"あのUber創業者"が2024年に虎視眈々と狙うフードテック事業の正体

2023年12月11日
全体に公開

国内外のフードテック界隈でも「スマートキッチン」という概念がバズり始めてからもう7年くらい経ちますが、未だに食のこのバリューチェーンは発展途上です。日本のフードサービス、レストラン等の外食産業や、ホテルなどのホスピタリティ産業では、長年の課題である「労働集約型」のビジネスモデルを効率化するべく、AIやIoTをはじめ、ハードとソフトを融合させた様々な調理場の自動化の実現を目指す試みを続けています。

そんな中、一昨年頃から頭角を現しているのが、「クラウドキッチン」。「クラウドキッチン」「ゴーストキッチン」とか、呼称は様々ですが、クラウドキッチンとは、客席スペースを設けずにフードデリバリーのみをサービスとして手掛ける事業者が食事を提供するためのキッチンスペース等を指します。

米Market U.S.調査によれば、2022年末時点で、世界のクラウドキッチン市場は639億米ドルと試算されています。そして、今から9年後の2032年には1,946億米ドル(約20兆円)にまで達すると予測しています。その間の年平均成長率は12.1%となりますが、主なけん引要素としては、引き続き世界的なフードデリバリー需要の増加、オンラインでの注文プラットフォームの利用率の上昇、そして世界的な都市化の方向性を基に予測しています。

出所:米market.us社の調査データより引用(2023年10月付) https://market.us/report/cloud-kitchen-market/

そんな、「フードデリバリー」といえば、Uber Eatsが思い浮かぶ読者も少なくないかと思います。さらに、Uberといえば、「シェアエコノミー(ライドシェア)」の代表的なユニコーンとして知られています。このUberの創業者として一躍「時の人」となったのが、Travis Kalanick氏ですが、その彼が今、次の狙いとしてここ数年取り組んできていたのが、冒頭に触れた、「クラウドキッチン」であることは、フードテック界隈では既にご存じの方は少なくないかもしれません。

同氏は2016年にCloudKitchensという、その名の通り、クラウドキッチン事業を創業しています。

Cloudkitchen社ウェブサイト: https://cloudkitchens.com/

ここ数年はフードデリバリー業界がコロナ禍もあって米国でも活発化していて、クラウドキッチンのニーズも粛々と成長軌道であった模様ですが、2022年頃からは一時の勢いは影を潜め始めていて、その影響もあり、一部ではCloudKitchensの事業環境も決して順調ではない報道もここ1年半ほどは目に付くようになっている状況です。

今年の9月には、英Financial Timesや以下のメディアによって、同社で大幅の人員削減、設備の縮小を報道されています。

そんなCloudKitchens事業が苦戦しているからなのか、その延長線上で想定の範囲内での流れによるものなのか、真相は定かではありませんが(恐らく前者である可能性は高そうです。ゴーストキッチン/クラウドキッチンの勢いの鈍化は、今月4日付のThe Food Instituteによるこちらの記事でも最近の閉鎖事例も含めて指摘されています)、つい今月上旬、米Spoonをはじめ、TS2、Restaurant Businessといった米国メディアで「スクープ!」と称してTravis Kalanik氏と彼のチームによる最新の取り組みが取り上げられていたのが目につきましたので、触れることにしました。

スマートIT技術を駆使したキッチン・ロボティックスであり、その名は、「LAB37」。カーネギーメロン大学との連携もしており、シリコンバレーではなく、ペンシルベニア州のピッツバーグに拠点を構えています。20世紀はアメリカの鉄鋼業界を支えた「鉄の街」として知られていた街で、一時は不況期を経験したものの、2000年代後半からはMEMSやセンサー技術をはじめ、IT技術への投資にカーネギーメロン大学やピッツバーグ大学を軸に積極的に州や自治体としても官民で取り組み始めたことが奏功し、今ではハードテック系やIT系スタートアップのエコシステムが活発な地域に生まれ変わっている場所です。

同社の簡素なウェブサイト ↓

URL: https://www.lab37.us/ 

Lab37の正体とは?

