“AI”が開発したチーズが本物を凌駕!~元Google/SpaceXのデータサイエンティストが創業したスタートアップの正体
AIやマシーンラーニングが私達のあらゆる日常生活を快適にする傾向が注目されていますが、食の世界にもそれが活かされるケースが今、米国で脚光を浴び始めています。最近のフードテックの潮流「食とDX」の一例です。
米カリフォルニア州バークレーで創業された、プラントベースの乳製品類を開発する、Climax Foodsです。今回はこの【マシーンラーニング×プラントベースフード】の最新状況について触れたいと思います。
米Google/Space Xの元データサイエンティストが創業
Climax Foodsは、2019年に米GoogleやSpace Xでデータサイエンティストとして活躍をしたOliver Zahn氏によって、米カリフォルニア州バークレー市に創業された会社です。開示情報ベースでは、同社はコロナ禍を挟む5年間で累計で約$27million (1ドル150円換算で約40億円)もの資金を成功裏に集めています。後述するように、既に一部の米国の高級レストラン等では既に一部提供されており、米国の一般消費者には手が届いているところまで製品開発が到達しています、ということになります。
※Climax Foods社による2023年4月のプレスリリース(一部の全米高級レストランでの同社プラントベースチーズによるレシピの提供開始):
元Google、SpaceXのデータサイエンティストで、Climax Foods創業CEOのOliver Zhan氏
(*備考:当初は本人のインタビューも交えたかったのですが、生憎本人の多忙と日程調整難航につき、今回は割愛しました。)
マシーンラーニングで植物性由来のチーズに開発成功
彼らが開発した「Climax Blue」の特徴は、従来の動物性の乳製品ブランドのように乳牛やヤギのミルクから作られるのではなく、カボチャの種からライ豆、麻の実、ココナッツ脂肪、ココアバター等の植物性の原料を基に独自のアルゴリズムで最適な「ブレンド」を施し、製品が作られている点が特色の一つ。
興味深いのは、同社の会社概要を「食品メーカー」とは言わず、以下のように「データサイエンスの企業である」と表現しているところ:
Climax Foods社は、食の未来を革新する「データサイエンス企業」である。同社は植物由来の食品を生み出す技術を開発・提供。同社の技術は食のイノベーションのプロセスを加速させ、さらに味、食感、栄養化、開発コストをそれぞれ最適化されることを実現し、その結果、食品メーカー等が代替乳製品の迅速な開発の実現を可能とする。
Climax Foodsの技術は、イオンクロマトグラフィー(*)を使って、細菌株が乳糖を分解した後のさまざまな酸の正確なバランスを計算し、どの揮発性化合物が食品に対する嗅覚反応を引き起こすかを明らかに出来るとのこと。次に、「レオメーター」と呼ばれる装置は、チーズの物理的な変形と反応の仕方を追跡。こうしたデータの累積を通じて、AIが植物成分のさまざまな組み合わせで商材開発の実現が果たせるようなデータベースを作成。
同社の研究開発チームはこうしたデータを基に様々な解析を行い、過去4年間で5,000以上のチーズのプロトタイプを創り上げて来たとのこと。この過程で彼らは何百万ものデータを生成し、彼らのAIはこれらの大量に累積されたプロトタイプデータを通じて「訓練」され、より「熟練された」アルゴリズムがさらに理想に近づく素材バランスを提案。彼らはそれらを反復し続けていくことで、こうした「動物性の従来のチーズ、乳製品にほとんど人間の味覚で区別できないくらい優れた」代替プラントベースチーズ・乳製品を生み出すことが出来ている、ということになります。科学の世界では、このようなプロセスは通常数年単位で編み出せるものではなく、自然のもたらす作用を理解するには何百年もかかると言われます。ところが、Zhan氏率いるチームは2019年創業以来、4年程度の2023年4月に米国での上市に漕ぎつけられたこととなります。
(注釈*:イオンや極性分子のような電荷をもつ分子を分離するクロマトグラフィーである。大きなタンパク質、小さな核酸、そしてアミノ酸などを含むほとんどの電荷分子でこの方法を使うことができ、タンパク質の洗浄、水の分析、品質の調整などに使われている。 )
目隠し試食で見事に動物性チーズに勝つ!
