海外の裁判を傍聴してきた(台湾編)

2023年12月19日
全体に公開

台湾に学ぼうと思った理由

ありがたいことに私の出版した『冤罪学』が守屋研究奨励賞という刑事法研究に関する賞を受賞いたしました。

いただいた副賞の賞金はぜひ冤罪研究に使おうと思い、最近日本でも注目が集まっている台湾に冤罪を学びに行ってきました。

元々、台湾は日本から法制度を輸入することが多く、日本の裁判員制度を手本にした国民法官制度が丁度今年から始まっています。私も昨年、台湾の弁護士や裁判官向けに裁判員制度をもとにした講義を行いました(台湾の国民法官制度についてはこちら)。

台湾は日本の裁判員制度をそのまま輸入するのではなく、例えば日本では一定の類型に該当する証拠が開示されるところ、台湾では類型に限らず全ての証拠開示を原則とするなど、日本よりも先進的な部分がある法制度になっていました。

日本はこれまでドイツやアメリカの刑事司法制度を参考にすることが多かったのですが、これらの国々は文化も全体的な法制度も日本とは大きく異なります。台湾のような日本を手本にしてきた国々の似ている法制度の方が運用等を参考にしやすいのではないか、という関心がありました。

台湾イノセンス・プロジェクトに行ってきた

私はイノセンス・プロジェクト・ジャパンという冤罪救済団体に所属しています。

この冤罪救済団体イノセンス・プロジェクトは台湾にも存在し、規模も大きく精力的に活動されているのですが、日本とも長い親交があります。

その台湾イノセンスプロジェクト(TIP)の執行長である羅弁護士に「台湾で冤罪を学びたい!」とメッセージを送ったところ、熱い歓迎を受けました。

台湾イノセンス・プロジェクト執行長の羅弁護士

台湾の冤罪の状況を詳しく説明してくれたほか、台湾の裁判官やたくさんの弁護士に会わせてくれました。私は彼らのホスピタリティに本当に感動しました。

そこで、私がどうしても台湾でしたかったことを羅弁護士に頼んでみます。

「台湾の裁判が傍聴したい!」

私は、統計や法律知識・情報だけを学ぶだけなら日本でも出来るので、実際に台湾の裁判を見て学びたかったのです。

もっとも、私と羅先生は互いに英語で話しているのですが、台湾の裁判は全て台湾語であり、私一人で傍聴しに行っても何を話しているのか分かりません。

そこで羅先生に頼んだのですが、羅先生は「任せろ」と言い、さっそく日本語の分かる学生の通訳さんを手配してくれて、翌日は3人で台湾の裁判を傍聴しに行くことになりました。

台湾の裁判を傍聴してみた

朝9時50分に臺灣臺北地方法院(日本でいう東京地裁)に待ち合せました。

入口は日本と同じで手荷物検査があります。裁判所構内は市役所の窓口みたいなところが多く設置されており、かなり日本の裁判所とは雰囲気が違っていました。

法廷は2階にあります。羅先生が事前に傍聴に適していそうな事件を見繕ってくれていて、私たちは傷害事件をみることになりました。

法廷に入ると、まず大きなスクリーンが両側面にあることに驚きました。日本の法廷には中くらいのディスプレイはあるものの、こんなに大きなスクリーンはありません。台湾はこのスクリーンに、書記官が裁判の記録をとっている画面が映し出しています。証人が質問を忘れたとしても、スクリーンを見ると質問内容が確認できるようになっています。また、検察官と弁護人も正確に裁判が記録されていることをリアルタイムにチェックすることができます。これは便利だなと思いました。

また、裁判官と書記官の席には金字のネームプレートが掲げられていました。日本だと法廷が固定ではなく、一つの裁判体が色々な法廷を使うのでこのようなネームプレートはありません。

加えて、法服は黒を基調として、襟の部分が裁判官は青、検察官は赤、弁護士は白の色が入っています。日本では裁判官が真っ黒い法服を着ているのに対して、台湾では裁判官以外も法服を着用していて、しかもそれぞれ色が入っているのが違いです。

臺灣臺北地方法院

傷害事件の裁判が始まる

いよいよ裁判が始まります。横に座っている通訳の学生さんが、裁判のやりとりをノートに日本語で書いて一生懸命に訳してくれました。

罪名は傷害で、男性が売春相手の女性と金額で揉めて喧嘩になったという事案で、男性は女性から殴ってきたとして正当防衛を主張しました。

男性の横には弁護士が座っており、女性は他国出身のようで通訳が横に座っていました。

一つ目の驚いたこととして、全ての手続が着座のまま進むことです。日本では裁判官以外の人が発言する時は基本的に起立して発言します。日本では起立について根拠法令があるわけではなく慣習に基づいており、品位保持等が理由だそうです。公判での当事者それぞれのターンが明確に決まっている日本に比べて、台湾では裁判官が介入的に発言する機会や時間も多く、裁判が流動的に進行するため、いちいち立ったり座ったりしていると煩雑そうだなと感じました。裁判の形式に沿って慣習も変わるのかもしれないというのが興味深かったです。台湾の弁護士から2~3時間の証人尋問や弁論をするときも日本では立ちっぱなしなのかと尋ねられて、途中で休憩は入るけど僕は立つよと答えたところ「ワーオ」と言われました。

