外国人も家族も動物もすべてが混ざり合う高齢者施設「52間の縁側」が示す介護の未来

2023年11月6日
全体に公開

みなさんは「52間の縁側」をご存知ですか。

つい先日、グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)を受賞した、千葉県八千代市にある高齢者向けデイサービス。〈高齢者向け〉と言っても、そこにいるのはお年寄りだけではありません。子どもや赤ちゃん、お母さん、さまざまな事情で居場所がない人たちや地域に暮らす人々や動物までもが共に暮らす「みんなの居場所」になっています。

52間の縁側を運営する有限会社オールフォアワンの石井英寿さんは、グッドデザイン大賞のファイナリストプレゼンの中で、こう語っています。

「みんなが『お互い様』で迷惑をかけてもいい、かけられてもいい、いろんな人が居ていい社会、それが『52間の縁側』です」

石井さんは、この「いろんな人が居ていい」を”ごちゃまぜケア”と表現されています。私はこの石井さんの実践こそが「理想の介護」だと考えています。同時に、介護事業の経営という観点からも、取り入れたい学びや気づきがさまざまあります。

そこで今回は、私が石井さんの取り組みを「理想の介護」だと考える理由と共に、なぜそれがこれからの介護事業を考える上で注目すべきなのかについてお伝えしたいと思います。

理想の介護だと考える理由

私が石井さんに初めてお会いしたのは2014年のことです。当時、私はabaを起業し、研究開発をすすめる傍ら、介護職員として働いていました。当時、私が働いていたのは「通い」「訪問」「宿泊」の3つのサービスを月額定額制で利用できる「小規模多機能型居宅介護」(以下、小規模多機能)の事業所です。利用者さん一人ひとりの生活に寄り添えるケアのあり方に感激していたところ、上司に「小規模多機能のルーツは、宅老所だよ」と言われ、石井さんが運営する「宅老所 いしいさん家」(千葉県習志野市)を紹介されたのです。

なお、「宅老所」は行政的に定義された用語ではなく、民家を改造した小規模施設において、少人数の認知症高齢者等を対象とした通所サービスを提供している事業者に一般的に用いる用語です(※1)。

いしいさん家(※2)を訪れたとき、まずそこにいる人々の多様さに驚かされました。外国人女性が子どもを連れて出勤し、働いている。仕事が見つからず困っているときに、石井さんと出会い、働き始めたと聞きました。さまざまな事情で居場所がない子どもたちが、お年寄りと一緒に食卓を囲み、その様子を車椅子に乗ったご近所さんが見守っている。

さらに、そこにはケガをしている犬までいました。あとで聞くと、捨てられていた犬だったようです。それをみんなで介抱して飼っている、と。「誰も拒まない」を徹底すると、人間ばかりか、犬までも仲間にしてしまうのかと驚きました。

石井さんに集う人たちは誰もが大なり小なり困りごとを抱えているけれど、一方的に「ケアされる側」になっているわけではありません。むしろ、自分ができることで他の誰かを支える「お互いさま」の関係が、そこにはありました。

私たちabaが目指す「誰もが介護したくなる社会」は、誰もが「支えるスキル」にアクセスでき、支える際の楽しさや喜びを感じられる世界をイメージしています。いしいさん家の介護現場はまさに、こうした未来が実現可能であることを教えてくれます。

これからの介護事業を考える上で注目すべき理由

通常の介護事業経営者は、厚労省が定める介護サービスの中で、自分たちの行いたい介護をどう実践するかを考えます。デイサービスならデイサービスの中で、訪問介護のなら訪問介護の中で、ルールの中で最大限できることを模索されています。必要があれば、既存の事業を複数組み合わせて、できる限り自由度の高い介護サービス提供を考えられています。

けれど石井さんは違います。

介護保険法の中でどのような介護サービスが定義されているかではなく、まず目の前にいる「困っている方」を助けるのが先決。その動きの中で、「自分たちの取り組みは、既存の介護サービスの中で当てはまるものはないのだろうか」と検討が始まり、ご自身たちが行われている取り組みと既存制度を照らし合わせることで、事業内容が決まっていくのです。

目の前にいる人にまずできることを即行動し、実践する。その取り組みを定常的に行うため、介護保険における介護サービス事業に当てはめ、事業として収益性を担保していく。

この「まずやってみる精神」は起業家として大事なことですが、それをあまりに自然に、実直に実践されています。

さらに、いしいさん家では、ボランティアさんや利用者さんを始め、さまざまな方たちが様々な方々が共同で昼食をつくります。

通常、介護サービスでは給食専任者が配置されているか、介護職員が作ることが多いです。

いしいさん家では食事づくりに限らず、一人一人ができることを分け合って支えあっています。結果的に人件費も抑えられ、利用者さんとスタッフ、そして地域住民の方々の絆も深くなります。地域住民との信頼関係の醸成は予算をかけたからといって一朝一夕で実現できるものではありません。それを日々の共同作業の中で培うことができている。結果として、経営的にもプラスの効果を生んでいるのです。

石井さんが運営する介護事業で行われているオペレーションは、一見すると、非効率で複雑です。経営的に考えると、もっと効率よく、もっと簡易化されたオペレーションが望ましいのではないかと思われがちですが、実は丁寧に紐解くと、経営上のメリットを連鎖させる仕掛けが随所に織り込まれています。

すべての事業の起点に「いろんな人がいて良い」という、ケアの根本的な思想があり、必要に迫られての試行錯誤を経営メリットに昇華させている。そんな石井さんだからこそ、今回のグッドデザイン大賞も受賞できたのではないかと考えています。デザイン思考が経営に求められる今、ケアのデザインから経営までを見事に体現している石井さんに、日頃のケアの実践への敬意含めて、改めて受賞への拍手をお送りしたいです。

参考文献

※1 黒木邦弘・高橋誠一(2003)「初期から終末期に至るまでの地域に密着した望ましい高齢者ケアのあり方に関する調査研究」医療経済研究機構,p29-34

※2 宇井が最初に訪れた2014年ごろの事業所は、有限会社オールフォアワンが運営する「みもみのいしいさん家」を指します。今回取り上げている52間の縁側でも、みもみのいしいさん家のような暖かな空気が醸成されています。

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