【現場の声】アルゼンチン新政権の見通し(2023年11月28日時点)についてジェトロ・ブエノスアイレスにききました

2023年11月28日
全体に公開

このトピックスでは現場に近い方に(遠隔も含めて)インタビューも行います。今回は、ジェトロ・ブエノスアイレスの西澤裕介所長にSNS、メール等を通じてインタビューしました。(注意:本情報は2023日11月28日時点のものですので、今後、本コメントの内容の通りとはならない場合もありえます。その点はご承知おきください)

ドル化政策の公約はトーンダウン。実現の可否は未知数

竹下:西澤さん、ご多忙な中、ご協力頂き有難うございます。日本でもミレイ氏の政策の帰趨が興味をもって見られています。ミレイ氏が公約に掲げていたドル化、中央銀行廃止といった政策も、選挙戦後期にはトーンダウンしたようですが、現時点でその変化をどう把握されていますか?高インフレ収束・経済安定化というシナリオ実現の可否も含めて現地でどうとらえられているのか教えてください。

ジェトロ・ブエノスアイレス 西澤所長:ミレイ氏は、中央銀行廃止やドル化といった経済政策を立案したエコノミストのエミリオ・オカンポ氏を中央銀行総裁に任命するとみられていましたが、総裁人事は決まっていません。また、決選投票翌日に出演したラジオ番組では、「中銀を閉鎖することで国民が通貨を自由に選択できる通貨の自由競争が起きる。それをドル化と呼んだのは国民である」という趣旨の発言をしており、これらのことから、法定通貨のドル化や中央銀行の廃止は、ミレイ氏が優先的に進める経済政策ではなくなったと受け止められています。また、高インフレ収束のためには、財政収支の均衡と準マネタリーベースと言われる中央銀行債の問題(ジェトロ・ビジネス短信11月22日付)を解決する必要があり、ミレイ氏は、財政支出を大幅に削減するショック療法を行うとともに、中央銀行債の問題に優先的に取り組むと述べています。それによりハイパーインフレを回避し、2025年には高インフレを終息させるとしています。現時点では、これらをどのように実現するのかについての説明がないため、実現の可否は未知数です。就任後の最初の1、2カ月の間に彼がどのような経済政策を発表し、それがどのように受け止められるかが注目点だと思います。

日本企業のビジネスにプラスになりそうな公約も多い

竹下:なるほど。それではその他のミレイ氏の公約のうち、日系進出企業ないし、日本からアルゼンチン向けにビジネスを行っている日本企業にとってビジネス環境改善あるいは改悪?につながりそうなものについて、あるいは貿易や直接投資に影響しそうなものについてはどう把握されていますか?

ジェトロ・ブエノスアイレス 西澤所長:ミレイ氏の公約の中で早期の実現が求められるのは、「資本取引規制の速やかな廃止」です。債務問題に苦しむアルゼンチンは、外貨不足の問題を抱えており、輸入代金の支払い、利益送金、親子ローンの返済など、外国にお金を送ることが非常に難しくなっています。資産の価値を保全する目的で外貨を購入することもできません。企業は、売れば売るほど手元にたくさんの現地通貨ペソを抱えることになりますが、高インフレによりその価値はどんどん目減りするのにドルに替えて送金することも貯金することもできないため、すべての企業が苦しんでいます。今年8月にIMFが発表した中央銀行の純外貨準備高は、マイナス141億ドルでした。公約実現にはまず外貨準備高を増やさなければならないため、実現には時間がかかると見られます。ミレイ氏が掲げるその他の公約は、租税の種類と税率の削減、輸入税、輸出税の削減、通商協定の拡大、農業や鉱業、エネルギー分野への投資インセンティブの導入など、アルゼンチンで事業を営む企業にとってプラスになるものばかりです。ひとつ心配なのは、インフレ退治の過程で通貨を大幅に切り下げる可能性があることです。

自由貿易協定などの行方は?

竹下:最後に通商関係について質問します。BRICS脱退よりも実際のインパクトとしてメルコスール脱退などFTA政策の変更の方が在アルゼンチン企業(内外資にかかわらず)にも影響が大きいと思います。EUとメルコスールのFTA交渉も政治合意済みですが、こうした通商関係について現時点の見通し、現地での懸念などがあれば教えてください。

ジェトロ・ブエノスアイレス 西澤所長:ミレイ氏は選挙公約の中で、輸入制限は少数の保護された生産者に利するだけで、消費者だけでなく競争力のある産業に損害を与えているため、輸出主導の成長を実現するためにも貿易の自由化を進める必要があると主張しています。今年の9月、ミレイ氏の政権で外相に就任すると言われているディアナ・モンディーノ氏に直接お話をうかがう機会がありましたが、同氏は、「メルコスールはアルゼンチンにとって不可欠だが、創設当時の加盟国間の補完関係は失われており、内容を見直す必要がある」と述べていました。そして主要国・地域とのFTAについては、「加盟国が一体となって通商交渉を行う『メルコスールの原則』の問題があるため、FTAを推進し、すべての加盟国に利益をもたらすためにも、メルコスールの規則を変更しなければならない」と述べていました。脱退により失う恩恵と脱退のコストの大きさから、アルゼンチンがメルコスールを脱退することは考えにくいですが、メルコスールの見直しも簡単なことではありません。また、EUとメルコスールのFTAについては、メルコスール議長国であるブラジルのルーラ大統領が、気候変動問題の存在は認めつつも欧州を中心とした環境規制強化の動きに否定的なミレイ氏が協定署名の障害となる可能性を懸念し、年内署名を目指してプロセスを加速させているとも報じられていました。しかし最近、ブラジル政府要人らと面談するために同国を訪れたモンディーノ氏は「協定に署名する日は近い」と述べていますので、署名は早期に実現するのかもしれません。

竹下:さすが現場に近いだけあって情報の密度が濃いですね。日本ではドル化前提の報道が多いですが、もともと憲法第4章75条19を改正しなきゃいけないし、今回の選挙をふまえた議席の状況みてもかなり実現は難しいですよね。また、閣僚候補のコメントも貴重です。情報共有頂き有難うございました。

冒頭画像:筆者撮影(ブエノスアイレス市内)

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