47 【手順4】当事者目線で「この国のかたち」を理解する〜自伝・評伝など

2023年3月31日
全体に公開

 前回2回分は、共通テーマで書きましたが、今回は「この国のかたち」を理解する手順シリーズに戻りたいと思います。シリーズとしては4回目です。

 3回まで、ざっくりとその国のことが周辺地域との比較も含めて理解が進んできたのではないでしょうか。これまでは、外から「この国のかたち」をみてきましたが、そろそろ中の視点から見ていきたいと思います。

首脳による自伝や批評

 各国の大統領や首相経験者が引退後に回顧録や自伝を出しています。色々と取扱注意な点もあるのですが(後で書きます)、どのような考えで統治をしていたかを理解するには良い素材です。大統領や首相でなくても、外交官や官僚による著作、要人の家族による著作、学者やジャーナリストによる要人についての評伝、研究者がアカデミックに分析した論文などがあります。

 この手のもので、有名なものの代表格としては、シンガポール初代首相のリー・クアンユーの回顧録「ザ・シンガポール・ストーリー」でしょう。分厚い本でさらに上下に分かれていますが、日本語に訳されてます。シンガポールという小さな国がどうやって生き残り、先進国に肩を並べる所得水準となり、ビジネスや国際政治で存在感を示すようになったのかを理解するには、うってつけの素材だと思います。個人的には、香港を痛烈に意識しつつ、独自の路線をとろうとしていたあたりは印象的です。(先ほど調べて驚きましたが、絶版で上下で5万円近い金額がついているのですね・・・電子版による出版を望みたいところです。英語Kindle版は普通の値段で出ています。英語を読める方は原文をおすすめします)

 お隣のマレーシアのマハティール首相は、もともと医師をしながら新聞に投稿していたこともあり、かなり筆が立ちます。90歳を超えてなお、ブログを更新しているほどの文筆家です。彼が若い頃に書いた「マレー・ジレンマ」は、政治的な意図がふんだんにあるものの、当時、問題の書として発禁されたほどでした。同書は政治的な意図があるため、一般的には「マハティールの履歴書: ルック・イースト政策から30年」を読んだ方が良いかもしれません。マハティールについては、日本に向けたメッセージ的な本が何冊か日本語で出ています。これらは、マレーシアを知る、というよりも、かつては日本を目標としてきた外国の指導者から、今の日本がどう見えているかを知る本という位置づけになります。

デヴィ夫人による自伝と回顧録

 ユニークなものとしては、インドネシアのスカルノ大統領の妻、日本ではデヴィ夫人として知られるデヴィ・スカルノによる回顧録「デヴィ・スカルノ回想記 栄光、無念、悔恨」(2010年、草思社)です。実際にご本人が筆をとったかはわかりませんが、少なくとも語りに基づいて書かれているでしょう。タレントとして知名度が高く、歯に衣着せない発言で賑わせますが、インドネシア史の貴重な生き証人でもあります。

 実はデヴィ夫人は1978年にも自伝を出版しています。こちらは絶版であり古書で入手するか、図書館で借りるか、という本です。私は学生時代に母校の図書館で見つけ読みました。激動のインドネシアのなかで、日本出身の彼女がどのように感じ、行動したか。事実は小説よりも奇なり、です。

研究者による指導者に関する評伝・分析

 研究者が手がけたものとしては、「現代アジアの肖像」というシリーズがあります。1997年と古くなりましたが、各国の戦後史を知るためには良書です。現代は、戦後史の延長線上にありますから、骨太に「この国のかたち」を理解するためには、是非、読んで欲しいシリーズでもあります。

性質上、内包される留意点

 ここまで書いてきたように、自伝・評伝は当事者の考えを知るには非常によい素材です。しかしながら、都合の良いように書かれていることも否定できません。自分のなかで「黒歴史」となるような政策については触れていなかったり、その他の汚点とされるようなことも何も言及されないことは一般的です。語られたいなだけならまだしも、美化するような内容の自伝や評伝もあります。

 これが冒頭に触れた問題点でもああります。

日本語版の絶版の多さは課題

 今回、調べて分かりましたが、この手の本は、日本語版は絶版が非常に多いことです。私はかなり前に読んでいるため、今、手に入るかということは、今回久しぶりに調べたのですが、結果に驚きました。オリジナルの英語版は手に入ります。現地を知るために重要な書籍が日本語では、手に入りにくくなっていることは、重大な課題と感じました。商業出版という視点からは需要の問題があるでしょう。また、ほとんどの日本語書籍が紙版でしか存在しておらず、電子版がないことも重大な問題です。

 連載中の「この国のかたち」を知るための手順シリーズは、日本語を基本としていますが、書籍が手に入りにくくなっていること、明石書店のシリーズを除けば改訂版がほとんど出ないこと、また、新書を除けば新しいタイトルとしての出版も少ないことを痛感しました。

 ただ、日本語で書籍がないということではありません。ここまでくると、日本語で出されているもので理解を進めようとすれば、アカデミックな書籍を紐解く必要があります。手順5は、このあたりについて書きたいと思います。

(バナー写真:1965年当時のデヴィ夫人。Bettmann / GettyImages)

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