日本の「食スタートアップ」がグローバル進出で"必ず陥ってしまう"【経営の過ち】

2024年4月15日
全体に公開

日本のスタートアップ経営者にとって、異国の市場で経営を成功させることは至難の業であることは、一般的にも知られていると思います。シリコンバレーでIT(ソフトウェアやサービス業、その他)関係で成功を収めた会社も、一握りです。

その要因について分析する場合、恐らく各々の業種や分野、B2BかB2Cか、いろいろな条件で解決策は異なるものだと思いますが、当該トピックのテーマである「食分野(フードテック)」に的を絞った場合のお話を触れたいと思います。今回は、筆者が10年以上前から個人的なご縁を頂く(仕事という枠に留まらず、人生の大先輩として)、とある経営者との会話を基に、ポイントを触れておきたいと思います。

(いずれも、食事業を営まれる経営者や事業者の皆様にとっては「基本すぎる」と思われることばかりかと捉えています。でもその「基本すぎる」部分がどうしても疎かになりがちな行動パターンばかりが「日本のフードスタートアップの敗因」となってしまっている、という証拠なのかもしれません)。

はじめに:製麺(ラーメン)企業として北米で確固たる地位を勝ち取った日本人経営者

カリフォルニア州サンノゼ市(いわゆる「シリコンバレー」に位置する地域)に本社を構えるNippon Trends Food Service, Inc.(以下、「NTFS」)。2000年に創業された製麺会社です。地元や製麺業界では「Yamachan Ramen」のブランド愛称でむしろ知られる存在。

このYamachan Ramenの創業者は、「長崎ちゃんぽん」で日本一のリンガーハット出身で、同社の北米事業の立ち上げ責任者として1980年代に米国に進出を果たした山下英幸氏。同氏は1990年代にリンガーハットが西海岸事業からの撤退を表明した際、当該事業の基盤を固めることに成功した同氏はその築き上げられたブランド資産を生かしていくべく、独立を決意し、当該事業を自ら仲間と共にスピンアウトをしたのち、NTFS(Yamachan)を創業するに至ります。

読者の皆様におかれても、全米で繁盛するラーメン店に足を運び入れた際、現地のお店で注文して食べる美味しいラーメンに使用される麺は、実はYamachanで丁寧に創り上げられた麺を頂いている可能性が十分高いです。

写真:Yamachan Ramenの米サンノゼ本社。筆者撮影

同社がOEM生産を手掛ける"noods"ブランド。カナダでD2Cで販売されるオーガニック・プラントベースブランド。

写真:筆者が同社で撮影。

そんな山下氏は、経営者として日本のスタートアップへのアドバイスを依頼されることが多い人物ですが、同氏は弊社の良き社外アドバイザーとしても心より頼りにするとても大切な存在であり、尊敬する人物。

そんな同氏に、日本から北米を目指そうとする食のスタートアップや事業者らが決まっていくつかの大きな経営判断ミスをしてしまう罠について、教えて頂きました。

同氏は、主に以下の通り指摘します:

①「売上」そっちのけで「組織の型」ばかりに走るスタートアップ

日本のスタートアップの海外失敗の代表例としてよくシリコンバレーのアクセラや起業家が口を揃えて言うことです。それは、「現地で最初の売上を0=>1で作っていく泥臭い部分が足りない」という点。

写真:カリフォルニア・サンノゼ市にある大型モール内にある、Ramen Nagiに並ぶ長蛇の列。同社( 株式会社凪スピリッツジャパン:https://n-nagi.com/)は日本人のラーメン職人の生田悟志氏が2004年に創業したラーメンチェーン。米国サイトはこちら:<https://ramennagiusa.com/>週末はもちろん、平日も17時の開店直後から常に行列が出来るほどの繁盛店らしい。単価も日本円で為替換算150円であれば一杯2,500円は超える価格帯も、米国消費者は喜んで「ディナー」と捉えられているようだ。2024年3月に筆者が撮影。


