【第4回】神経細胞たちの声を聴く

2021年11月26日
全体に公開

さて、ここまで脳の活動を「操作」する技術についてお話してきたが、「操作」と対になるのが、脳の活動を「観察」する技術である。基本的には神経科学者は、何かの行動や脳の機能(記憶するとか、悲しむ喜ぶなどの感情なども含めて)がどのような神経細胞の活動で成り立っているのかを「観察」と「操作」という両側から攻めて、解き明かしている

例えば、この下の動画は記憶中枢である「海馬」という脳の領域の神経細胞たちだ。ピカピカ光ったタイミングが、それぞれの神経細胞が活動したタイミングであり、この一見無秩序に思えるピカピカの中に、どんなルールがあるのかを、世界の神経科学者たちは日々必死に解き明かそうとしているのである。

第4回の今回は、脳の活動の「観察」についてお話しようと思う。

なるべく分かりやすく、脳の働きをイメージしてもらうために東京ドームを例に説明したい。今、東京ドーム全体でひとつの「脳」、東京ドームの中にいる観客ひとりひとりが「神経細胞(ニューロン)」だと思ってほしい。観客はみんな好き勝手にいろいろな会話をしていたり、歓声をあげたりしている。これが、それぞれの神経細胞の活動(興奮ともいう)である。

東京ドームに黄色い声援が鳴り響く

それぞれの人がどんな会話をして、どんなコミュニケーションをとっているのかを知りたいとき、どのように調べるだろうか?機材をつかって一人一人の声を録音したいわけだが、まず一番大きな壁は、東京ドームの中に機材を持ち込めるかどうかである。ヒト脳を対象にした活動記録の場合、脳の中に活動記録デバイスを埋め込めないので、脳の外側まで漏れ出てくる活動信号を拾わないといけない。

それは言い換えれば、東京ドームから後楽園駅まで響く、「わーーーー!!!」という黄色い歓声である。ドームの中でジャイアンツがホームランを打ったのか、乃木坂46の誰かが会場に煽りを入れたのかはわからないが、ドームの中の人たちが一斉に同期して声を発した時、大きな音となって外まで聞こえてくる

これが脳で言うところの、「脳波」である。脳が何らかの状態に至った結果、ある決まった周波数で、神経細胞たちが同期的に活動することが知られており、その電気信号を脳の中に記録デバイスを侵襲的に埋めることなく検出することができるのである。リラックスしているときのアルファ波などは、しばしばメディアなどでも耳にすることがあるかと思う。

脳状態と脳波の関係

電気的な信号以外にも、脳の活動に連関した血流の変化を検出するfMRI(磁気共鳴機能画像法)などの方法で、ヒト脳の内部の活動を「脳領域レベル」であれば、観ることができるようになってきた。このような脳領域の活動の情報から、その被験者がどのような感情を抱いているのか、恐怖を感じているのか、怒っているのか、悲しいのかといったことを読み取ることができる時代になっている。

しかしながら、一方で、動物実験によって脳の内部の神経細胞の活動を侵襲的に記録することによって初めて、一番上の動画でお見せしたような神経細胞一つ一つの活動の様子、すなわち、ドームの中のひとりひとりの声が聞こえるようになるのである。

第5回は、どのようにして神経細胞たちの声を聴くのか、そしてその結果、どのような事が分かってきたのかについてお話ししたいと思う。

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