培養肉開発スタートアップの米Upside Foodsへの新たな「疑義」と「警笛」が私達に示唆するもの

2023年9月25日
全体に公開

米Wiredのコラム(2023年9月15日付)が“密かな”話題に

2023年9月15日付の米Wiredの記事が今、密かに(?)話題となっていますね。既に培養肉の有識者の中では既知かと思われますが、意外にも日本の身近な方々と話していると、まだ知られていないようです。サンフランシスコ/シリコンバレーでは、既に多くには目に留まっていて、いつもの如く、ソーシャルメディア上で小さな「論争」も早速起き始めています。

昨年末に米FDAで安全性で「疑義なし」との「お墨付き」を取得し、今年の6月21日には、米USDAの培養肉(鶏肉)の販売前審査も完了、米国での「商用生産」ならびに販売が正式に認められたと発表された「第一号培養肉企業」のUpside Foodsにがウリとするその独自の製法とその量産技術力について、投資家向けや対外的な公表内容に対する現時点の社内の開発進捗の実態との「乖離」が大きい可能性について危惧する記事を公表しているからです。

Insiders Reveal Major Problems at Lab-Grown-Meat Startup Upside Foods

今年の7月1日にはサンフランシスコにある三ツ星シェフレストランのBar Crennにて販売が開始されたこともちょうど全米に限らず、世界中の培養肉関係者の間でも大きなニュースとされており、メディアでも大きく報道されています。

さらにこの勢いに乗じて今月(9月)14日には、同社として第一号となる量産規模での培養肉生産工場をシカゴ市内近郊に建設をする旨、以下の通り発表したばかりです。

つまり、今「培養肉開発」において正に「勢いに乗りまくる」企業。

一方で、こうした「勢い一辺倒にある」ときこそ、「Devil’s Advocate(≒議論や主張、提案の信ぴょう性、妥当性を試すために意図的にわざと投げかける反対意見・指摘)」を演ずることがとても重要になります。後述しますが、ベンチャー投資におけるデューデリジェンスそのものであり、「本当にそうなの?根拠は?科学的実証性は?経済的な実現性は?」・・・等、重箱の隅を楊枝でほじくるくらい検証を行うことが大切です。そんな折に、今回のWiredの論評が報じられた格好となります。

あのTheranos社の二の舞い?!

個人的にはこれ(↑)はかなり「ブラック・ユーモア」にしか思えない(≒そう捉えたい)ものの、当該記事が一部の有識者や関係者の中で話題となっている背景としては、「一滴の血液でガンの有無を発見できる」方法を独自技術で開発し、実装し始めたとの「虚偽の」情報で2015年にWall Street Journalに指摘され、それまで巨額の投資を集めた同社がこの記事をきっかけに一気に奈落に転げ落ちて倒産した、あのTheranosの事件が未だに記憶に新しい、という背景があります。それだけ、現時点の培養肉の社会実装への見通しは険しい試算が伴うからでしょう。

培養肉の開発で最も費用が嵩む部分の一つと言われる培地のコスト低減を実現するためのあらゆる技術開発が、基礎レベルから創意工夫を凝らした製法モデルの開発まで、産学連携を含めて洋の東西を問わず、増え始めています。

無論、Theranosのときは、Wall Street Journalの記者は数年にわたる内部調査や客観的なヒアリングの実施(時には当該記者、内部告発者への脅しや尾行もあったのだそう)等、ジャーナリストとしてのプロセスを十分に経てから執筆された記事でしたので、その信ぴょう性は高い点が、その後多くのメインストリームのメディアによって取り上げられた経緯がある思います。

一方で今回のWiredの記事がそこまで掘り下げて多面的に分析と第三者ヒアリングを実施できているかは(まだ記事化されてから日が浅いのでその判断がつきにくい)定かではないため、一部の「培養肉=悪」との信条を抱く層による「感情論」に引っ張られたものである可能性も否定できません。ただ、記事によれば、匿名で当該企業の開発に近しい現社員や既に退社をしている面々からのヒアリング、いくつかの関連論文等を検証した結果、一種の「警笛を鳴らす」ことを目的に執筆に踏み切ったものと捉えられますので、ある程度真剣な眼差しで目を通してみる価値はありそうです。

「コストVS. スケール」という培養肉の最大の課題解決にはまだまだこれからが正念場

本記事の共著者であるWired社のMatt Reynolds氏とJoe Fassier氏による主な指摘事項(ならびに筆者の理解)は次の通り:

