ピカソは何を目指していたのか?〈column 4 前編〉

2023年9月6日
全体に公開

 パブロ・ピカソの作品に、『アビニヨンの娘たち』があります。縦横ともに2m以上ある大作で、ピカソの数ある作品の中でも歴史に残る名作とされています。

『アビニヨンの娘たち』パブロ・ピカソ、1907年、ニューヨーク近代美術館

 しかし、よく見るとずいぶんとおかしな絵であるようにも感じられます。人体はカクカクとした形で表現されていますし、妙なところに影のような色がついていたり、関節が外れているかのように手足の向きはちぐはぐだったりします。

 この作品が発表されたとき、コレクターは「フランス美術にとって何たる損失だ」と落胆し、画家の仲間さえも「斧の一撃で切りつけられたようだ」と手厳しく形容したといいます。

 幼少期から絵の才能を発揮し、写実的な絵画の腕前も周知のことであったというピカソ。なぜ彼は、コレクターや画家仲間までも失望させてしまうような妙な絵を描いたのでしょうか?

「リアルさ」ってなんだ?

 興味深いのは、ピカソ自身は「変わった絵を描いてやろう」と思っていたのではないということ。ピカソは大真面目に「リアルさ」について考え、その結果この作品が生まれたと考えられるのです。

 リアルな絵といえば、一般的には遠近法を用いて写実的に描かれた絵が思い浮かべられます。遠近法を用いた絵には、「1 つの地点」から「視覚」で捉えた光景が描かれます。写真の技術に遠近法が用いられていることからも、遠近法はリアルさの表現として完璧な方法であるかのように感じられます。

しかし、そこに疑問を呈したのがピカソでした。

 3 次元の現実の世界で私たちが対象を見るとき、たとえ1 つの地点から視覚で見ているようなときでも、それまで様々な角度から対象を見たり捉えたりしたことによる情報が必ず入り込んでいます。

 そのことを無視して、まるで機械のように視覚だけを切り取った遠近法による表現は、現実世界で人がものを見るときの状態とは異なるのではないかと、ピカソは考えたのです。そこからピカソは、対象を様々な角度から見たり捉えたりした記憶や知識を、1つの画面の上に再構成するという試みをしました。

一般的なリアルさの表現からは程遠い作品ですが、ピカソは『アビニヨンの娘たち』に、遠近法では到達できないような別次元のリアルさを求めていたと考えられるのです。

〈column 4 後編〉はこちら↓

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本投稿は『THE 21』(PHP研究所)の誌上で掲載された連載「ビジネスパーソンのためのアート思考」を加筆修正したものです。

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