「麹ミート」米スタートアップのPrime Rootsが示す日本の食文化の欧米での活かし方

2023年7月8日
全体に公開

日本の大手化学メーカーである三菱ケミカルグループが、先月26日に、米国のプラントベース代替肉開発スタートアップの有力企業のひとつ、Prime Rootsへの出資を発表しましたね。正直、このタイミングまでなぜ日本の大手企業が彼らにもっと深入りして積極的に触手していなかったのかが不思議なくらいですが、非常に興味深いニュースでした。

Prime Rootsとはどんな会社?

このPrime Rootsは何が実に興味深いかと言えば、日本人には馴染みが深すぎて逆に日頃意識が及ばない「麹」を肝とする代替肉の開発を手掛ける代替肉開発スタートアップの1社である点です。

同社のウェブサイト。キャッチフレーズがイケすぎている。(Kojiは日本人男性の名前であるコウジにひっかけており、「Fungi=菌」を「Fun Guy(楽しい/イケてるヤツ)」にうまくひっかけている。つまり「紹介するよ!コウジ君。彼はなかなかイケてるヤツなんだ!」ってな感じだろうか。)

同社は、サンフランシスコの北側に位置する名門校UCバークレーの博士課程の学生であったKimberlie Le氏とJoshua Nixon氏が共同で2017年に創業したプラントベースの代替タンパク開発のスタートアップのうちの一社であり、今や最も世界でも注目を集める「プラントベース」「ビーガンj代替肉スタートアップのうちの一つに数えられています。

筆者も創業者お二人のうち、Kimberlie氏とはまだ彼女たちが注目がこれほどまでに浴びる直前の2018年春にサンフランシスコで最初の面識が出来、その後の彼女達の飛躍は大変興味深く追って来ました(筆者も日米の仲間と食事業を別途水面下で準備中の身ですので、そういう立ち位置でも彼女たちの躍進は注目しています)。当時はまだ社名・ブランドも「Terramino Foods」というブランド名の頃です。

同社のソーシャルメディアより引用

※ちなみに一昨年前に、筆者がPrime Rootsも少し触れたForbes Japanでの寄稿コラム記事はこちらです。

日本の食の奥深さに魅了され、そして再定義する欧米の若き起業家たち

冒頭に触れたとおり、一番痛快なのは、日本でも古くから伝統的なお酒造りの醸造の世界でも活かさている発酵の代表的なもの、「麹(糀)」の機能性を、彼らが在学中から目を付けていた点にあります。彼女たちは、麹の持つ自然由来の機能性を学び倒し、その上で欧米食文化での価値観や消費者の嗜好性を踏まえて麹の力を欧米食に「再定義」を施し、その結果、今や独自の技術で加工することで、新しい世界観を演出できている点ではないかと、考えています。

ちなみに、彼女達が参考とした麹には、某日本の伝統的な麹ブランドも含まれているようです(※彼ら独自の麹菌発酵技術と、食品科学を応用した製造技術は非公開につき、本稿では割愛します)

また、様々な創意工夫、苦労をスタートアップとして重ねてきたことで、今では従来の肉製品と同様の細やかな質感や風味、味覚を再現できたベーコンやボローニャハム、その他ミンチの代替肉製品を提供できるにまで成功しています。

尚、詳細の定量データはここでは割愛しますが、彼らの製品は、従来の畜産農業では数か月以上かかるところを、わずか3日間程度で製造できるとのこと。さらに、従来の動物性のお肉と比べても89%~92%「サステイナブル」であるとか(脱炭素効果や、土地利用、水利用の効率的な製造法の実現で、総じて環境負荷が既存の畜産業界と比較した場合)。

写真:2022年9月、筆者がBerkeley Bowlで購入したPrime Rootsの商品を撮影。もちろんこれは一口食べ始める前のもの。お店で購入時に半分に切ってもらったもの。真ん中のやや淡色の、ボローニャハムみたいなのがPrime Rootsの食材。実に旨かったことしか記憶にない

