Instacartの大型IPOで押さえておきたい3つのポイント

2023年8月28日
全体に公開

2021年以来となるスタートアップの大型IPOの波がやってきました。

25日、食料品の即日配達サービスのInstacart(インスタカート)がSEC(米国証券取引委員会)に目論見書を提出しました。

同社は今年1月時点で評価額100億ドル(1.4兆円)を超えるデカコーン企業です。

今回は、3つのポイントから目論見書(Form S-1)を読み解いていきます。

☕️coffee break

Instacartとして広く知られているものの、正式な社名はMaplebear(メープルベア)。2012年に米デラウェアで設立されました。

現在は大きく3つの事業を展開しています。

  1. Instacart Marketplace:消費者と80,000以上の小売店をつなぎ、ギグワーカーによる即日配達を実現
  2. Instacart Enterprise Platform:小売業者向けにEコマース、受注〜配送までのフルフィルメント、広告・マーケティング・分析までをワンストップで提供
  3. Instacart Ads:購入データに基づき、ターゲットとメッセージを最適化できるデジタル広告サービスで5500以上のブランドが導入

Instacartは、コロナ禍で自宅に食料品を配達して欲しいという需要により急成長を遂げたことで、2021年には評価額390億ドルで資金調達しました。

2023年4月には、マーケットの正常化により、社内評価額を120億ドル(約1.7兆円)にまで引き下げたものの、未だデカコーン級(評価額100億ドル/1.4兆円)の超大型スタートアップです。

今回の目論見書では募集株式数と募集価格帯は決定されていないものの、2021年の韓国EC「Coupang」、EVメーカー「Rivian」以来となる、100億ドル(1.4兆円)超えのIPOになるのではないかと注目を集めています。

9月中にもティッカーシンボル「CART」でNASDAQの大型株向け市場、ナスダック・グローバル・セレクト・マーケットへ上場する予定です。

🍪もっとくわしく

今回公表された目論見書から3つのポイントを見ていきましょう。

①利益率の低い市場で黒字化も...

主力事業のInstacart Marketplaceでは、他のギグワーカー企業のように利益が出ていないことを懸念されていましたが、2022年は収益が39%の高成長をしながらも純利益は4.2億ドルと、黒字化していたことがわかりました。

「2020年〜2022年の業績」

  • GTV(総取引高):207億ドル(前年比+303%)→249億ドル(+20%)→288億ドル(約4.2兆円/+15%) 
  • 収益:14.7億ドル(+590%)→18.3億ドル(+24%)→25.5億ドル(約3733億円/+39%)
  • 純利益:-7000万ドル→-7300万ドル→4.2億ドル(626億円)

ただし、顧客1人あたりの平均注文額は110ドル(約16000円)のうち、Instacartの手数料収入はわずか7ドルと、食料品配達事業はかなり利益率が低いことがわかります。

また、注目すべき点は2023年上半期から成長率が鈍化していること。特にオンライン食料品配達の取引総額を示すGTVの鈍化が顕著に現れています。

  • GTV:149億ドル(前年同期比+4%)
  • 収益:14.7億ドル(前年同期比+30%)
  • 純利益:2.4億ドル(-7400万ドルから黒字化)

そんな中、期待がかかっているのは広告事業の「Instacart Ads」です。

2022年の収益は前年比+29%の7.4億ドル(約1083億円)、2023年上半期も4.6億ドル(約673億円)にのぼるものの、社内では未だ立ち上げ段階と位置付けられています。

②回復していないIPO市場での需要作り

未だIPO市場は回復していない中での大型IPOのため、いかに投資家から需要を集められるかが重要です。

そこで、Instacartは2つの手を打ちます。

・計4億ドルを上限としたIOI(Indication of Interest/株式取得意向)

IOIはIPO前にあらかじめ、投資家に株式取得意向を示してもらう手紙のようなものです。

特に既存投資家や、著名な投資家がIOIに応じると、中長期的な成長可能性に対するお墨付きとなり、マーケットから注目が集まるというわけです。

・既存投資家(株式5%以上を保有):Sequoia Capital、D1 Capital Partners

・新規投資家:Norges Bank(ノルウェー中央銀行)傘下の「Norges Investment Management」、グロース投資家「TCV」、ヘッジファンド「Valiant Capital Managemen」の関連会社

・広告事業の主要顧客から資金調達

条件を満たしたIPOが成功した場合、広告事業の主力顧客である大手小売企業「PepsiCo(ペプシコ)」が1億7500万ドルの投資をします。

③新機能の開発で成長を加速させられるか

フィジ・シモCEOは目論見書で「食料品の未来は、オンラインと店舗での買い物の二者択一ではなくなると考えています。私たちはオンラインショッピングの最高の体験を実店舗で、またその逆も実現する、オムニチャネル体験を作りたいのです」と述べています。

これを実現すべく、大きく2つの分野に注力します。

「オンライン・オフラインをまたがっての販売促進(オムニチャネル戦略)」

  • 法人での買い物向けに設計した「Instacart Business」
  • メンバーシップ会員プログラム「Instacart+」
  • 食事制限のある患者向けに栄養計画支援、医療従事者による注文代行「Instacart Health」

「AI・機械学習を活用したパーソナライズ体験の構築」

AI・機械学習技術を組み込むことに注力しており、すでにいくつかの機能をリリースしています。

  • 献立や必要な食材を提案してくれるAIアシスタント機能「Ask Instacart」
  • ショッピングカートに商品を入れるだけで決済まで完了する「Caper Cart」
  • 機械学習AIにより、買い物客が過去に注文したデータに基づき、パーソナライズをしたクーポン表示

新サービス・機能においては、さらにAIを活用して開発を加速させるため、「AIアプリケーションは将来の成長にとって重要になる」とまで言及しているんです。

今回、黒字化を示せたものの、足元では成長率が鈍化している中、成長可能性は広告事業に依存するInstacart。

広告事業は市況や経済状況に左右されやすいことから、次の成長の柱を育てていくことが急務となっています。

サムネイル画像:Instacartプレスリリース

応援ありがとうございます!
いいねして著者を応援してみませんか



このトピックスについて
樋口 真章さん、他9689人がフォローしています