人はなぜ間違えるのかーヒューマンエラーの危険性

2024年3月9日
全体に公開

冤罪学の観点から解説する「人はなぜ間違えるのか」、今回は皆様一度は聞いたことがあるであろう「ヒューマンエラー」について解説します。

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ヒューマンエラーとは何か

まず、ヒューマンエラーについての定義や分類は様々なものがあります。

有名なところで言えば、ヒューマンエラーとは、「効率や安全性やシステム・パフォーマンスを阻害する、あるいは阻害する可能性のある、不適切または好ましからざる人間の決定や行動」と定義されています。

そして、ヒューマンエラーは大きく分けて次の4つに分類されています。

①スリップ:行為のうっかりミス

(例:間違った名称で呼んでしまう。ブレーキとアクセルの踏み間違い。)

②ラプス:記憶の間違い

(例:手順を忘れてしまう。受けた指示が思い出せない。)

③ミステイク:行為は意図したとおりであったが意図が間違いで所望の結果を得られない

(例:古いマニュアルに従った結果新しいマニュアルに書いてある注意事項を知らずに失敗してしまった。火を消そうと水をかけたら、燃えていた化学物質の反応によりもっと燃え上がってしまった。)

④違反:ルール違反

(例:証拠の改竄や捏造。)

Getty ImagesのCreativaImagesの写真。

うっかりミス(スリップ)が起きるメカニズム

心理学において、人間が何かをするときには、それまでに身につけた知識や技術の塊である「スキーマ」を取り出して使うことによって、具体的な行動や思考に発展していると考えられています。

例えば、「髪を洗う」というスキーマは「シャンプーをつける」「水でシャンプーをすすぐ」といった下位スキーマから構成されています。同様に、「シャンプーをつける」というスキーマは「シャンプーの前に左手を置く」「右手でシャンプーの容器を押してシャンプーを出す」「出てきたシャンプーを左手で受け取る」「左手でシャンプーを髪にのせる」といった下位スキーマから構成されます。

この一連のスキーマが正しい順序で行うことができればスリップは起きません。一方で、状況認識の誤り、経験・感覚・連想等による誤り、起動のタイミングの誤りなどによって誤ったスキームが活性化されてしまった場合、うっかりミスであるスリップが生まれてしまいます。例えば、誤ったスキーマが活性化することによって、隣にあったボディソープで髪の毛を洗おうとするなどのスリップが生じてしまうのです。

刑事事件においては、証拠品の取違いや鑑定順序を誤ることによって誤鑑定が生じ、冤罪が生まれてしまうことがあり得ます。

Getty ImagesのPM Imagesの写真。

記憶違い(ラプス)が起きるメカニズム

記憶というのは大きく分けて次の3段階に分類されています。

①記銘:知覚と記憶の段階

②保持:記憶を貯蓄する段階

③想起:記憶の再生段階

そして、記憶違いは各段階で生じる可能性があります。

例えば、記銘段階で情報を正確に獲得できていなかったり、保持段階で忘却や記憶の変容が生じていたり、想起において正確に記憶を思い出せなかった場合にラプスが生じてしまうのです。

刑事事件においては、目撃証人が犯人の顔を忘れてしまったり、間違えてしまうことによって、冤罪が生まれてしまうことがあり得ます。

Getty Imagesのismagilov の写真。

ミステイクとエラーの起こる要因

ミステイクは、大きく分けて、

①正しいルールの誤適用

②誤ったルールの適用

の2パターンがあります。

これらは経験・知識の不足やバイアス等が要因になります。

刑事事件においては、解剖医が正しい手順で解剖したものの、別の死因と誤判定してしまった場合に冤罪が生まれてしまうことがあり得ます。

また、エラーの一般的な要因は次のようなものが挙げられます。

①ルールの意味が理解されていない

②ルールに納得していない

③ルールを破るメリットがルールを守るデメリットに勝っている

④ルールに強制力がない

⑤ルールを守る集団的規範がない

特に組織内における内部不正行為との関係では、動機・機会・正当化の3つのトライアングルが完成してしまったときに不正行為が行われると言われています(参照:人はなぜ間違えるのかー捏造や改竄を生む”不正のトライアングル”)。

刑事事件においては、威迫を用いた取調べや証拠の改竄のようなエラーによって冤罪が生まれてしまうことがあり得ます。

Getty ImagesのAtstock Productions の写真。

ヒューマンエラーというリスクの怖さ

誤判冤罪もヒューマンエラーの定義にあてはまると思いますが、その怖さはやはり人間である以上は誰でも間違えてしまうため、人間が携わる以上決してエラーから逃れられないということです。