同氏曰く、新進気鋭のスタートアップに限らず、日本の事業者が米国に新たな市場開拓を試みる際に足りない点として、「売上」を第一に考えないこと。それよりも、投資家から集めたお金を、現地のCOOや営業スタッフ、PRスタッフ等、「組織作り」ばかりに先走りしてしまうミスを冒す、と指摘します。筆者は同氏のような経営のプロではないものの、かつて(20年前)大学の部活の先輩が興した外食ベンチャーに準創業的に参画をした経験がありますが(因みに今は首都圏の企業の社食等を取り扱う企業に成長発展しています)、その際に創業社長が全く同じこと「売上を作ること」を強く意識していたのを思い出します。

弊社(筆者)がアドバイスをさせて頂く日本発のスタートアップのうちの多くが、この「ミス」によく陥りがちです。一時日本でもシリコンバレーの起業家であるEric Ries氏が執筆した「リーン・スタートアップという書籍がバカ売れした時期もありましたが、「まずは創業メンバーが米国入りを繰り返しながら、自分達で対象顧客とコミュニケーションを図っていくこと、そして彼らの「Want」あるいは「Needs」を十分に理解をするための手段を地道に探り続けることが真っ先に来ないといけない」と、山下氏は説いています。ところが、実際は多くの場合、そこが「抜け落ちている」と嘆いています。

投資家からのプレッシャー、経営陣の「エグジット」という発想が、事業経営の手順を誤らせ、そして焦りに繋がっているのかもしれない、と。そもそも、志を高く事業を興したならば、「エグジット(出口)という発想は浮かばないはず」。

"売上がないのに、現地で人を雇ったり事業開発やPRに走ってもダメなわけです。売りたい人に商品をまずは売っていかないといけないのです。当たり前のことなのですが、そこが全然足りないのです"
Yamachan Ramen・山下英幸社長

② 北米大型カンファレンスでの出展が目的化…そこに「現状と課題」が見つかるわけがない!

2点目は、大型カンファレンスをはじめ、米国の展示会に出展することを大きな目標に掲げるスタートアップ(企業含む)が多いものの、「手段」が「目的化」してしまっている傾向にある点です。ちょうど今年も先週(3月12日~16日)米カリフォルニア州のアナハイム市でNatural Expo West 2024が開催されたばかり。

"政府系の支援を通じて全米の展示会やカンファレンスに来られる方が多いです。確かにそこで「握手をする」ことはとても大切なきっかけづくりです。でも、肝心なのはその後のプロセス。自社の商品を売っていくこと、こちらのコミュニティを理解していくこと、ステークホールダーを理解していくこと、そういった地道な行動が結びつかないまま、結局「出展が目的化」して終わってしまうケースばかりです。"
"肝心なのは、その先の道筋をしっかりと計画し、忠実に行動に移していく忍耐と覚悟があるのか、です。"
‐山下氏
写真:今月12日から16日まで米カリフォルニア州アナハイムで開催されたNatural Expo West 2024。https://www.expowest.com/en/home.html 

確かに潜在顧客や現地の流通パートナー候補との「マッチング」には十分に効果を発揮することは事実です。ただ、そこから先の本気な交渉が全く続かないまま、終わってしまうケースばかりだ、ということ。

創業者、そのメンバー自身が地道に現地への渡航を繰り返すか、あるいは現地でのローカルパートナーと1年、2年をかけて売上の基礎作りを創り上げて行くことの大切さを訴えています。

写真:2024年3月12日から16日まで米アナハイム(カリフォルニア州ロサンジェルスに隣接する都市)で開催されたNatural Expo West 2024にて。日本のブランドのコーナー。弊社米国の仲間が現地にて撮影。

③ 自社で製造設備を持つ大切さを軽視しないこと!

3点目は、食品製造企業として自社で製造ノウハウとキャパを自前で確保する大切さを、強く説いています。この点は「ファブレス」「コスト回避」の観点での外注ビジネスモデルが最適解とされるケースもありますが、食事業の経営のプロである同氏のアドバイスは、

「自前で製造設備をしっかりと持つことこそ、予期せぬ経営難題に直面した際に生き抜けるツールです。」
‐ 山下氏

これは、一見「自前主義からの脱却」という、昨今の「オープンイノベーション」の潮流に逆行する時代錯誤のような解に思えるかもしれませんが、「製造技術を確保すること」と「営業・商品企画・事業開発にお金をかけること」を天秤にかけた場合、実は前者の方が大切で、後者は前者ありきであるべきなところ、後者を充実させたいがために「現地COO、現地事業開発、PRマーケティング担当、現地CFO」の採用を優先させて「事業化を加速」させようとする妄想錯覚に陥ってしまっている可能性が高い、と捉えられると思います。