1.  同社の主力製品である、鶏肉は、同社のウリとされるバイオリアクターではいわゆる「チキンフィレ特有の丸ごとのお肉を形成するために必要とされるシート状の組織を正確に再現すべく醸造」ることは難しく、実際は開発スタッフの手作業で、小さなボトル内で醸造プロセスをされている。具体的には、開発関係者が「ローラーボトルと呼ばれる、小さなプラスチック製のフラスコの中で薄いシート状の組織を培養し、それらを地道に組み合わせていきながら、より大きな鶏肉の塊を再現する、という「地味で労働集約的なプロセス」が、実際に披露されている「鶏肉」の製造過程実態

2. 現状、主要培養肉企業の多くは、「ホールカット状(ステーキ等)」の形状の培養肉を量産することは費用的にも技術的にも未だに困難なレベルにあり、チキンナゲットやハンバーガーといった形成タイプの食肉の生産に適した、相対的にまだ安価で確立されたバイオリアクター技術を応用して細胞を培養する「保守的」な開発目標を掲げている。一方、Upside Foods社によれば、既に鶏のホールカット状の培養肉の量産準備が「整いつつある」とのアピールで注目を集めているが(この「整いつつある」という表現は実に曖昧ですが…)、期待や理想と現実とのギャップについてもう少し注視し続ける必要がありそう

出所: 米Upside Foods社より提供されたものを、Green Queen記事より引用。 https://www.greenqueen.com.hk/upsides-foods-cultivated-meat-facility/

当該記事の取材に応じた同社のスタッフの見解によれば、ローラーボトル1本あたり2グラムから3グラムの使用可能な組織を生産を見積もる。それに対して、平均的な鶏の胸肉は約170グラム。さらに業界専門家によれば、「2リットルのローラーボトル1本から採れる「肉」は「数グラム」程度であろう、との見方で一致した模様。これが現実的な現状であるとすれば、同社の鶏肉の製造キャパはかなりヨチヨチ歩き状態にあると考えた方がよさそうです。

「動物の細胞を培養する」方法について

当該記事の調査によれば、動物細胞を培養食肉製品にする方法は、主に次の二つの方法がある点を取り上げています(恐らくこの他の方法も模索されていると思われますが、ここでは割愛):

① 最も簡単で安価なのは、細胞を懸濁液中で培養する方法である。これは、バイオリアクター内で浮遊している細胞を液体飼料と混合し、細胞が分裂して成熟するまで待つ、というもの。この浮遊細胞を「食肉スラリー」として採取し、ホットドッグやチキンナゲットのようなひき肉製品に加工することが可能。タフツ大学細胞農業センターのDavid Kaplan教授によれば、「植物由来の原料を加え、その混合物を加工することで、ホールカット肉の食感を模倣することができる」とのこと。

② もうひとつの選択肢は、細胞が成長する過程で、細胞同士を結びつけて組織のシートを形成させる方法を見つける手法。このシートを重ねてプレスすることで、結果としてチキンナゲットというより、「鶏の胸肉」に近い食感、形状になる。これをある程度の規模で手掛けるための大型タンク工場こそ、日本円換算で150億円以上もの資金で建設予定のバイオリアクターであること。

今回、Wiredが指摘をするのは、同社がこの②の手法に基づき昨年末の米FDAからの「No Question」を取得できたものの、実際にこの手法での量産はまだまだ道半ばの初歩段階に過ぎない、という見方が少なくない、という点のようです。つまり、大型タンクを多額の資金で来年あたりに本格建設したところで、実際にどこまでの歩留まり、どこまで本格的な稼働が見込めるのか、実際私達に伝えられるレベル感と比較して「相当のギャップ」があるのではないか、という疑義を提示している、という点です。

There are, roughly speaking, two ways of turning animal cells into a cultivated meat product. The easiest and cheapest is to grow cells in suspension, which means mixing free-floating cells in a bioreactor with liquid feed and waiting until those cells have divided and matured. These suspension cells can then be harvested as a meat slurry and processed into ground-meat products like hot dogs and chicken nuggets. Adding plant-based ingredients and processing the resulting mixture can help mimic the texture of whole-cut meats, but to really nail that mouthfeel, companies will probably need to go beyond suspension cells, says David Kaplan, executive director of the Tufts University Center for Cellular Agriculture in Boston.
The other option is to find a way to make cells knit together and form sheets of tissue as they grow. Stacking and pressing these sheets together can result in a texture that is closer to a chicken breast than a chicken nugget.

