【特別取材】藝大生が挑む、生成AIとアートの新たな地平
こちらのトピックス“生成AI最前線「IKIGAI lab.」”は、学び合うことを目的としたオンラインビジネスコミュニティ「OUTPUT CAMP meets AI」のメンバーで運営している。
今回はアート×AIという文脈で、記事をお届けする。
東京藝術大学の卒業展示で、生成AIを用いたアニメーション制作とその過程を展示し、大きな反響を呼んだ注目の作家、KALINさんに直接お話を伺った。
今回の卒業制作展は、大勢の方々に作品を見ていただく貴重な機会となりました。大変な混雑で展示した説明文を読み切れなかった方も多くいらっしゃったと思います。また、ご来場が叶わなかった皆様もにも、私がどのような思いで生成AIと向き合おうと考えたのかを説明したいと思います。 https://t.co/vtxMupVvYE pic.twitter.com/tRzOjfGMj2
— KALIN (@kozukiren) January 29, 2024
KALINさん
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インタビューに入る前に、創作と生成AIが今現在、どのような関係にあるのか整理しよう。
今現在、生成AIとクリエイターの間には、それぞれの相容れない主張が存在している。
AI絵師派の主張:
- AIイラストレーションは技術革新の一つであり、クリエイティビティを拡張する新しいツールである。過去にもデジタルアートの台頭など論争はあったが、芸術表現の選択肢が増えることは良いこと。
- 学習データの作品利用は、著作権法上の「公正利用」に該当する可能性がある。パロディやオマージュのように、元の作品を変容させて新たな表現を生み出すことは創造性の本質。
- AIを使う個人アーティストは、巨大テック企業が開発したAIツールの恩恵を受けているに過ぎない。悪意あるアーティストはごく一部。
- プロンプトを工夫してAIを使いこなすことにも、一定の創造性とスキルが必要とされる。ツールを非難するのは筋違い。
アンチAI派の主張:
- クリエイターに無断で大量の作品を学習させることは、肖像権・パブリシティ権などの侵害に当たる可能性がある。創作者の権利を軽んじている。
- 「公正利用」の適用範囲はグレーゾーンが多い。ルールが明確でない現状では、AIイラスト制作は法的・倫理的に問題がある。
- 一部の悪質なAIイラストレーターが、他人の作風を真似た類似作品を大量生成して販売するなど、アーティストの生業を脅かしている。
- AIイラストレーションの氾濫は、イラスト業界全体の質の低下や、表現の均一化・画一化を招く恐れがある。人間の創造性こそ尊重されるべき。
以上のように、クリエイターの間では、新しい技術に対する期待と警戒感が交錯する難しい議論が繰り広げられている。
世界的にも、いまだ法整備は進んでおらず、利用者におけるモラルや創造性をめぐる価値観の対立も根深く存在している。
こういった問題に対しては、長い時間をかけて当事者間で丁寧な対話を重ね、AIイラストのあるべき姿を模索していく必要があるだろう。
一朝一夕に解決する問題ではないが、今まさに我々はクリエイターの権利と技術革新のバランスを探る重要な契機を迎えている。
そういったタイミングの中、KALINさんは東京藝術大学の卒業展示で、生成AIを用いたアニメーション制作とその過程を展示し、大きな反響を呼ぶこととなった。
今回はKALINさんに特別に取材を許可いただくことができたため、その内容をインタビュー形式でお届けする。
──今回の制作を決定するにあたり、生成AIに対して拒絶感やタブー視する感情はありましたか?
KALIN:拒絶感というより、これで私のやりたい事に集中できるぞ!っていう期待が大きかったですね。元々一人でアニメーション作ってたのですが、時間いくらあっても足りなくて、妥協に妥協に重ねてこれでいっか…という感じで〆切に間に合わせてたので…笑
当初、KALINさんは生成AIを活用することで、制作に集中できると期待を寄せていた。
しかし、実際の制作プロセスでは、ChatGPTで作成した脚本の主人公の動機付けの薄さや、Midjourneyでの画角やキャラクターの一貫性の確保に苦労するなど、AIならではの課題に直面したという。
それでも、ChatGPTで出てきた「老人」「花」「旅」の3つのキーワードからテーマの手がかりを得られたことを評価しており、AIを創作プロセスに取り入れることで発想の幅が広がる可能性を実感したという。
──生成AIを活用することて、絵や文章が得意でない人でもアニメーション制作が可能になると感じましたか?
