アメリカ人がアメリカで自前で醸造する「Sake」の勃興
私達が海外旅行をした時と同じように、海外の旅行客が日本に旅行をした際に、日本の様々な文化的な風情や、ひょんなところ(例:富士そば、渋谷のスクランブル交差点、電車のダイヤが1分遅れるだけでお詫びの電光掲示板が社内に発信されるホスピタリティ精神、等等…)に感動と感銘を受けて自国に戻って行かれるケースは多いことは良く知られています。そんな要素のうち、「食文化」も一つとして知られています。
一時日本でも「逆輸入」されてブームが起きたBlue Bottle Coffeeも、元々は創業者が日本の昭和な喫茶店の風景に感銘とヒントを受けてアメリカに持ち帰ってあのBlue Bottle Coffeeのサービスモデルを思いついたことは、本人のインタビューからも幾度と語られています。
ここ数年、アメリカでブームとなっている「日本の食の現地化」の中でも良く取り上げられることが多くなっているのが、「日本酒」であることも、食分野に詳しい皆さまであればご存じかと思いますが、アメリカのサンフランシスコやロサンジェルス、ニューヨーク市といった都市圏等での日系コミュニティの多い地域で日本酒がそのまま輸出されて現地のレストラン等で販売される話はありますが、日本酒がアメリカ人の手によって現地で日本酒が発酵醸造されて販売されるケースは、まだ珍しいのではないでしょうか?
米国南部テネシー州生まれのProper Sake
こんな、「アメリカ人がアメリカ本国で自前で発酵醸造して日本酒を売る」事例として知ったうちの一つが、Proper Sakeという、米国南部テネシー州という、シリコンバレーやニューヨークとは全く異質な、古き良きアメリカ的な(そしてやや保守的な)街で生まれた米国人創業の日本酒ブランドです。
Proper Sakeの創業者であるByron Stithem氏は、地元テネシー州で育った人物ですが、縁があって日本のお酒文化に惚れ込み、コロナ禍前には日本に何度か訪れて日本全国津々浦々の日本酒の酒蔵に足を運んで「プチ弟子入り」まで果たしたほどの人物。そんな彼が、2016年に創業したのが、このProper Sake。当初は日本酒の醸造で使用される麹を活かした「麹ビール」なる、Koji Goldを2017年に発売した際には、地元をはじめ、全米のアルコール飲料業界でも話題となっています。日本に来日した際に、日本で飲んだラガービールに感動し、大のお気に入りとなったことも直接のきっかけとなったそう。
「麹ミート」ならぬ、「麹ビール」↓
その後は自社でMade in the U.S.なる日本酒を次々を発売し始め、今や生酛造りややまはい仕込みによる醸造法による独自ブランドを発売するまで成長。
そんな彼らが新たに今手掛け始めているのは、Rice Viceという、日本酒提供の「クールなバー」。
このRice Viceのコンセプトが地元はおろか、全米規模で注目を集めている主なポイントは、「良くありがちな、東京で見かけるような酒場を真似た佇まいではなく、独特な<西洋×地元ナッシュビルの地元民のライフスタイル×東洋のお酒文化>を絶妙に融合した世界観」だそうです。このあたりの「絶妙な現地の地元民の心をつかむバランス感覚」は、やはり日本の食文化(≒日本酒と発酵・醸造)を独学で習得したアメリカ人が担ったからこそ、実現できる業なのかもしれません。これも、日本の食の智慧を海外市場に適用させる「食の再定義」の一つと言えそうですが、この最適なバランスは、日本人だけで成し遂げられることは案外難しく、一方で地元アメリカ人単独でも再現しきれない「最適解」が恐らくあるのかもしれませんね。実はこれって、大手企業と有力スタートアップが国境を跨いで事業共創を事業化に結び付ける際も同じようなロジックが働く気が致します。
地元ナッシュビル市に続き、今度は同じ南部州のルイジアナ州のニューオーリンズにも2号店を出店したそう。因みに、彼らのRice Viceは、今年の米Esquire誌の「2023年版・全米でベストのバー(The Best Bars in America 2023)」にも見事に選ばれています。
テネシー州やルイジアナ州という土地柄×日本酒の興味深い点
テネシー州も、ルイジアナ州も、アメリカ南部に位置する州であり、どちらかと言えば、相対的に白人層が多く、アジア系の人口は非常に少ない、ある意味「こてこての古典的なアメリカ」な地域として知られているのではないでしょうか?テネシー州はカントリーミュージックのメッカである他、ブルース、ロックンロール、ロカビリーなどアメリカのポピュラー音楽の源流があるとされるくらいの場所として知られ、「Music City」と称されるところ。ニューオーリンズのあるルイジアナ州も古典的なジャズが発祥した場所としても知られています。
また、国勢調査によれば、テネシー州のアジア系の比率は白人の77.6%と比べて、わずか1.4%とされています。テネシー州には自動車業界の日本の大手企業が製造工場を構える場所としては知られていますが、決して、日本食レストランや日系スーパーマーケットが沢山ある、そして日本からの駐在員家族も多く住むシリコンバレーやニューヨークとは全く違います。ピュアなアメリカなる地域。そんな市場で日本酒のコンセプトが成功しているポイントは、以下が挙げられそうです:
1.アメリカ南部の伝統料理と意外とマッチ
