話題の「ヤクルト論文」を真面目に読んでみた

2022年6月6日
全体に公開

ヤクルトの効能について、「臨床研究でストレス緩和効果が示されている」「研究の対象が試験前の医学生」などとインターネットで話題になりました。

なんとなくスマートフォンで文字だけを追っていると、「ヤクルトのストレス緩和効果は、臨床試験でも示された本物である」と思わされますが、実際のところはどうなのでしょうか。

そこで、今回は噂の「ヤクルト論文」(参考文献1)に迫ってみたいと思います。

本日ご紹介する論文は、Applied and Environmental Microbiologyと呼ばれる医学雑誌に掲載されたものです。

まず特筆すべきは、行われた研究のデザインです。この研究では、ランダム化比較試験と呼ばれる、何かの有効性を示すのに最も適したデザインが選択されています。食品に関するランダム化比較試験はそもそも非常に少ないので、それが行われたこと自体とても価値の高いことだと思います。

この研究ではまず、たっぷり乳酸菌入りの「真のヤクルト」と乳酸菌が全く入っていない「偽のヤクルト」を準備しています。乳酸菌以外の成分は同じなので、飲んでいる人にはそれが真のヤクルトなのか偽ヤクルトなのか(おそらく)分からないのです。

(仮に乳酸菌の有無で味の違いがあり、違いに気がつけてしまうようであれば、そもそも研究には大きなバイアスがかかってしまっているでしょう。それは私には定かではありません。)

その上で、試験前の医学部4年生がランダムに割り付けられ、24人が偽のヤクルトを、23人が真のヤクルトを、試験日の8週間前から毎日飲み続けることになりました。本人たちはもちろん、それがどちらのヤクルトなのかを知りません。また、この期間中、ヨーグルトなど研究に影響を与えそうな食品はその摂取が禁止されました。

ランダムな割り付けがうまくいっているかどうかを見るため、偽のヤクルトグループと真のヤクルトグループで、背景の性別やストレスレベルなどが確認されていますが、両者で偏りがないことも確認をされています。ここまではバッチリです。

その上で、ストレスに起因した「腹部の不快症状スコア」というものが主要なアウトカムとして研究期間中2週間ごとに評価をされました。

その結果、試験2週間後のタイミングで測定したスコアを比較すると、真のヤクルトのグループが、偽のヤクルトのグループと比較して有意に低かった(症状が軽かった)としています。

ここで、そのスコアの実際の差を見てみると、1程度。企業の提示している質問票でこの大きさを見てみると、質問票上では「とても強い」と「強い」の差、あるいは「強い」と「中等度」の差ぐらいの差がついているということになります。「とても強い」と「強い」。確かに差があるのかもしれませんが、あまりよくは分かりません。

一方、他の研究などでも用いられている「GSRS」という、より外的な妥当性が高いと考えられるスコアでも同時に評価をされていますが、このスコアでは両グループの差は示されていません。そのかわりに、真のヤクルトを飲んでいたグループの中だけで、研究開始前後で比較をすると有意にスコアが低下していたと報告しています。

これらの他にも、より少ない人数(10名前後)で腹部の症状をいくつか選択的に比較して、差が出ていたと報告しています。

繰り返しになりますが、この研究は特定の食品で「プラセボ」まで用いたランダム化比較試験を行ったというところに、とても高い価値があります。

しかし、上記のような結果から、「ヤクルトを8週間飲み続ければストレスが改善する」と言って良いかは疑問です。

そもそも、「差がある」としたスコアはオリジナルで用いられたスコアで、これが本当にストレスを反映するものだと言っていいのかが分かりません。また、より客観的と思われるスコアでは、その差が示されていません。

加えて、この研究の評価過程には、「多重検定の問題」もあります。

統計学的に「差がある」という場合に、「ほとんどの確率で偶然ではなく必然の差である(逆に言えば僅かな確率では偶然性の可能性が残される)」ということをもって、差があると言っていいだろうという考え方をします。

しかし、繰り返し統計処理をしていると、「わずかな確率」であった偶然性を必然と言ってしまう可能性が出てきます。この研究では何度も統計処理をしているので、その間にこういったエラーが起こってしまう可能性があるわけです。

また、この研究の2次的なアウトカムは、10名前後の非常に少ない学生をもとに検討されており、そもそも偶然性をみている可能性やバイアスの可能性も否定できません。あるいは、「医学部4年生の試験前」という設定で得られた結果を果たして一般化できるのかといった疑問もあります。

このように、研究結果を細かくみていくと「?」も数多くついてしまい、ヤクルトへの「期待」を示すデータではあるものの、この研究で何かを結論づけることは難しいと思います。大々的に宣伝をされたり、複数の記事になったりもしていますが、社会的な認知の大きさと科学的な信頼性とは必ずしも相関しないことに注意が必要です。

以上から、この論文をもって「ヤクルトがストレス緩和に有効だ」と結論づけるのは難しく、それを示すには、より妥当性の高い大規模研究が必要とされると考えられます。

すなわち、「ヤクルトでストレスが緩和される」というのは、まだ「信じる者は救われる」の域を超えていないと思います。ただ、だからといってこのことは「信じる者」を否定するものでもありません。

参考文献

1         Kato-Kataoka A, Nishida K, Takada M, et al. Fermented Milk Containing Lactobacillus casei Strain Shirota Preserves the Diversity of the Gut Microbiota and Relieves Abdominal Dysfunction in Healthy Medical Students Exposed to Academic Stress. Appl Environ Microbiol 2016; 82: 3649–58.

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