同社の商品は、既にクライマックスブルーは、ミシュランの星を獲得したニューヨークの高級レストラン「Eleven Madison Park」を含む一部のレストランで提供されています。ワインの世界で良く実施されてきたような「目隠し」スタイルで試食会が開催された際、多くが彼らの試作品を動物性の本物のチーズと間違えてしまうほど評価が高かったらしく、他の動物性チーズよりも高い評価を得られています。
また、The Good Food Foundationが表彰する恒例のThe Good Food Awards 2024にも、メディア報道によれば、彼らが最優秀賞の受賞がほぼ確定していたとされています。ただ、生憎彼らの使用した素材中、米国でGRASの許認可を受けていない素材が使用されていたとみなされた為、直前で受賞が取り消されたそうです。Zhan氏によれば、「彼ら(主催側のThe Good Food Foundation)の後出しじゃんけんのようなもので、事前に明確に指示があれば僕らは別の素材で同等のものを再現できた」と、不満を抱く発言をしているようですが、彼らの開発力そのものが否定されるものではなさそうで、肝は、目隠しで「本物よりも旨い!」と私達人間が味覚で感じるものが作られるレベルに到達していることです。
(*ご参考)
日本企業も早くも注目。今後の展開を注視
同社曰く、2024年4月現在、複数の日本企業や投資家からも引き合いが寄せられているようです。具体名は開示できませんが、大手食品ブランドのCVCから、研究開発部隊まで。ここ数年間のうちに出資をしている代替タンパク食品開発企業における「美味しさ不足」には多くの大手日本企業も苦戦しています。彼らにとって、Climax FoodsをはじめとするAIやマシーンラーニングを応用するモデルを開発したプレーヤーと手を組むことで、デジタル技術を伝統的な食品科学的なアプローチと融合させることで植物性タンパク食材に「食感 」「風味」「味覚」といった「美味しさ」を実現出来る手法を手に入れることに高い関心を示しています。
因みに、興味深い蛇足ですが、米大手食品メーカーのPepsi社の開発グループの元総責任者であった人物によれば、以前、IBMのWatsonのAI等を駆使して商品開発に力を入れた経験があるものの、Watsonから導かれた新商材は「最悪だった」らしい。同氏曰く:
「AIを過信してはいけない。昨今のスタートアップによるAIやマシーンラーニングの威力に関する主張や可能性は食品の開発者のプロとして一定の疑念を持って解釈しておく必要がある」
※ご参考:<MIT Technology Review(2024年4月24日付)>
ここ3,4年に巻き起こってきた「第一次フードテック投資ブーム」は代替タンパク食品開発が一番注目されてきました。一番上市が想定しやすい領域であり、また開発ハードルも培養肉を含めて他の技術開発で時間を要するものと比べて低いと見られていたからです。
ただ、Beyond MeatやImpossible Foodsをはじめ、日本の某大豆ミート企業も含めて「味」が「不味い」との消費者のフィードバックがまだまだ多いのが現状の課題。こうした最初の投資ブームを支えたプラントベース市場の踊り場を迎えている今、次なるファンドが既に立ち上がり始めています。これらのファンドの投資テーマは、今回ご紹介させていただいたClimax Foodsをはじめ、既存のプラントベース食品開発企業が苦労をする「おいしさ」を実現させる各種のデジタル技術に重きを置き始めている傾向にあります(*その他、食の流通や原料調達の不確実性に対する課題解決に繋がり得る技術分野、等)。
Climax Foodsや彼らに触手する日本企業をはじめとする企業群が今後どう展開していくか、2025年に向けて気になる動向の一つになりそうです。
最後に、ご参考までに、Climax Foods社と競合にあたる、2社についてご紹介しておきます。
※Climax Foods社と類似する代表的な新興ブランド2社<①Shiru社、②Not co社>
①Shiru社(米カリフォルニア州アラメダ市):
Shiruはカリフォルニア生まれの、独自のAIとマシーンラーニングを活用することで食品メーカー等が甘味料や乳化剤に至るまで幅広いタンパク食材等の食品原料の開発を支援するツールを開発。$21mm (約30億円弱)を累計で調達済み。 主な投資家にはアグリフード領域の全米トップVC・アクセラの一角で日本企業のLPも複数抱えるS2G Venturesの他、 Lux Capital, さらにはあのY Combinatorが名を連ねています。
*Shiru社の開発ツール「ProteinDiscovery.ai」のサイト:
*ご参考:Shiru社の最新記事(米AgFunder:2024年5月1日付)↓:
②NotCo社(南米チリ):
NotCo社は南米チリ創業の、「ラテンアメリカ最大級の代替タンパク開発企業」であり、いわゆる「ユニコーン」スタートアップ。2024年5月現在、$433mm(約650億円)以上の資金を調達完了済み。
独自のマシーンラーニング技術を活用して乳製品から様々なプラントベース食品を再現する。
NotCo社がユニコーンまで上り詰めた背景は諸々の要因が重なった結果と見ますが、創業が創業2015年でフードテック投資の黎明期からコロナ禍ピーク時に大型資金調達が敢行出来るまで開発が進められていた点等が挙げられます。つまり5年程度かけての地道な努力の賜物の上に、タイミングと環境。
同社が差別化の強みとして捉える、乳製品の味と機能性を忠実に模倣するよう設計された商品群は、エンドウ豆のタンパク質とヒマワリ油をベースにしている一方、パイナップルやキャベツなどの、「ちょっと意外な」素材からも原料として活用している点が興味深く診られています。さらには、同社のAI「Giuseppe」は、独特の「起泡性」「乳化性」を再現できる原材料と手法を特定できた唯一無二の会社である、と主張しています。
*NotCo社による最近の話題の取り組みに関する記事 ↓:
ご参考:NotCo社のAIツール「Giuseppe」のサイト ↓:
(*カバー写真:米Climax Foods社ウェブサイトより引用)
※ フォロアーの読者の皆様からも、「米国でこんな(フード、アグリ領域、スタートアップエコシステム、関連性のある現地社会課題等)テーマについて知りたい」というご意見等あれば、本トピックスをまずはフォローを頂き、ご連絡を頂ければ、なるべく頑張って日頃の米国側(および日本)での実務を通じた現場目線で取り上げてみるようにします!
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