人はなぜ間違えるのかー誰もが陥る印象的判断の心理学
『冤罪学』の視点から考える「人はなぜ間違えるのか」、今回は人間が誰でも陥ってしまう印象的判断について考えます。
※関連記事:「人はなぜ間違えるのかー「確証バイアス」による偏ったインプット」
人間の思考は主に2種類存在する
心理学領域において、人間の思考や情報処理は全て同様の過程によって行われているというわけではなく、主に2種類の思考過程によって行われているというのが有力な仮説になっています(二重過程モデル)。
1つめは迅速かつ簡便な直感的思考方法で、これはシステム1による処理と呼ばれています。
2つ目は入念で労力を用いて情報を吟味する熟慮的思考方法で、これはシステム2による処理と呼ばれています。
人間は日常生活で膨大な情報量を無意識に処理しているため、全ての事項について熟慮して思考や判断しているわけではありません。
基本的にはシステム1によるが行われ、情報を入念に吟味するための動機や時間、能力がある場合にシステム2が働くことになります。
システム1による処理はまったくいい加減なものではなく、ある程度正しい判断を期待することができます。しかし、システム1は直感的な判断である以上、バイアスや偏見等の影響を受けやすく、誤りが入り込むおそれがあります。
システム2が働いたとしても、無意識のうちにシステム1で生じていたバイアスや偏見を自覚することは容易ではなく、その影響を排除できないこともあります。また、勿論、どんなに熟慮を働かせていたとしても判断を誤るおそれがあります。
ヒューリスティックスとは
そして、システム1に関して、人間は経験に基づいた素早い判断を行うために色々な思考のショートカットをしています。この人間が日常の意思決定で用いる簡略化された推論手法は「ヒューリスティックス」と呼ばれています。
ヒューリスティックスはノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏の研究対象であり、日本でも次第に知られてきました。
これまで、色々な種類のヒューリスティックスが発見されてきました。
そして、ヒューリスティックスに基づく印象的判断が冤罪の原因にもなっていると考えられます。
代表性ヒューリスティック
例えば、あるカテゴリーの代表的な特徴を備えているほど、当該カテゴリーに属していると直感的に判断する方略のことを代表性ヒューリスティックといいます。これを示唆する代表的な説例として、リンダ問題というものがあります。
【リンダ問題】リンダは31歳独身女性。外向的でたいへん聡明である。専攻は哲学だった。学生時代には差別や社会正義の問題に強い関心を持っていた。また、反核運動に参加したこともある。リンダはどのような人間か?
A.リンダは銀行員である。
B.リンダは銀行員で、政治運動の活動家でもある。
(※注:実際のリンダ問題を分かりやすいように一部改変しています)
このリンダ問題において、確率論的にはAの選択肢の方が可能性が高いにもかかわらず、Bを選んでしまう人がたくさんいたのです。
これは、活動家というカテゴリーを基礎づけるリンダの特徴を挙げることによって、リンダが活動家であるという印象的な判断を下しているということを裏付けています。
冤罪事件に関しては、次のような問題が考えられるでしょう。
【不良男子問題】中学校の校舎が割れていた。犯人は誰か?
A.中学生
B.不良の男子中学生
この問題でBを選ぶ人も一定数いるのではないでしょうか。しかし、確率論的にはAの方が高いのです。また、不良や男性という要素は犯人の証拠ではなく、Bという選択肢には何ら根拠はありません。このような、代表性ヒューリスティックにより、例えば女子がストレスから窓を割った可能性や、ソフトボール部の女子が打ったボールが窓ガラスを割った可能性などのアナザーストーリーが見落とされてしまった結果、冤罪が生ずる可能性があります。
利用可能性ヒューリスティック
よく見るものや印象に残りやすいものなど自分の利用しやすい情報を頼りに判断する方略を利用可能性ヒューリスティックと言います。
例えば、日本の犯罪数は基本的に戦後から減少し続けていますが、「治安が悪化している」という誤解も存在しています。このような誤解は、凶悪犯罪がマスメディアで盛んに報じられることによって、凶悪犯罪を身近に感じ、たくさんの凶悪犯罪が起きているような印象を持ってしまうことから生まれています。人々は自分の身近にある凶悪犯罪のニュースを頼りにその全体の件数を予想する結果、凶悪犯罪の数を多く見積もってしまっているのです。
反対に、宝くじが当たる確率はとても低いものの、当選した人たちの話にニュースやSNSで接することによって、高額当選を身近に感じるようになります。これによって、人々は実際よりも高額当選の確率を高く見積もってしまうのです。
このような利用可能な情報はニュースで得たものに限られず、個人的な経験も含まれます。そして、冤罪事件との関係で言えば、過去の事件での経験に引きずられて犯人を誤ってしまうことが考えられます。また、裁判官もたくさんの証拠隠滅や逃亡の事例を見聞きするほど、この利用可能性ヒューリスティックによって保釈判断に及び腰になってしまうおそれがあります。
印象的な判断という危険
刑事裁判においても、かねてから、論理的・分析的判断が志向され、これと対極にある直感的・印象的判断については誤判原因とされてきました。特に、証拠の直感的な印象や大筋を重視して、検討を要すべき問題点が出てきても最初の印象に縛られ、大筋の判断を何とか維持しようとする結果、多くの冤罪事件を生んできたと危険視されています。
しかし、一方で、人間はヒューリスティックスや感情等からなるシステム1による処理から逃れることはできません。論理的・分析的判断を常に全ての判断事項について行うことは現実的に不可能です。
重要なことは、人間である以上は誰もがシステム1による処理をしており、だからこそ人間は誰でも間違えると言うことです。人は誰でも間違えるということを前提とした組織・制度の設計が必要です。
また、人間は印象的判断によって間違うからこそ、他人や別組織によるダブルチェックが必要であり、ダブルチェックにおいてはそのような印象的判断が混じっていないかについて十分気をつけて行う必要があります。
近年、このシステム1・システム2という観点からのエラー防止については、医療における誤診を防ぐための診断エラー学においても活用されています。
裁判や医療のほかにも、様々な分野においてこのような視点を活用できるのではないでしょうか。
ぜひ皆さんの意見をコメントやPickにていただけると嬉しいです。
プロフィール
西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官
プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。
今回の記事の参考文献
参考文献:西愛礼『冤罪学』、ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』、志水太郎ほか『診断エラー学のすすめ』。なお、記事タイトルの写真についてGetty Imagesの Image Source の写真。
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