Lab37とは、同社サイトや一部報道によれば、生鮮野菜類から「Poke/マグロ丼」等の「丼ぶり」系の食品を完全自動で作ることが出来るスマートキッチン・ロボティックスらしい。

出所:LAB37サイト https://www.lab37.us/hello-world/blog

Lab37の"Bowl Builder"の特徴

この“Bowl Builder”は、その名の通り、「丼を作る」のが少なくとも現時点のバージョンのようですが、複数の具材の盛り付けからソース類の追加、密封プロセス、その後のテイクアウトまでの準備など、人間が従来行うような行動様式を、独自のAIやマシーンラーニング等を駆使したシステマチックなプロセスで、温かい料理から冷たいものまで、「無限大の」丼系料理を自律的に製造することができる、らしい。

Lab37の公式サイトに掲載される、同社Bowl Builderの現状版。全体の大きさは9フィート×20フィート(約2.7メートル×6メートル)


対象となる食事は主に以下の、「ボウル(丼)」式に具材が盛られるタイプの食事に限られるらしいですが、同社としては、順次、バーガーやフライドチキン等へ対応できるバラエティを増やしていきたいとしています:

Barbacoa Beef Bowlの例。

一般のレストランでの実装目途は2024年3Qまで待たないといけないそうですが、既にTravis Kalanik氏が率いるCloudKitchensが所有するクラウドキッチンスペースを利用しながら、ピッツバーグを拠点とする The Hungry Groupという デリバリー専門フードサービスを通じて実証実験を水面下で繰り返してきている模様です。

Lab37のBowl Builderが実証実験に活かされているとされる、The Hungry Group(デリバリー・ケータリング系のフードサービス)のウェブサイトより。

その他、現時点で開示される主な特徴・スペックは以下の通り:

・ 1時間あたり80個分を処理できる。食材処理装置は18個

・ 各食材の細やかな分量を量ることが可能(どれほど人間のような細やかな動作、判断のできるメカニズムが搭載実現されているのかは不明)。

・ 出来上がった丼は自律的に(お持ち帰りようの袋の中)包装もされる。さらに、客からの要望に基づいて食べ物を包装にてきちんと密封してくれるとのこと。

・ 上記の一連の流れがお客さんに自分たちがお願いした通り作業がきちんとなされているのかを可視化されるように「写真」にてモニタリングが可能になっているとのこと(カメラで動画撮影ではないのか?気になる)

・ このBowl Builderを実装する総費用はまだ明らかにされていないものの、Lab37によれば、既存の食品サービス業者が抱える業務フローに要する労力を50%削減し、従来の半分の業務コストで抑えられるようにすることが当面のゴール。

*因みに、筆者の拙い文章による説明よりも、こちらの同社のデモビデオをご覧頂いた方がイメージが掴めやすいかもしれません:

類似プレーヤーも虎視眈々と市場開拓

LAB37がこのほどステルスモードから出てきたことは話題性は高いものの、類似するプレーヤーによる取り組みは既に欧米では公表されており、実用もされ始めています。以下、代表事例2件をご紹介しておきます。

① Sweetgreen社:2007年に首都ワシントンDCに創業され、主に新鮮な生鮮野菜を届けるファストカジュアルサービス事業者。既にニューヨーク証券取引所に上場。

Sweetgreen社ウェブサイト https://www.sweetgreen.com/ 

Sweetgreenは、Spyceという、元々ボストン2015年に創業された別の自動ロボットキッチン開発のスタートアップを2021年8月21日付に買収しており、そのSpyceの開発した自動製造包装技術を自社に取り込んでいます。

② Remedy Robotics社:2018年にスペインのバルセロナで創業された、自動化キッチンの開発を手掛けるスタートアップ。独自のAIやMLを駆使し、熟練シェフが手掛けるような繊細な調理をロボット操作で実現可能に出来る、と主張しています。

Remy Robotics社ウエブサイト: https://remyrobotics.com/

先月11月9日には、米国での本格的なサービスローンチを公表したばかりです。それまで足掛け2年程度は本国スペインのマドリッド、バルセロナやパリ、そして水面下でニューヨーク市内の限定的なレストランで実証を繰り返していたようですが、このほど、大々的にプレスリリースを発表したばかりです。

とはいえ、料理の最初のプロセスからすべてを担うわけではなく、実際に具材を下ごしらえから料理のベースとなる部分を施すのは、あくまで人間であるシェフや料理人が担いますが、いわゆる「調理する段階=焼く、似る、ゆでる、オーブンに入れる、等」からはこのロボットがフル稼働する、というもの

同社によれば、人間のシェフの料理工程をなるべく模倣するようにロボット工程を構築することはせず、むしろロボットが順応、適用しやすいような新たな独自の料理工程を創意工夫を凝らして現在のシステムにまで至ったのだそうです。具体的には、機械の精度と操作の安定性、一貫性の実現に注力し、よりロボットに適合するよう調理プロセスを再設計した結果、独自のAIやマシーンラーニングを搭載した彼らの自動調理ロボットが、その後の配達までの時間や食材が運ばれていく物流的な要素をも考慮した高度なアルゴリズムに基づくレシピを構築し、それに基づいて調理するシステムが完成。

