失敗から学ぶという取組み

2024年5月19日
全体に公開

近年では、失敗から学ぶということが一般的に行われるようになりました。

例えば、企業や公共団体においても何か不祥事があれば第三者委員会を立ち上げ、提言された再発防止策を遵守するという一連の流れが形成されています。

ここでは、失敗に関する先進的取組みを紹介したいと思います。

航空安全分野の先進性

失敗から学ぶということについて、世界の最先端を走っているのは航空安全です。

航空事故に関しては、国際民間空港条約(シカゴ条約)によって国際的な原因検証と再発防止の取組みが整備されています。その13附属書においては、「事故や事件の調査の唯一の目的は、事故や事件の防止でなければならない。この活動の目的は、非難や責任の所在を明らかにすることではない」と明記されています。

そのため、パイロットはニアミスやハザードを起こした場合に報告書を出さなければなりませんが、司法手続や行政手続の調査とは分離されており、これを報告されても処罰されない決まりになっています。航空事故が起こると、航空会社とは独立した調査機関やパイロット組合などがさまざまな証拠をくまなく調査します。飛行機には飛行データやコックピック内の録音データ記録されている頑丈なブラックボックスという装置が搭載されており、事故が起きた場合にはこれを回収してデータの分析も行います。

調査終了後、報告書は公開されるところ、その勧告に航空会社は履行する責任が生じます。そのうえで、世界中のパイロットが報告書にアクセスすることができ、失敗から学ぶことが許されているのです。

このような検証体制により、2015年時点で過去10年間にジェット旅客機の死亡事故は100万フライトに0.29回という驚異的な安全性を確立するに至っています

GettyImagesの jaminwellの写真

追随する診断エラー学

1991年、「To err is human(人は誰でも間違える)」と題するレポートが公表され、アメリカの医学界にパラダイムシフトを巻き起こしました。

それまで、医学界において診断エラーはあってはならないものであって、責任追及の対象であり、診断エラーについて議論すること自体がタブー視されていました。しかし、この報告書は当時のアメリカ医療について、年間4万4000人の患者が医療事故によって死亡しており、交通事故やエイズよりも医療事故こそがアメリカ人の死因の大きな割合を占めるということや、医療における安全性確保のための取組みは他のハイリスク産業に比べて10年以上遅れていることを指摘したのです。この報告書によって、アメリカの医学界は診断エラーのリスクを認識し、「人は誰でも間違える」ことを前提とした対応が医療安全の方針として提言されました。エラーは批判されるべきものではなく、学び改善する機会として扱う意識が醸成され始めたのです。

21世紀に入ると、米国診断エラー学会が設立されます。そこでバイアス等の認知心理学を用いた診断エラーに関する研究が始まると、診断エラーの改善は世界的にも最重要の課題として認識され始めました。日本人の若手医師もこの学会に参加するようになり、彼らの尽力によって日本国内にもワーキンググループが結成され、2021年には「診断エラー学のすすめ」という書籍も出版されました。このような動きは10年前には想像もつかなかったと言われています。

診断エラー学はエラーを避けるという消極的な視点から一歩踏み込み、不確実性を管理しながらより良い診断を行うという「診断エクセレンス」が志向されるようになり、現在も研究が続けられています。

2023年に開かれた日本病院総合診療医学会学術総会のテーマは「総合診療、これからの診断学」と題され、各医師が診断エラー事例やヒヤリハット事例を紹介しつつ、どのようにそれを防ぐべきなのかという方策について報告・議論されていました。私も参加したのですが、参加者が責任追及や批判をしたりせず、純粋に診断方法の改善について検討しあっており、とても前向きな学会であったことが新鮮で印象的でした。

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冤罪から学ぶという世界的な潮流

アメリカでは、イノセンス革命によって現実に多数の冤罪が判明したときに、それで終わりとせずに冤罪から学ぼうという動きが始まりました。冤罪事件の統計や、認知心理学等を踏まえた分析が行われ、冤罪に関する書籍が多数出版され、大学でも冤罪の講義が行われるようになりました。イギリスやカナダ、台湾などにおいても、冤罪の救済だけでなく原因検証といった動きが進みました。

その中心となっている冤罪救済団体イノセンス・プロジェクトは、アメリカと日本だけでなく、カナダ、イギリス、韓国、台湾、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカなど世界中に広がっています。これらの各冤罪救済団体からなるイノセンス・ネットワークが組織され、その2023年の国際会議に私も出席してきました。

特に印象的だったのはその開会式です。視界が53年間服役した後に釈放された冤罪当事者を紹介した途端、会場から溢れんばかりの拍手が鳴り響き、彼を労うスタンディングオベーションはしばらく鳴りやみませんでした。感極まって思わず隣の人とハグをする人や、すすり泣く音が聞こえました。

この会議には世界中のイノセンス団体によって救済された冤罪当事者や、イノセンス団体に参画している研究者・弁護士などが参加していました。

弁護士や研究者はそれぞれの事案や最新の知見に関する報告を聞き、情報交換を行います。世界中で「冤罪を学ぶ」ということが意識され始めているのです。世界的に冤罪事件が続出している「揺さぶられっ子症候群」(SBS/AHT)について、秋田真志弁護士と笹倉香奈教授が日本代表として国内の状況を報告しました。

冤罪当事者に対しては、自身の経験談を上手く人に伝えるための「ストーリーテリング」のセッションが開催されていました。カンファレンスの最後には彼らの体験談の発表会があり、みんながその話に耳を傾けます。

私は彼らの話を聞いてカルチャーショックを受けました。

日本では、「冤罪被害者」というように冤罪の損害や悲劇性がクローズアップされることがあります。これに対して、アメリカでは冤罪が悲劇であることには変わりないのですが、冤罪との闘いを鼓舞するような語りがありました。彼らは「次はあなたの番だ!」と言って、これから再審請求しようとしている人たちを勇気づけていたのです。

私たちに配られたネームカードも「Attorney」(弁護士)や「Professor」(教授)ではなく、「Justice Champion」(正義の味方)でした。

私は世界中で冤罪問題に尽力している仲間がいることが分かってとても心強く感じるとともに、冤罪救済に向けた情熱を受け取りました。私はこの灯火を広げていかなければならないと思っています。

2023 Innocence Network Conferenceにおける1つの報告セッションで撮った記念写真

「失敗学」という取組み

「失敗学」といって、失敗から得られる知識を学んで将来に生かすという試みも生まれています。

元来、失敗の情報は伝わりにくく、隠されやすく、単純化されやすく、変わりやすいなどの伝達を阻む特性をも有しています。

そこで失敗学において重要なのは、失敗の原因を正しく分析したうえで、誰もが使える教訓として「知識化」し、これを第三者に分かりやすく伝達することだとされています。

こうして得られた失敗に関する知識は幅広くが活用でき、失敗の再発防止のうえで参照されるほか、潜在的なリスクを可視化したり、シミュレーションの参考にすることによって、成功のための糧にすることができます。

私が考える「冤罪学」も、基本的な方向性はこの「失敗学」と同じです。

失敗を学び、失敗に学ぶことが必要不可欠だと思っています。

プロフィール

西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している (アカウントはこちら)。

今回の記事の参考文献

参考文献:西愛礼「冤罪学」、小林宏之「航空安全とパイロットの危機管理」、ICAO."aircraft accident and incident investigation" annex13、志水太郎ほか(監)「診断エラー学のすすめ」、畑村洋太郎「失敗学のすすめ」。なお、記事タイトルの写真については西愛礼撮影のInnocence Network Conference 2023の写真。

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