この点はアメリカ在住の知人関係者(カリフォルニア、サンフランシスコ/シリコンバレー、ロサンジェルス在住)に聞いてみたところ、返ってきた答えです。南部料理といえば、ルイジアナ州ですとケイジャン料理がありますが、伝統的フランス料理の影響を受け、米をよく使用しているそうです。またどちらもクレイフィッシュと呼ばれるザリガニ、カニ、牡蠣、エビ、魚など海岸に自然生息するものを素材としていて、もしかするとこれらの食文化と日本酒との相性が、実はいいのかもしれません。
2.全米で上位のお米の産地
ルイジアナ州は、(同じく南部)アーカンソー州、カリフォルニア州に次ぐ、全米第三位のお米の生産地です。テネシー州もルイジアナ州に隣接する州という点も踏まえれば、「ニホンシュ」造りに欠かせない「お米」の産地に近いというのも、もしかすると彼らのような「米国産日本酒ブランド」が生まれやすい土壌があるのかもしれません。
3.日本の食文化が未知なる世界だった場所
カリフォルニアやニューヨークのような都市圏や日本からの駐在員等が多そうな地域に比べると、元々日本の食文化がそれほど知られていない地域である可能性はあります。逆に、だからこそ、こうした地域のアメリカ人が日本酒に巡り合う機会を通じて魅了されて、「新しい発見」としてその魅力が発見され始めているのかもしれません。
その他、日本酒造りに欠かせない要素の一つに、「良質なお水」と言われています。全米のランキングでハワイに次ぐ2位に位置付けているのが、首都ワシントンですが、この首都ワシントンには、フード事業の全米老舗大手アクセラが構える場所でもあります(弊社と連携関係)。彼らが手掛ける支援先の食品スタートアップの中でも、実は「日本酒」に照準を合わせる会社もいくつかあるそうです。確認しているわけではないものの、この良質な水資源が取れやすい場所ということで、もしかするとこの地に独自の蔵を建造しようという試みがあるのかもしれませんが、実際に聞いてみたいところではあります。
日本の伝統酒蔵ブランドも米国で「現地化」×共創に着手
Proper Sakeの他にも全米には24の醸造メーカーがあるそうですが、こちらの、テネシー州やルイジアナ州とは違い、大都会ニューヨーク隣接のブルックリンにあるBrooklyn Kuraがあります。全米の日本酒の「マニア」においても、彼らの日本酒は「これ、本当にニューヨークで作ったの?」と言わしめるくらい、コクや風味が日本酒本来のものに極めて近い品質を生み出しているらしい。
このBrooklyn Kuraは、2018年に西海岸から東海岸NYに移住した米国人創業者2名がNY発の「日本酒」専門の初の地元醸造会社として生まれた「アメリカ人によるアメリカで発酵醸造する」日本酒ブランド。発端は、友人の結婚式のために日本を訪れた際に、日本酒に触れる機会があり、その世界に魅了されたことがきっかけであったそうです。
日本酒造りに欠かせない要素として、日本全国の酒蔵のある地域特有の麹菌、お米、そして、そこで採れる天然水の質であると言われます。特に「お水」の部分を、彼らがどのように工夫をしているのかは、もう少し教えてほしいところですが、そこは秘密の鍵なのかもしれません。。
さらに、日本の八海醸造株式会社(本社:新潟県南魚沼市)と2021年にNY地元に製造工場の新設に係る業務提携をしているそうで、今年の10月には、当該工場の完成と共に公表を果たしています。
興味深いのは、従来のような、日本の大手酒造メーカーが米国の日本食スーパーやレストラン、一部の日本酒愛好家向けの市場へ現地で流通販売するのとは違い、現地のいわばメインストリームのお酒文化の市場を創り上げて行くスタイルを踏襲しようとする点に思えます。
日本の本社の意向で現地戦略を進めるのではなく、Brooklyn Kuraという、アメリカの感性を受け入れていきつつも、代々伝承されてきた日本酒ならではの魅力を事業共創的な手法で現地化を果たそうとしている点にあるかと思います。
発酵という言葉は、今は「Fermentation」という英語を通じて代替肉や代替油脂で注目される「精密発酵(Precision Fermentation)」や、脱炭素領域でのガス発酵、メタン発酵といった文脈で使われることがすっかり定着していますが、こんな「醸造」の伝統発酵も、まだまだ世界で魅力を発揮できる道筋はありそうな気がします。
日本が世界的に先を行くとされるいろいろな食品科学の分野を活かして世界を目指すフードテック事業がベンチャー投資や助成金等でいまや活発に育成される機運が日本国内でも高まり始めた2023年でしたが、アメリカ人によるアメリカで製造醸造される日本酒ブランドに日本の酒蔵メーカーが組んで現地ならではの新しい世界観が生まれていくのも、これから「海外で日本の食の智慧が活かされるフードテック」潮流の一つの方式なのかもしれません。
※「世界のフードテック潮流 × 日本伝統の智慧の可能性」の過去コラムも是非ご一読ください。 ↓↓
(★シリコンバレーからのフードテック・脱炭素・ウェルネス領域に関するテーマ・リクエストもご一報をお待ち致します。)
(※カバー写真提供元:Proper Sake社、Alex Crawford、引用元記事:https://www.axios.com/local/nashville/2023/11/03/nashville-sake-bar-rice-vice-new-orleans)
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