創業2017年以来この6年半、コロナ禍を挟みながらも、$48.5mm(米Crunchbaseベース)もの資金調達に成功しています。そこに、今回、日本から三菱ケミカルの出資に至ったという流れです(今やPrime Rootsはスタートアップの投資ステージでいうところの「シリーズB」にあたりますので、筆者的にはもう少し初期段階で彼らの目利きが出来た日本からの投資家がいれば、と思うところですが、それはまた改めて別投稿のテーマとします!)。 

上の写真の通り、現在、米国サンフランシスコをはじめ、高級オーガニック店のいくつかのお店には既にPrime Rootsの商品は販売されていますので、買って食べられます。

気になる値段は、サンドイッチ1個で現地で$13ドル前後。通常のそこそこの栄養価で手ごろなサンドイッチがサンフランシスコ等では10ドル弱はすることを踏まえれば(Safewayなどの"一般大衆系"スーパーでは8ドルくらいでオーダーメイド・サンドは買えますが、味的な満足感となると・・・)、個人差はあれど、ターゲット購入層にとっては決して高すぎるような価格帯でもないかもしれません。そもそも、それくらいの値段を払ってでも買いたいと思う層こそ、彼らにとっての「ターゲット・マーケット」。

ただ、昨今の米国の不景気の影響もあるようで、2023年6月現在、一部のお店では彼らの「プラントベース高級」商品に財布のひもを緩める客層がやや鈍っていることそうで、取り扱いを終了したお店があることも事実。これは、新興プラントベース市場の当面の課題として、別のコラムにて我々の考えについて記載したいと思います。

日本には海外の健康志向層へのネタが宿る

このPrime Rootsだけに限らず、イスラエル発のThe Mediterranean Food Labも、日本の伝統的発酵技術を一部活かした新たな発酵技術を開発するスタートアップもあります。この創業者の一人は日本での生活経験もある人物であり、日本の食文化に宿る様々な知恵や古典的な発想、技術がいかに海を越えた世界で活かされる素地があるのかを、私達日本人よりも海外の創業者たちが示唆を与えてくれている点が、皮肉に感じます。

ご参考: 世界で「発酵」に因んだ食の開発に取り組む代表的なスタートアップや既存ブランドの一例

我々は日本のスタートアップの欧米市場化展開の支援を日米チームで展開していますが(*もちろん、ベンチャーキャピタル同様に、選定プロセスを経たスタートアップに厳選。そこは筆者のベンチャーキャピタル時代と何ら変わりません)、その際に欧米の有力アクセラやVCとも連携しながら、果たしてどういうコンセプトが今尚未開拓な「ブルーオーシャン」が抑えられるのか、もしくはレッドオーシャン化したかのような新興フード市場の中での「Big Fish in a Small Pond(”小さな池の中のデカい魚”≒すなわち、ガチなニッチ)」と成り得るのか、日々意見交換を重ねています。

日本から「食」をテーマに据えて日々努力をされている新しい「フードテック」スタートアップが海外市場の消費者に新鮮かつ、彼らの価値観に訴求する何かをもたらしたいのならば、そのテーマのヒントは、シリコンバレーのトレンドを日々追うより、実は身近な食卓や地方の田舎の農場、祖父母の料理、あるいは都市農家にも潜んでいるのかもしれません。

次回(あるいはその次)は、とある発想や着眼点で米国で商圏を確保できている、あるいは順調に(少なくともメディア報道上は)商圏獲得に向けてまっしぐらの日本の食品メーカー、スタートアップについて触れたいと思います。

*是非、本連載コラムの「フォロー」もお願い致します。フォロワーの読者の皆様のテーマ的なリクエストもなるべく取り上げて参りたいと考えています

(カバー写真:サンフランシスコ市内にある高級オーガニックスーパー「Bi-Rite」にてPrime roots の販売コーナーを筆者が撮影。)

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