日本を信じる理由

2023年6月23日
全体に公開

最近、TechCrunchとニューヨーク・タイムズで、日本経済の将来性を称賛する記事が出ました。とても興味深い記事でした。それらの記事では、日本経済がようやく競争力のある成長率を維持する兆しを見せ、アジアで米中関係の緊張が高まる中、日本がリスクが少ない国として他の国の代わりに選ばれていると説明しています。

ニューヨーク・タイムズの記事では、企業や社会の規範が緩和されていることが成長の原動力になっていると述べています。そのような楽観的な見方は、今年になってウォーレン・バフェットが、驚くべきことに3年前から日本の商社に投資し、それがうまくいっていると公表したことがもとになっています。

ニューヨーク・タイムズの記事では、こうした動向が日本のイノベーションの将来性に期待できる強い理由になると主張しています。わたしは以前より日本のイノベーションの未来を信じており、創業したSozoベンチャーズはその可能性に対する期待を元にして創業しています。

しかし、この記事の説明している内容は必ずしも日本のスタートアップの可能性にとっては、それほど良いニュースでもないと思っています。バークシャー・ハサウェイ(訳注:ウォーレン・バフェットの会社)がやっていることは彼らがこれまで通りやってきた、古典的な公開株式市場への投資戦略に従って、他の人が注目していない過小評価されている株式の保有率をゆっくりと水面下で蓄積してきただけのことなのです。バフェット氏が好きな投資の基本原理の1つに「他の人が貪欲なときは警戒し、他の人が警戒しているときは貪欲になる」というものがあります(彼の日本での投資の利回りは200%近くになっています)。

海外の報道機関が日本に対し好意的なことを述べているときに、わたしはいつも嬉しくなりますが、今回の場合は池の小さなさざ波を大きな波と間違えているように思います。これらの記事は「工業社会」の考えで書かれており、もはや古くなった不適切な言葉でイノベーションを説明しようとしています。

Sozoの同僚である小原嘉紘も「バフェット氏は現時点での過小評価をレバレッジして日本でも最も古く伝統的な組織や構造の、ある意味スタートアップの真逆である企業に投資している。その投資の話を元に日本のスタートアップのエコシステムについて語るのはおかしい」と指摘しています。

TechCrunchの記事も、工業社会のマインドセットで行われた問題解決、つまりスタートアップのエコシステムを創るために大量のリソースを投入し、あとはなんとかなることを祈るだけのやり方を褒め称えるという罠にはまっています。

例えば、TechCrunchの記事で引用されている、日本政府が今後5年間でテック系のスタートアップに7100億ドル相当の資金投入をするという計画も、目的は良いが手段が間違っている典型例です。選挙のサイクルに合わせて2~4年の任期で考え、その中で生きている政治家は、正しい手段を検証することなく、目的のための時間軸に合う手近な方法で新しい産業を興そうと急いでやりすぎてしまうのです。

この30年間、世界中でこのやり方は試されてきましたが、毎回悲惨な結果に終わっています。

こうした記事や、太平洋を渡って日本に押し寄せてきたVCやスタートアップによると、日本は投資家にとって突然「今は必要なものがなんでもある」国になってしまったようです。

わたしたちが考えていることはは2010年当時から何も変わっていません。大切なことは根拠のない意見や情報に惑わされて「慌てないこと!」です。13年前も言いましたが、日本にはグローバルなスタートアップのコミュニティにとって魅力的な独自の強みや資産の組み合わせがありますが、それを利用するためには最適な戦略を作って集中しなければうまく活用できません。

2010年にSozoを立ち上げたときの前提は「他の人は日本がいかに特別であるかを見落としている」ことでした。2023年の今もそれは変わらないと思います。

TechCrunchの記事は公開株式市場の投資とイノベーションへの投資を不適切に結び付けており、ニューヨーク・タイムズは一握りの企業の構造転換(例えば、取締役会のダイバーシティや人材の流動化)の話から、大きな経済的な変革を予想しようとしています。それぞれポジティブな展開を強調しており、スタートアップにとってもポジティブなニュースではありますが、よく言えば希望的観測であり、悪く言えば事実に基づいていないとも言えます。

日本のイノベーションが花開き、咲き乱れるためには、時間をかけて適切なステップを踏んでいく必要があり、そのために必要なことがもっとたくさんあります。その「必要なこと」をよく考え、細心の注意を払い、深い専門性を生かしてデザインし、10~15年かけて実行する必要があります。それがこのNewsPicksのシリーズのテーマでもあります。そして、最近のアメリカでの報道によって、日本でこうした議論を行う重要性がより増したと思います。

明日は、どうすれば日本の並外れた創造力の可能性を解き放てるのかを説明します。

(監訳:中村幸一郎(Sozo Ventures)、翻訳:長沢恵美)  
(図版クレジット:Unsplash/Su San Lee)

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