この点は中々上手く説明出来ない部分かもしれませんが、時系列で考えてみれば、上述の「売上を作る努力をすること」と「現地COO、現地事業開発、PRマーケティング担当を採用すること」は、決して同義語ではないと言えます。むしろ「組織の型に走る経営の罠」と考えた方が的を射ていそうです。山下社長のいう「売上をまずしっかりと創ること」とは、創業者メンバーが自分達でまずは頑張って「売上を0から1にする」努力が足りない、ということ。

これは、フードテック領域に限らないスタートアップ経営の「陥りやすい罠」かもしれません。

この点は、まさに今回のコロナ禍で多くのフードビジネス系スタートアップが陥ってしまった課題が教訓とされるのではないでしょうか?コロナ禍によって、受託製造業者(CMO=Contracted Manufacturing Organizations)が製造キャパを縮小する動きが出ました。一方、コロナ禍が落ち着きを取り戻してから再び製造委託の需要が増えたことで製造を受託する受け皿=供給力が不足してしまったことで需給バランスが崩れてしまい、その結果、製造を外注したい新興のフードブランド(スタートアップ等)がその製造外注先を失ってしまうケースが発生しました。

尚、食品メーカーが自社製造設備を自前で持つ大切さを訴える例として、以下の記事もご参照ください(*弊社が連携する米国のパートナー企業とのインタビュー記事。筆者が執筆寄稿)

製造委託はオペレーションコストを抑える意義はある一方で、食事業者にとって経営の足元を掬われやすい脆弱な事業モデルともなってしまう諸刃の剣と言えそうです。単に食事業を「創業してVCからお金を集めて5,6年以内でExitする」ことだけが目的であれば、リーンスタートアップモデルは有効かもしれませんが、10年、20年人々に愛され続けるような食品事業を構築するには、製造インフラはとても死活問題に繋がることを、昨今のコロナ禍や、今年に入ってからのフードテック領域への投資ファンドの一時停滞を見ていて再認識させられるところです。

*ご参考:

④ 流通パートナーをいかに味方につけられるか

最後に、「自社の商品が消費者のところに届く」仕組みを確保することが重要であると点です。アメリカには全米に流通網を持つ大手食品流通企業から、カリフォルニアや西海岸特化の流通業者、商材特化型の業者等、多様です。いきなり大手はまず相手にしてもらえませんが、地元のお店と密に繋がる流通業者と地道に信頼関係を構築できるまで忍耐強く接し続けることが重要です。例えば、地元のフードスタートアップの起業家同士と仲良くなることで、お互いに助け合う空気はありますから、そうした人的関係を作りながら、自分達の商材にマッチする流通業者を探索していきながら、いくつかの流通網を少しづつ築き上げていくことが重要です。「日本人村だけで固まるな!」とは、こういうことです。

サンフランシスコ市内を走る、食の流通業者。筆者が3月に撮影。

*ご参考:全米の食料品流通企業群上位16社

まとめ:日本の食のスタートアップや食ブランドが北米やグローバルで成功裏に展開するための「当たり前な必要」=「あなたのその商品を頑張って売りましょう」

これは、「泥臭さ」「忍耐」「犠牲」といったものを伴う、野球の選手に例えるならば「マイナーリーグでバスで長時間移動し、格安モーテルで宿泊し続けながらも、メジャーを夢見て結果を残すことに集中すること」と似ているのではないでしょうか?そこには効率的な解やフレームワークはない気がします。山下社長のような「人間力」を日頃から養うことも必要かもしれませんね。でも、洋の東西を問わず、かもしれませんが、米国でもこの「人間力」を磨き上げていくことこそ、結果として売って頂ける業者を獲得したり、現地の仲間を雇ったり、さらには資金調達でVC等から資金を集目大祭にも「経営者の素養を見極められる」ときにこそ、必ず醸し出て相手に伝わるものだったりしますよね。

