スタートアップ界隈で伝説ともいえる必読ケース・スタディ:PayPal

2023年8月12日
全体に公開

(image from Unsplash)

ここのところ本を読む量を増やそうと思い、週に2冊以上は読むように時間を何とか捻出しています。そんな中で最近読んだ本でとても面白かった本がありました。

「PayPal」という会社は名前は知っているけれど日本にはまだあまりなじみはないかもしれません。一方で、イーロン・マスクさんのことを知らない人はいないと思います。PayPalは、いまVC投資家として著名なピーター・ティールさんとイーロン・マスクさんがそれぞれ独自に作ったオンライン金融システムの会社が合併してできたベンチャー企業がPayPalでした。

そんなPayPalの生い立ち、その後の大手資本との激闘や更にはIPO、M&Aなど、PayPalの激動にまつわる話が細かく時系列で記載された「創始者たち」という本を読みましたが、ドラマよりもはるかに凄まじいストーリーでした。

関係した本人たちにロングインタビューをしてその歴史をまとめた超大作です。

詳細は本を読んで頂くとして、PayPalの壮大な歴史について、簡単にご紹介したいと思います。

1.ピーターティールによるコンフィニティの設立

1998年、シリコンバレーの起業家ピーター・ティールとエンジニアのマックス・レブチンは共同でコンフィニティを設立しました。

当時Palm Pilotという個人デジタルアシスタント(PDA)が当時一部のビジネスマンの間ではやっていましたが、このPalmを使った送金システムを開発しました。それまでは銀行に行かなければ送金できなかったものが、テーブルの上でオンラインのみで割り勘が世界ではじめてできるようになった技術です。

一方で、コンフィニティで大ヒットしたサービスはPalmベースでの送金ではなく、ちょっとした思い付きで気軽に作った、ユーザー同士で電子メールを使ってお金を送りあえるシステムでした。この画期的なサービスは、オンライン取引が急速に増加していた時期に登場したため、eBayを中心とした多くのオンライン取引の利用者に受け入れられました。

2.イーロンマスクによるX.COMの設立

ほぼ同じ時期、イーロン・マスクはオンライン銀行としてX.COMを設立しました。X.COMはインターネットを使った金融サービスの先駆者で、オンラインでの口座開設、貯金、ローンなどのサービスを提供する総合オンライン金融プラットフォームを目指していました。

今日Twitterを買収したイーロンマスクが社名をX.COMに変更したのは、この時やり切れなかったことを今もなおチャレンジしているのではないかと推察しています。

3.上記2社の合併

2000年3月、コンフィニティとX.COMは合併することを発表しました。両社はオンラインでの金融取引における競合関係にありましたが、経営資源と技術を結集させることで、業界をリードする企業を目指す決断をしました。

合併後に、会社名も「PayPal」に変更され、今日知られるブランドへと進化しました。

4.イーロンマスクを退任させるためのクーデター

コンフィニティとX.COMの合併後、イーロン・マスクは新会社のCEOに就任しましたが、彼の経営方針は他の経営陣と対立することが頻発しました。とりわけ、会社の本社移転やブランディングなど、重要な戦略的意思決定において意見が分かれました。一番もめたのはX.COMという社名にすること、仕事に対する姿勢・方針などでした。

2000年、マスクが新婚旅行として飛行機での休暇に出かけた際、イーロンが飛行機に乗った時間を見計らい、彼が通信ができない時間にその他経営陣が彼に対してクーデターを起こしました。

このクーデターの結果、マスクはCEOの座から退任させられ、新たな経営体制が整えられました。後にピーター・ティールがCEOに就任し、企業の方針を再構築しています。個人的に非常に興味深かったのは、そんな目にあったイーロンマスクが退任にあてて社員に書いたメッセージでした。

5.大不況の中でIPOをやり切る

2002年、PayPalはNASDAQに上場するための準備を進めました。この上場は非常に困難なものとなりました。その背後には、2001年の9月11日に発生したテロ攻撃によって引き起こされた株式市場の大混乱がありました。市場は極度に不安定で、多くの企業が上場計画を見合わせていた時期でした。

さらに、当初PayPalが主幹事に選んだ投資銀行モルガンスタンレーは、上場プロセスにおいてPayPalと意見が対立しました。IPOの延期を提案し続ける証券会社にピーターはうんざりし、PayPalはモルガンスタンレーを主幹事から外し、ソロモン・スミス・バーニーに交代させるという決断を下しました。