デューデリジェンス、デューデリジェンス、デューデリジェンス。

筆者のベンチャー投資に日米で経験しており、特に英語圏(シリコンバレー)のスタートアップへの投資検討は複数の経験があります。さらに、その前は投資銀行時代には国内の上場主幹事経験も複数経験することに巡り合えましたが、ベンチャー投資にせよ、あるいは一般市場に出る上場準備企業にせよ、人的(経営者、経営陣等の質、人間性、等)、技術的(このような培養肉等の場合は科学的実証性、等)、法的な側面を徹底的に調査するデューデリジェンスは、とても重要です。

参照元: https://medium.com/teenage-mutant-venture-capital/the-4-martial-arts-of-a-startup-due-diligence-d878453b23e2

Upside Foods社が培養肉で他を引き離す風潮が出来つつある中、この6月下旬には、昨年あたりから巷で噂になっていたものの、新たなにOmeatという培養肉開発のスタートアップが、「ステルスモード(情報がほとんど表に出ない秘密状態)」から脱皮し、$40MMの資金調達と壮大な計画を語る「メディア掌握戦略」を開始したところです。

*2023年6月25日付「Genetic Engineering & Biotechnology News」記事:

Omeat社ウェブサイトより

Omeat社はつい最近の先週22日には、新たに最高戦略責任者(Chief Strategic Officer)も内部昇格で決まったばかり(*因みに、同氏はフードテック系のVC、その前はジャーナリズム業界の出身であり、理化学専門のバックグラウンドではない模様)。今から2024年にかけてOmeat 社も「メディア戦略」を積極的に展開しながら、さらに大型資金調達を進めていくでしょう。

…こんな時こそ、我々には冷静に培養肉の開発の一連の背後のシステムを十二分に精査し、建設的な議論を築きながら社会全体にとって本当に培養肉が人間、動物、そして地球の保全に(彼らが主張するように)寄与するのか否か、踊らされず、焦らず、じっくり腰を据えて前進していくことが大切であると思います。

社会実装実現に向けて、真実こそが私達が望むもの。

筆者は食品科学や合成生化学の博士課程も修士号も持たない、経済学(学士)と経営学(修士)を学んだ人間です(もう忘れていることばかりですが)。本稿についても、筆者の見解はあくまで個人的な拙い意見に域を出ないものと捉えて頂ければと思います。

一方、日頃の実務を通じて日本国内とシリコンバレー、欧州の有力スタートアップをクライアントに持つ立場の人間として、培養肉の社会実装に全力を挙げている起業家・スタートアップ創業者との交流も少なくはなく(中には数十億円規模をシリコンバレーで集めながらも残念ながら開発を諦めざるを得なくなってしまったものも)、彼らを応援している人間のうちの一人です。ただ、それは同時に私達一般消費者の安全に留まらず、こうした培養肉開発を手掛ける実務者たるスタートアップが真実を語ってくれている、という大前提に基づくことも重要なポイントです。

(*ご参考:2022年1月11日付・米TechCrunchの特集記事(有料)「Is cell-cultured meat ready for prime time?」。社会実装までの道のりはまだまだ時間がかかるということを冷静に指摘している。)

現時点では情報が限られている点、筆者がUpside Foodsとの直接の交流や人的資本的関係がない(出資関係にない、個人的な交流も現時点ではない)ため、あくまで客観的な立ち位置での言及に留めることしか出来ませんが、培養肉開発というテーマと取り組みは、まだまだ黎明期であること、プラントベースと比べて引き続き科学的な実証、開示されていない情報をしっかりと精査をしていくことが、このコンセプトが私達の社会全体に受け入れられ、社会実装されていく上で必要不可欠なことを、このタイミングでのWiredの記事は改めて示唆をしてくれていると思います。

今、有識者たち同士でアツい議論がネット上でも見られますが、両者の主張が「感情」に左右されすぎて非建設的な議論に成り下がることなく(結構な鍔迫り合いが繰り広げられている様子です 笑)、動物愛護の観点も含めてこの培養肉という新しい方法が、真に動物の生命を守ることとなり、食する私達にとっても健康上問題がないということが100%実証される日が現実化する日を見守りたいと思います。

(カバー写真:Upside Foods社プレスキットより、転用。https://lionstale.org/12438/features/make-it-meatless/ )

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