弊社もシリコンバレー現地のプレーヤーとの協業等を通じた現地の外部リソースの活用や、現地の物流システムや人材確保のお手伝いをハンズオンで手掛けさせて頂く立場でありながら、矛盾する部分も大いにあろうかとは思いますが、山下社長のように「実際に最初のChasmを乗り切った経営者」のお言葉に素直に心を傾けるなら、結局は:

#1「まずは最初の売上を少しでもいいから【創業した自分達で】作り上げること」

#2「(ローカルな小売店屋さん含む)ディストリビューターが振り向いてくれるまで、(アクセラ等)他人に任せっきりではなく、自分達の力でそうさせる努力をまずは先にすること」

#3「『自分たちはちょっと早すぎた』とか、それは「日本での成功体験に基づくプライド」であり、カッコつけた言い訳。単に米国(あるいはその国)の消費者の『欲しいもの』がくみ取れなかった、というだけの話」

ということが、今回、山下社長のお話を伺い、痛感させられます。

特に、#1、#2については、米国の食品産業のサプライチェーンでの信用を得られるまで、泥臭く人脈を形成しながら英語の世界で「砂漠を歩み続ける」絶え間ない努力が必要ということ。一つの策としては、「米国の知人起業家やビジネスパーソンを自らコツコツ作っていくこと」です。お隣の韓国や、東南アジア、あるいはアフリカから商材を売り込みに来ている起業家やスタートアップ、各国からの伝統食品メーカーと接する機会を得ると、各々の経済圏で「貯金」した「信用」「ブランド」は完全に捨ててこちらでまさにスタートアップの如く「ゼロから立ち上げる」ために、カリフォルニア州やテキサス州、ワシントン州等、それぞれの地元の小売店とまずは一社でも繋がって口説き落としてそこから突破口を開く地味な努力をしている模様です。

#3については、日本にはとても身近な「テストユーザー」がいることを気付くべきです。それは、首都圏を中心にいる、在日欧米外国人ビジネスパーソンやそのご家族。彼らに「祖国ならどういったフックが消費者の心を掴めるか」というヒントを、日本通の彼ら、彼女らがきっと示唆を与えてくれるはずです。そこを見落とすスタートアップが意外と多いと、弊社がご縁を頂く国内のスタートアップにも多く見受けられる気がします。ここで得た最初のヒントを基に、次に米国現地で街中インタビューや、それこそCo-Working Space等のちょっとした集りに顔を出したりしながら意見を地道に聞き続けながら「仮説」構築と、適宜「Scratch and Re-Build」を一定期間繰り返す結果、ようやく最初の商品の姿が出来上がる気がします。

地元の小売業者を1社でもまずは味方につけることが、Whole Foods MarketやSprouts Farmers Markets、南カリフォルニアのBristol Farmsといった、「ブランドリテール」ばかりに目を留めるより(それらは一定の顧客層を見込める段階の話…)、現実的な第一歩となるのかもしれません。その方策は、泥臭く、現地の経営者コミュニティ(山下社長のような日本人経営者だけに留まらず、米国籍の現地の起業家同士の横の繋がり、という意味)に溶け込んでいくこと、そこからヒントや貴重な情報を一つ一つ引き寄せていくこと、こうした毎日の繰り返しが、日本からの食事業者には必要と言えます。

写真:山下社長と筆者。10年以上前に日本の九州のお寺での得度を通じて私人としてご縁を頂く。同氏とは久しぶりの再会。貴重なお時間と経営の智慧、ご示唆に心から深く感謝。

(*カバー写真:米カリフォルニア州サンノゼにある丸亀製麺の米国チェーン「MARUKAME UDON」の店舗の様子。2024年2月に同社の幹部スタッフに撮影頂く。)

※ フォロアーの読者の皆様からも、「米国でこんな(フード、アグリ領域、スタートアップエコシステム、関連性のある現地社会課題等)テーマについて知りたい」というご意見等あれば、本トピックスをまずはフォローを頂き、ご連絡を頂ければ、なるべく頑張って日頃の米国側(および日本)での実務を通じた現場目線で取り上げてみるようにします!

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