例えば、昨今、DNA型鑑定は精度が向上し、地球上の人口をはるかに上回る565京人に1人の識別率を誇るそうです。

しかし、このようなDNA型鑑定の過程では人間が手作業で行わなければならない様々な手作業があります。仮にそこで起こるヒューマンエラーの確率が1000件に1件だったとしましょう。この場合、DNA型鑑定自体の識別率が565京人に1人だったとしても、結局は1000回に1回の割合で誤鑑定が起きてしまう可能性があるのです。

なお、アメリカなどの法科学センターではこのような観点から抜き打ち検査によってエラー率を測定しており、例えば薬毒鑑定の疑陽性率は約9%などと言われています。日本の科捜研などではこのエラー率の測定が行われておらず、その真の信頼性はブラックボックスになってしまっています。

Getty Imagesのalexandre17の写真。

ヒューマンエラー予防策の考え方(スイスチーズモデル)

ヒューマンエラーに関する説明モデルとして「スイスチーズモデル」と呼ばれるものがあります。

これは、システムにはたくさんの潜在的危険があるけれども、普段はその危険が実現しないように防護壁が防いでいるところ、まれに防護壁の穴をすり抜けて危険が実現してしまうというものです。この防護壁にはスイスチーズのように穴が開いており、その穴は恒常的な欠陥として存在したり、故障やエラーによって一時的に開いてしまっていたりするため、たまたま全ての防護壁の穴が一致してしまった時に危険が実現してしまうというのです。

西愛礼「冤罪学」303頁

このようなスイスチーズモデルを前提にすれば、危険の実現を防ぐには、防護壁の穴を検知したうえで、穴を塞いで小さくしたり、穴の数を減らしたり、防護壁を増やすことによってヒューマンエラーを防ぐことができます

例えば、刑事事件では取調べで関係者を威迫するというエラーによって虚偽供述が生まれてしまい、冤罪事件に発展したことがありました。そこで、再発防止策として取調べの研修等を実施することによって取調官に正しい取調べの知見を教え、既に開いていた穴を補修して小さくしようとしています。また、取調べの録音録画という新しい防御壁も導入しました。

ただ、このような再発防止策は一度実施すれば足りるものではありません。近年、録音録画されているにもかかわらず、机を叩いて長時間怒鳴り続けて関係者の供述を捻じ曲げ、再び冤罪事件が生まれてしまいました(参照:特捜部によって作られた冤罪事件(プレサンス元社長冤罪事件))。このように、再発防止策の形骸化などによって補修した穴が再び広がったり、防御壁に新しい穴が開いてしまうことがあり得る以上、定期的に防御壁の再点検をすることが重要になります

Getty ImagesのRossHelenの写真。

ヒューマンエラー予防策の考え方(m-SHELLモデル)

また、ヒューマンエラーに関して、システムが安全に運用されるために考慮しなければならない人的要素がヒューマンファクターと呼ばれています。その代表的な考え方がm-SHELLモデルです。

西愛礼「冤罪学」305頁

このm-SHELLモデルの各文字は、中心のL:Liveware(当事者)、それを囲むS:Soft-ware(作業手順等)、H:Hardware(機器・設備)、E:Environment(作業環境)、別のL:Liveware(関係者)であり、その境界がかみ合わないことによってヒューマンエラーが発生すると説明するものです。m:Manegement(管理)はこれらを統括する要素とされています。

ヒューマンエラーを防止するためには、これらの各要素のかみ合わせを検証・改善することが必要です。

例えば、DNA型鑑定においても、Lは鑑定人と他の職員、Sは実施要領等の整備、Hは採取キットや機器の整備、Eは作業環境の整備、などに着目してエラーを防ぐことになると思われます。実際に、警察庁はマネジメントとして各種通達によって鑑定手法の標準化やルール作りを試みているところです。

Getty Imagesのgorodenkoffの写真。

ヒューマンエラー予防策の考え方(安全文化)

最後のヒューマンエラー予防のためのアプローチは、個人よりも組織文化に着目して、エラーを防ぐ安全文化を作ろうというものです。これはチェルノブイリ原発事故を機に生まれたものと言われています。

安全文化とは、安全が全てに勝る優先度を持ち、その重要性に見合った注意が確実に反映されるよう働きかける組織機能と個人態度の集積と定義されています。その4要素として、

①報告する文化

②正義の文化

③柔軟な文化

④学習する文化

が挙げられています。

私は、個人的にこの④学習する文化という点が非常に重要だと思っています。一度生じた誤りをそのまま放置せず、そこから構成員全員が学ぶことが将来の同じ誤りを防ぐ方法だと信じています。

プロフィール

西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。

今回の記事の参考文献

参考文献:西愛礼「冤罪学」、芳賀繁『ヒューマンエラーの理論と対策』、外島裕『産業・組織心理学エッセンシャルズ』。なお、記事タイトルの写真についてはGetty Imagesのra2studio の写真。

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