二つ目の驚いたこととして、被害女性が男性の後ろの席に座っていたことです。喧嘩の当事者を近い席に座らせてまた喧嘩になったらどうするんだろうと法廷警備について心配していました(これは後で理由が明らかになります。)。

罪証認否の後、女性の証人尋問が始まりました。

Getty Imagesの RichLeggの写真

検察官がいくつか質問を始めたのですが、女性は子供の生活費を稼ぐために売春をしていて、男性が事前に取り決めたお金を払わずにトラブルになったと述べていました。

途中から、検察官に代わって裁判官がガンガン質問をしていました。質問数や時間からすると、検察官よりも裁判官の方が2倍以上質問していました。日本では検察官と弁護人が公判を主導する当事者主義が基調にあるのですが、台湾では裁判官が公判を主導する職権主義を基調としているそうです(※なお、台湾でも当事者主義的な手続や訴訟進行はあるそうです)。裁判官が証拠の防犯カメラや傷などを大型スクリーンに次々に表示しながら質問をしていて、積極的に事案を解明して心証をとろうとしていることが伝わりました。

弁護人からも証人尋問が始まり、女性から先に殴ってきたからこそ男性側が警察に通報したのだと立証しているようでした。一方で、女性は先に殴ってはいないが売春をしていたために自分から警察に通報できなかったと反論していました。

そして男性の被告人質問が始まりますが、男性はそもそも売春しておらず、女性の境遇が可哀相だったのでお金をあげたらもっとお金をせがまれて殴られたという主張をしていました。検察官と裁判官からは男性の方が怪我が少ないのはおかしいと追及されていました。

そもそも、初対面の相手にお金をあげたのに怒られて殴られたというストーリー自体に無理がありそうです。男性は事実経過を十分に説明できていないように思えました。一方で、どちらが先に手を出したのかという問題については証拠がなく、あまり質問もされていなかったので結局その点が立証されたのか分かりませんでした。

当事者主義をとる日本では、裁判所は検察官と弁護人から提出された証拠を見て裁判をします。一方で、台湾では事件に関する全ての証拠を裁判所が持っていて、予め見ています。もしかすると、防犯カメラの映像などが既に証拠としてあって、どちらが先に手を出したのかも裁判所にとっては分かっていたのかもしれません。

Getty Imagesの AndreyPopovの写真

証拠調べが終わると、最後に検察から論告があります。日本では立ちながらある程度長い論告要旨を朗読するのですが、台湾では座りながら端的に意見の要点を口頭で述べていました。私が驚いたのは次の検察官の言葉でした。

検察官「女性は罪を認めて反省しているので執行猶予付き判決を求める。男性は否認し反省していないので実刑を求める

私「!?

つまり、女性は単なる被害者ではなく、男性を殴った被告人として、男性と共に起訴されていたのです。ずっと女性が被害者で男性が被告人だと思っていましたが、女性も男性を殴っていたため傷害罪が成立していたようです。だから座る位置も男性の後ろ(被告人席)だったんですね。女性には弁護人が付いておらず、男性だけに弁護人が付いていたので、女性も被告人だったとは気が付きませんでした。

日本にも喧嘩両成敗の判例がありますが、台湾でも互いに喧嘩している場合は双方において正当防衛が成立しないことになっているそうです。男性の正当防衛の主張も、状況によってはそもそも認められる余地のないものだった可能性があるそうです。

終わった後、羅先生と色々話しましたが、男性側に怪我が少なかった以上、女性側も起訴されるのは珍しいのではないかということでした。

台湾と日本の裁判の違い

裁判傍聴を終えて、色々な感想を抱きました。

日本の裁判は様式性が高いのに対して、台湾では積極的に裁判官が聞きたいことを尋ねて、それをもとに審理が進行するので、無駄が少なく最短ルートで効率的な審理ができそうです。検察官と弁護人の関与も必要最小限でしたが、だからこそ無理なく法廷において口頭で意見を述べたりもできます。書記官の調書作成をリアルタイムで見ることができることも踏まえて、まさに法廷で事件について考えるという特色があるように思いました。

一方、事案の解明が必要最小限度で終わってしまっているということは、それ自体メリットだけでなく、冤罪のようなリスクにもつながっているのではないかとも思いました。日本は少し迂遠になったとしても検察官・弁護人の立証に時間を割いて両当事者に事案の解明を委ねているので、最終的に裁判所が見る事実の範囲というのは裁判官の興味関心よりも広がりを見せることになります。また、多角的に掘り下げることから、日本の方が一つ一つの事実についてより細かく審理しているようにも感じました。

日本の裁判でも公判廷で心証をとる公判中心主義・直接主義・口頭主義の実現ということがよく目標にされるのですが、そのような抽象的な目標を掲げるうえでは一度他国の実現状況を見て、そのイメージや限界・リスクを具体的に把握した方が良いのかもしれません。

私が今回見たのはほんの一例であり、まだまだ全体を語るにはサンプルが足りませんが、実物の裁判を見ることができ、とても勉強になりました。他国の制度との単純な比較はできませんし、その全てを盲目的に肯定すべきではないと思いますが、少なくとも良いところは学んで取り入れたり、悪いところは反面教師にしなければならないと思います。またいつか海外で裁判を見たら記事を書きたいと思います。

TIPの皆様と、TIPのロゴマークのポーズで。

プロフィール

西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。

※記事タイトルの写真についてGetty Imagesの fazon1 の写真。

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