SaaSの成長エンジンとしてのコミュニティ
Stripe、Zapier、Pendo、HubSpot
これらのSaaS企業に共通するものは何でしょうか?
グローバルで成功しているSaaS企業。それも間違いではありません。彼らの共通点は、コミュニティを買収しているという点です。近年、大手SaaS企業によるM&Aとして、コミュニティを買収するケースが多く見られています。
最近ホットなニュースだった例は、今年2月に発表されたプロダクトマネジメントSaaS Pendoによる世界最大級のプロダクトマネージャー(PM)コミュニティMind the Productの買収です。Mind the Productは、2010年に英・ロンドンで生まれたミートアップスタイルでセミナー等を行うPM特化型コミュニティです。現在では世界200都市、30万人を超えるコミュニティにまで拡大しています。
その他に、主なSaaS企業によるコミュニティ買収案件は以下の通りです。
・決済インフラSaaS Stripe:起業家コミュニティIndie Hackers買収 (2017)
・セールスエンゲージメントSaaS Outreach:営業コミュニティSales Hacker買収 (2018)
・クラウド開発者向けSaaS Digital Ocean:開発者コミュニティScotch.io買収 (2019)
・iPaaS大手Zapier:開発者コミュニティMakerpad買収 (2021)
・CRM大手 HubSpot:起業家向けメディア the Hustle買収 (2021)
・マーケティングSaaS Semrush:SEO教育コミュニティ Backlinko買収 (2022)
なぜSaaS企業はコミュニティを買収するのでしょうか?その背景にはどのような世の中の潮流があるのか、SaaSにとってのコミュニティの価値などについて、ここでは考えてみたいと思います。
コミュニティの火付け役「PLG」
まず、米国SaaS企業で「コミュニティ=成長戦略」として注目されたのはどういう背景か考えてみたいと思います。結論からいうと、近年のProduct-Led Growth(プロダクト・レッド・グロース。通称PLG)への注目の高まりが大きな契機になっています。
PLGとは何か?聞きなれない方向けに、ここでは簡単に紹介します。
Salesforce.comに代表されるような従来のSaaS企業の成長モデルは、「セールスがプロダクトを売る」Sales-Led Growth(通称SLG)が主体でした。しかしSaaSが世界中で急速に浸透する中で、営業というリソースに依存していては急速な拡大は簡単ではありません。そこで営業のみに販売を依存せずに、「プロダクトでプロダクトを売る」PLGという成長モデルが注目を浴びるようになりました。PLGとSLGの違いについては、UB Venturesさんがこちらの記事で丁寧に解説してるのでご参照ください。
特にここ2年間は、コロナ禍で対面での営業活動や、営業の採用加速が難しかった背景もあり、PLGモデルを志向するSaaS企業が欧米を中心に爆発的に増えました。実際に、2020年以降に米国では、PLGモデルを主体とするSaaS上場企業が一気に増加し、2022年初めに時価総額合計は$911B(100兆円超!)まで増えています(下図)。
では、PLGとコミュニティに何が関係があるのでしょうか?簡単に言うと、プロダクトをバイラル(口コミ)で広げ、カスタマーサクセスを行う上で、コミュニティが中枢エンジンとして機能させているためです。急成長スタートアップとしてご存じ方も多い、Notion、Figma、CanvaのようなPLG主体のSaaSスタートアップは、独自の強力なユーザーコミュニティを持っていることはよく知られています。つまり、PLGとコミュニティは切っても切れない関係と言えると思います。
実際に前述で紹介したコミュニティを買収しているSaaS企業は、コミュニティ化し易いエンジニアやPM、起業家向けSaaS企業(例. Stripe、Zapier、Pendo)やSLGからPLGに成長モデルをシフトさせているSaaS企業(例. HubSpot、Outreach)です。
SaaSにおけるコミュニティの価値
では、SaaS企業がコミュニティを持つことはどのような価値があるのでしょうか?ここでは、私が思う2つの観点から、コミュニティの価値をお話したいと思います。
1. コミュニティは顧客を中心に部門のサイロを無くす成長加速器
コミュニティは、SaaS企業でサイロ化しやすかった部門(マーケティング、プロダクト、カスタマーサクセス)をつなぎ、それぞれの成長を加速させる中枢神経のような役割を果たします。PLGモデルのSaaSスタートアップへの投資や発信している米国VC Openview Venture Partnersは以下のように解説しています。
”コミュニティは、驚異的な乗数型システムです...(中略)...コミュニティは、多くのレベルでWin-Winの関係を築くことができるのです。
・マーケティング: コミュニティは既存ユーザーとの交流を作るだけでなく、購買意欲の高い新規ユーザーにリーチを可能にします。
・プロダクト:コミュニティは既存ユーザーがプロダクトで彼らの業務を成功するために価値を与えてくれます。
・カスタマーサクセス:コミュニティにユーザーが所属することで、お互いの成功を助け合うだけでなく、プロダクトへのロイヤリティを高め、スイッチング・コストを増加させることにより、スティッキネス(粘着性)を生み出します。
2. コミュニティはユーザーストーリーを量産する器
前述のPendoに買収されたMind the Productの共同創業者兼CEO ジェームス・メイズは、コミュニティの真髄について以下のように語っています。
コミュニティは、お互いがストーリーを共有し合い続けることで成立します。人は同じような課題を抱えた人と同じ場所にいることで、多くを学ぶことができます。
ユーザーストーリーは、SaaS企業が成長する上で欠かせません。顧客にささるマーケティングメッセージ。営業が見込み顧客に成功のイメージを持ってもらう導入事例。プロダクトビジョンと機能開発の優先順位付け。顧客を成功へと導くカスタマーサクセス。ユーザーストーリーは、SaaS企業ではあらゆる場面、職種で活用されます。
SaaSの産みの親であるSalesforce.com共同創業者マーク・ベニオフは、SaaS企業における「ユーザーストーリー」の重要性を次のように語っています。
ユーザーストーリーは、セールスフォースにおける通貨です。
お客様の生きたストーリーこそが、私たちの成功の度合いを測り、伝えることができるものです。そして、ストーリーはお客様のみならず、私たち自身、セールスフォースの社員全員の意欲をかき立てるものでもあります。
つまりユーザーストーリーは、SaaS企業が成長する上では欠かせない価値のあるものであり、これを産み出し続けるコミュニティはSaaS企業にとって貴重なアセットと言えます。
SaaSにおけるコミュニティの今後
SaaS企業によるコミュニティの買収の成否は、まだ明確に見えてきていません。Mind the Product CEO ジェームス・メイズが語る通り、コミュニティ=膨大な顧客リストとして短絡的に扱えば、コミュニティは熱量を失い、形骸化してしまいます。SaaS企業とコミュニティのPMIがどう進んでいくかは今後も注目すべきポイントだと思います。
日本でも近年、PMコミュニティの一般社団法人 日本CPO協会やPM ClubやカスタマーサクセスSaaSを提供するコミューンが主催するカスタマーサクセス向上委員会など、テクノロジー業界ではコミュニティ化の流れが少しずつ出てきています。SaaSスタートアップが熱量の高いコミュニティをいかに創り上げ、新たな日本での成長モデルとなっていくか、個人的には期待したいと思います。
SaaSとコミュニティの未来について、多くの方のご意見を頂けると嬉しいです。
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