上場日は2002年2月15日に設定され、初値は$13でした。初日には$20以上に達し、一時的に55%以上の上昇を記録しました。この上場は、当時の困難な経済状況下での成功例として称賛されました。

PayPalのIPOは、同社が成長していく過程での重要な節目でした。その上場成功は、経済が不透明な時期であっても、強いビジネスモデルと明確なビジョンを持つ企業が成功することができるというメッセージを市場に送りました。この成功は、後のテクノロジー企業の上場に対する一つの階になりました。特に、以下のeBayとの交渉において、マーケットプライスがついていることは大きなサポートとなりました。

6.eBayとの闘い

この時期、オンラインオークションの巨人eBayは、多くのユーザーが外部のPayPalをたくさん利用していることにジレンマを感じていました。そこで自社の支払いシステムをつくるための買収を行い、「ビルポイント」のサービスを推進しました。

PayPalとの市場シェアを巡る激しい攻防が行われ、両者とも疲弊していきますが、引き続きPayPalはeBayユーザーの間で人気を集め、市場シェアを拡大しました。

eBayはPayPalとの競合を受け、ビルポイントのプロモーションを強化し、PayPalを排除するような作戦も取りましたが、結局ユーザーがPayPalの利用を望んだため、PayPalの成長を止めることはできませんでした。

6.eBayによる買収交渉

eBayとPayPalの関係は、当初から複雑でした。両社はオンラインオークションと支払いという異なる分野でリーダーであり、eBayのプラットフォーム上でPayPalが支払い手段として人気を博していました。

2000年代初頭、eBayは別途買収して開始した自社の支払いシステム「ビルポイント」の普及を図り、PayPalと競合しました。しかし、PayPalの方が早く市場に浸透しており、ユーザーからの支持も強かったためビルポイントのシェア拡大は進みませんでした。

買収の試み

この競争の中で、eBayはPayPalを取り込むことで市場を統合する戦略を描きました。最初の買収交渉は緊密なものでしたが、価格や経営構造、未来のビジョンに関する相違点から、双方の思惑はまったく一致せず合意に至りませんでした。M&Aと聞くと友好的なイメージがありますが、こんなにドロドロの競合環境の中で交渉が進んでいた事例であったことは、非常に興味深いケースです。

支払い市場の変化と再交渉

その後、オンライン支払い市場はさらに拡大しました。両社の間の競争も激化し、再び統合の可能性が浮上しました。2002年、両社は再び交渉テーブルに着きました。この時、eBayはPayPalが業界のスタンダードとなることを認識し、より積極的な態度で交渉に臨みました。

7.買収合意へ

eBayがPayPalを買収するまでは双方常に競争状態であり、時にはeBayがPayPalのIPOに際して余計なことを言わないように、水面下でM&Aの交渉を進めて黙っていてもらうような作戦をPayPalは取っています。こんなDual Trackの使い方があるのか、と感じたピーターの奇策でした。

IPOの後に条件交渉の結果、最終的に両社は合意に達し、eBayはPayPalを約15億ドルで買収することとなりました。この合意は、数度の交渉と市場の変動、競合の動向など、多岐にわたる要因の影響を受けたものでした。

最終的にeBayは競争からの撤退を選び、2002年にPayPalを約15億ドルで買収する方針を決定しました。この買収によって、eBayはオンライン支払い市場での主導権を握り、PayPalは更なる成長の機会を得ました。

8.再度のIPOへ

2015年、eBayは企業戦略の一環としてPayPalを分離し、再び独立した企業として上場させました。この時の市場価値は約470億ドルで、当初の上場時よりもはるかに高い評価を受けていました。

再上場後のPayPalは、急成長を続け、さらに多くの企業やサービスと提携を行っています。世界中での取引が増加し、クレジットカードのような伝統的な支払い手段と並ぶ存在となりました。

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改めて本で詳細を読むと、PayPalのケーススタディは自分にとって大変示唆に富んだものでした。

この本はスタートアップ界隈の方々には是非お勧めしたい一冊です。

最後に、つい最近のニュースですが、イーロンマスクさんが取り組んでいるBrain Machine Interface(BMI)で、脳内に電極を埋め込んで、体が自分の意志では動かせない障害持つ方々が再び自分の意志で動けるようになるための技術を開発するニューラリンク社に、彼に対してクーデターを起こしたピーターティールさんが率いるVCファンドがリード投資をするという報道発表がありました。

過去のわだかまりを超えて、再び協力して人類と世界の発展に突き進むこうした人たちを見て自分も頑張ろうと感じたニュースでした。

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