Remedy Roboticsの自動調理ロボットの様子。写真出所: 同社・米Business Insider記事より引用 https://www.businessinsider.com/a-restaurant-run-by-robots-comes-to-new-york-cloudkitchens-2023-11

尚、興味深いのは、そのRemedy Robotics社がこの自動ロボットを使用した商品のみを実際にオンラインで販売するBetter Daysというサービスを開始しています。

Better Daysの公式サイト。 

*ご参考記事:

Remedy Robotics社によるBetter Daysなる「食材は人間=料理人が施し、調理プロセスは完全自動化」モデルの新しい外食サービスに関する記事はこちらです:

Uber創業者のTravis Kalanik氏が率いるLAB37に関する今月の記事はこちらです:

このほかにも、全米にメキシコ料理系ファストフードチェーンのチポトレ・メキシカン・グリル (Chipotle Mexican Grill)も業務効率化を目指して似たような取り組みを実証開始していますが、本稿では詳細は割愛します。

尚、このLab37やカーネギーメロン大学等があるピッツバーグのスタートアップの概況についてご興味ある方は以下のリンクをご参照ください:

✯ポイント: ピッツバーグが強みとする分野とスタートアップ: 元々は鉄鋼の街であり、また軍事産業とのパイプも太い歴史的文化的な背景もあり、製造業系、ロボティクス系を含むハードテック、宇宙(スペーステック)、それにライフサイエンス分野が強いです。日本からハードテック(スマートキッチン系等)寄りのフードテック・アグリテック分野で取り組まれている日本のスタートアップで米国市場を狙いたいのであれば、シリコンバレーもさることながら、ピッツバーグも意識をされてみるのが良いと思います。

(余談ですが、筆者はベンチャーキャピタル時代には、当時(2010年前後)「これから世の中に普及するであろうスマートフォンで活躍する可能性の高いハード×ソフト技術(⇒時代の流れを感じます 笑)」を担う面白い技術を開発していたピッツバーグ本社のスタートアップに、当時所属していたVCファンドから投資をし、オブザーバーとして経営に加担をした経験があります。とても可能性のある技術と信じていて、結果としてその技術は今私達が日常的に使うスマホで大活躍をする技術(アプリでの位置情報・Google Map等)なのですが、経営者のワンマン暴走が原因で会社として崩壊してしまいました・・・)

2024年に向けて:

スマートキッチン系の取り組みは2018年前後から粛々と開発が日本も含めて世界各地で大企業とスタートアップがそれぞれ取り組んできている分野ですが、従来は単独の食材に対してしか適用できないもの(Ex. ピザの独特な製造工程のみに適用できる自動ピザ製造調理ロボット、等)や、フライドポテトを焼くような、「比較的単純な工程を司る」自動調理機能の開発に留まっていたと思われます。

このRemedy RoboticsやTravis Kalanik氏のLab37の台頭で、より柔軟に多種多様な料理がこなせる自律型ロボット・キッチンの社会実装が、少しづつ現実化していく可能性が見えてきた気がします。

従来の外食産業の悩みの種であった「労働集約型」の料理モデルを、出来る限り必要最小限の肝の部分は人間に引き続き任せつつも、効率性を追及できる部分は完全にロボットに任せられるような精密ロボティックスが、外食産業で実用されていくのが、2024年以降の一つの注目すべきトレンドになりそうな気配です。ですので、クラウドキッチン/ゴーストキッチンでの実装というより、従来の外食レストランチェーン業界でいかにこれらが実装が実現して行けるのか、注視してみたいテーマです。

より小さなスペースで、人間の料理人も最小限に抑えつつ、複数もの種類の料理や数百種類の料理を調理することができるような世界が、2020年代後半には現実化するのでしょうか。それはそれで、労働集約的な高コスト経営体質から脱却できる手段となれば大歓迎ですが、一方で、人の創る料理の温もりや体温、心(これこそ、「お・も・て・な・し」?)がその食事から奪われてしまうことは、ある意味本末転倒な部分もある気がします。人と人とを結びつける魅力と力のある「食べ物」から本来の職人・料理手の心が奪われてしまう抜け殻とならないよう、全体としての最適バランスが最終的に実現するのが理想的な気がします。

※「世界のフードテック潮流 × 日本伝統の智慧の可能性」の過去コラムも是非ご一読ください  ↓

(★シリコンバレーからのフードテック・脱炭素・ウェルネス領域に関するテーマ・リクエストもご一報をお待ち致します。)

(カバー写真: TS2社による記事より引用・出所:https://ts2.space/en/travis-kalanicks-lab37-unveils-pioneering-bowl-making-robot/#gsc.tab=0

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