日本史に見る人間社会の「しがらみ」と「無縁社会」

2024年1月14日
全体に公開

はじめまして。オーナーの佐藤雄基(さとうゆうき)と申します。 大学で日本史を教えています。 ちょうど『光る君へ』というNHK大河ドラマが始まりましたが、そこで描かれている藤原道長や紫式部の時代の少しあとから、2年前の『鎌倉殿の13人』で描かれた鎌倉時代まで、11~13世紀の中世(中世前期)と呼ばれる時代を研究しています。

『鎌倉殿の13人』を見ていた方は、鎌倉幕府の第3代執権北条泰時が「御成敗式目」(1232年制定の武家法典)の草案を書いている最終回のシーンを覚えているかもしれません。内乱の時代が終わり、平和な時代を迎えることを象徴するシーンとして、明文化されたルールの制定が描かれていたのが印象的でした。

私の研究テーマは、「御成敗式目」のような「法」です。昨年は中公新書から御成敗式目 鎌倉武士の法と生活という本を出しました。

「法」の歴史というと、血の通っていない、杓子定規なものというイメージをもたれがちです。

しかし、人間の社会はいつの時代でも相続や家族関係、売買、もろもろの契約をめぐってのトラブルが絶えません。そのためには一定のルールが必要です。いったん何かルールができても、それで万事解決というわけではありません。個別具体的な局面に応じて、人びとはルールをさまざまに「利用」したり、「読み替え」たりして、自分たちの直面する問題を解決しようとしていきます。「法」の歴史とは、意外にも「人間くさい」ものですし、その時代の社会がどのようにつくられていたのか、そしてどのような矛盾を抱えていたのかをはっきりと映し出してくれます。

私の研究では、法を「利用」する中世の人びとの姿に焦点をあてて、中世社会のありようを明らかにし、どのような点で近現代の社会と異なるのかを考えています。

 子どもの頃は、周囲になじめず、本やゲームが好きで、とりわけ古い時代の歴史の物語やゲームが大好きでした。 私のように人とかかわるのが苦手な人間が、過去の人間や社会について考えたり、人前に立って話をしたり、そうした仕事についているのですから、不思議なものです。

このトピックスでは「しがらみ」をテーマにして、中世日本の人びとが、どのような社会で暮らしていたのかを紹介していきたいと思います。 その際、次のような問いを立てます。

―社会のありように応じて、人びとの直面する「しがらみ」はどのように変わるのか。

――「しがらみ」という視点にたって中世と現在の日本社会を比較したとき、何がわかるか?

 「無縁社会」と中世

現代の私たちも職場や家庭などでさまざまな「しがらみ」を抱えて生きています。その一方で、「無縁社会」と呼ばれるほど、人間関係が希薄になりました(少なくとも都市部の社会では)。

 実は「無縁」という言葉は、日本中世史研究では有名なキーワードです。皆さんは、宮崎駿監督の『もののけ姫』という映画(1997年公開)を見たことはあるでしょうか。日本中世風の世界を舞台にして、自然・神と人間が共生していた時代を描いたファンタジーですが、宮崎監督は日本中世史研究者の網野善彦(あみのよしひこ)(1928-2004)の著作(『日本の歴史をよみなおす』など)にインスピレーションを得たそうです。

 網野さんは、現在の日本人がとらわれている常識的な日本史像を打破し、今の日本とは異なる「もうひとつの日本」の可能性を中世史に追求した歴史家でした。その網野さんの代表作が『無縁・公界・楽』(1979年)で、世俗権力の束縛や支配を逃れ得た人びとの姿を「無縁」というキーワードのもとに描きました。

網野さんが発見した「無縁」というキーワードは、歴史学以外にも他の学問分野や映画・小説の創作など、幅広く影響を与えました。近代社会への批判とともに、自由と新しい社会への希望が込められた言葉だったのです。 中世史家の清水克行さんが指摘していることですが、こうした「無縁」論が登場して一世を風靡した時代背景には、「管理社会」への批判が高まり、組織にとらわれないフリーター(当時は決してネガティブな言葉ではありませんでした)という働き方がもてはやされていた80年代・90年代の風潮があったのだと思います。そうした「無縁」という言葉が、社会問題を象徴するものに転換したことに、私はこの30年ほどの間の日本社会の変化を感じずにいられません。

この30年の間、日本中世史の研究の世界を見ても、「無縁」は網野さんの描いたようなよいものではなく、悲惨な境遇と表裏一体であると考えられるようになりました。そして、人びとが生存のために様々な「人のつながり」を維持しようとした、という側面に注目が集まるようになりました。

かくいう私自身、ゼロ年代の後半から研究を始めて、「縁」をキーワードにして、当時の紛争解決や裁判の実態を明らかにする研究をしてきました。「人のつながり」で動く社会であることを前提にして、裁判の実態を見直そうとした研究です。

 よく誤解されるのですが、過去の社会がどのようなものだったのか、過去の姿は決して固定的なものではありません。「日本史の研究者です」と自己紹介すると、過去のことは歴史教科書に書いてあるのに新しいことが分かるのか、と質問されることがありますが、教科書の内容も実は大きく変わってきています

新しい史料が発見されて、従来の見解が塗り替えられるということも多いです。ただ、それ以上に決定的なのは、史料を解釈して過去を復元していく歴史家の関心や価値観が、現代社会の変化とともに大きく変化していることです。

 歴史は「現在」を映し出す鏡なのです。

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