KALIN:敷居が低くなって、気軽に制作してみようと思える環境にはなるかと思いますね。ただ上を目指そうとすると絵や文章を既に学んでいる人もAI使ってると思うので、結局実力社会であることは変わらないと思います。
生成AIの登場により、アニメーション制作の敷居は下がるものの、より高みを目指すには一定の知識や技術が必要不可欠であり、新たな格差が生まれる可能性もあると指摘する。AIを使いこなすためには、人間のリテラシーが問われる時代の到来を予感させる発言だ。
これは創作に限らず、AIで代替されると言われているすべての職業に通じるところがある。
──作品制作前後で、AIへの意識や考え方、創作に対する向き合い方に変化はありましたか?
KALIN:最初は生成AIでアニメーション作ろう!という感じで始まったのですが、アニメーションの制作途中を人に見せたら「AIに支配されてるみたいだね」と言われ、途中からどうして私は生成AIでアニメーション作りたいんだろうと自分で疑問が湧きました。
私は別に支配されてアニメーション作っている意識はないのですが、どうして支配されている感覚がないのかを考えました。その答えがプロセスにあると思い、完成品のアニメーションからプロセスを主軸に見せていくというシフトチェンジをしました。
制作の途中で、AIを単なるツールとしてではなく、創作プロセスの一部として捉える重要性に気づいたというKALINさん。
人間の意思や解釈が介在することで、AIは表現の幅を広げる存在になり得るという示唆は、AIと人間のコラボレーションによる新しい創造性の可能性を感じさせる。
──SNSで様々な意見を受けた中で、生成AIの使用を後悔したことはありますか?
KALIN:ありがたいことに想像していたより反響が大きく、様々なご意見をいただきました。ですが、来場者の皆様には作品の趣旨を理解して頂けましたし、SNSでも理解してくださる方が沢山いたので後悔はありません。
今回の展示はSNSで大きな話題を呼び、実際に会場に足を運んでいない人にも広く拡散された。その中で前述のように、創作にAIを活用することへの様々な意見が取りざたされた。
しかしKALINさんは、SNSでの反響については、建設的な議論が生まれたことをポジティブに捉えつつ、一部の感情的な論争には冷静な態度を崩さない。
生成AIという新しいテクノロジーをめぐる社会の反応の複雑さが浮き彫りになる一方で、作品の趣旨が多くの人に理解されたことに手応えを感じている様子がうかがえる。
──今後、生成AIとどのように関わっていく予定ですか?また、社会はどのように向き合うべきだと思いますか?
KALIN:生成AIがあるからできる事を模索していきたいと思います。向き合い方は人それぞれだと思うので、特にこうすべきみたいな考えはないです。強いて言うなら生成AIの技術は止められないと思っているので、どう付き合っていくか考え続けることですかね。
KALINさんは、生成AIの発展を前提としつつ、それぞれが主体的にAIとの付き合い方を模索し続けることの重要性を説く。
生成AIのような新しい技術が既存の価値について再定義を求める現在において、様々な立場からの議論や価値観の対立を恐れず、KALINさんは自らの作品を通し社会へ問いかけた。
生成AIがもたらす変化を受け止めながら、新しい創造性を追求する姿勢は、これからのクリエイターに求められる資質と言えるだろう。
──今後の生成AIの可能性と影響力に関する、作家としての見解を教えてください。
KALIN:制作時間を大幅に短縮できるので、映像のクオリティはその分上がる気がします。作家としては、より強いメッセージ性やディレクション能力を求められると思います。
AIアートは平均化されたものを出している印象があったので、突出したものが生まれるかは疑問ですね。その突出したものとは何かを考える続けることが、私と生成AIの折り合いのつけ方だと思います。
生成AIがもたらす制作効率の向上と、それに伴うクリエイターに求められる資質の変化を鋭く指摘するKALINさん。
生成が簡単であるがゆえに、氾濫しつつある平均的なAIアートを超えて「突出したもの」を生み出すためには、人間のビジョンと解釈が不可欠であり、そこにこそ生成AIとの共創における作家の役割があると示唆している。
──今回の作品を通して伝えたかったメッセージは何ですか? 今回の展示を通し、世の中に伝えたい思いがあればお聞かせください。
KALIN:生成AIは進化し続けても、AIを使うのも人間なので、人間の創造が失われることはないと思います。私は生成AIと抗うよりもどう受け入れるかを考えましたが、どっちの立場に立っても、考え続けることが大事だと思います。
KALINさんのメッセージは明快だ。生成AIの発展により、人間の創造性が失われるのではなく、むしろAIとの対話を通じて新たな創造性が生まれるというビジョンである。
脅威でもありチャンスでもある大きな技術革新を前に、我々は肯定か否定かの二項対立ではなく、AIとどう向き合うかを考え続けること。
それこそが、シンギュラリティを迎えようとする今の時代に生きる私たちが考えるべき課題なのかもしれない。
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