうで、こうした要因も米国では「グルテンフリー」がキーワードなっており、さらに「グルテンフリー・クッキー」の需要を押し上げていく、そして市場の成長を促進すると予想されています。こうした市場の現状に、Omisoの開発するクッキーがどう浸透するか、非常に興味深いです。

さらに「クッキー市場」に着目すると、スイス・チューリッヒ本社の、主にカカオ豆やチョコレート製品を扱う世界的なブランド「バリーカレボー」の調査によれば、コロナ禍以降、以下のトレンドが発表されています:

分自身あるいは家庭でクッキー等を食する機会:56% 

自宅でクッキー等を自分で作る機会が増えた:50%

”自分へのご褒美・楽しみを大切にしたい”:45%

とかく食と健康に意識を研ぎ澄ませ「過ぎてしまう」と、こうした嗜好品であるクッキーやスナックから目が眩んでしまいがちですが、こうした嗜好品市場は、恐らく私達にとって絶対なくならないはずでしょうから、こうした大きな市場に少しでも「健康というプラスの要素」を効果的に融合させることで、チャンスがありそうな気がします。

お味噌を新たな嗜好品として再定義するMe-So-Good

その他、日本の伝統的なお味噌を食材の形を再定義し、従来のお味噌の食から新たな創造を目指すMe-So-Goodブランド。ブランド名からしてクールだ(「私って、最高でしょ?!」≒Me "So Good"!)。

同社ウェブサイト

本当の躍進はまだまだこれからな気がしますが、日本発で今こんな「Miso」ブランドが生まれています。創業者の方とは光栄にもご面識を頂けていますので、ご本人の承諾さえ頂けそうであれば、彼女の見据える「世界のMiso」像について、お聞きしたいと考えています。

このように、日本の伝統発酵の宝庫の一つ、「お味噌」だけを取り上げても、いろいろと可能性がありそうです。決して急成長する市場を席捲することばかりではなく、確固たるニッチな市場で絶対的なファン層を獲得する「Big fish in a small pond」戦略を、もっと意識したいものです。

(カバー写真: 同社ウェブサイトオンラインショップにて転用 )

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