僕達はどうやってJALを再建したのか⑪「新しい飛行機を創る」

2023年6月17日
全体に公開

前回「ディズニーから学ぶ」 では客室本部において、「世界一の航空会社サービス」を成し遂げるために行なったソフト面(ヒューマン)に関する他社ベンチマークの様子をご紹介しました。

今回は、ハード面(座席)を改善するために奮闘した話をご紹介したいと思います。

title pciture: unsplash提供

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2010年1月の更生法の適用、すなわち倒産という出来事によりJALのブランドは地に落ちた。社内の空気も常にピリピリしており、ホスピタリティ産業としては実に大変な状況になっていた。

それを一つ一つ、またゼロから積み上げ直していくことがJAL再生のプロセスだった。そのためにも一番重要だと僕が考えていたことが、お客様が接する商品サービスそのものの価値だった。すなわち客室サービスや空港サービスである。もちろん運航の安全性なども重要なものであるが、できて当たり前(安全で当たり前)の部分があり、これだけだとお客様の評価がプラスになることは難しい。商品サービスが目に見える形で変わったことをお客さまが実感して初めて評価し直してくれる。

倒産で地に落ちたブランドを再建するために、ハードとソフトの両面を徹底して再設計する必要があった。だから、僕は更生計画の策定の後に好きな部署に行っていいよ、と言われた時に、客室本部を選んだ。

再生プロセスを進めている当時、競合他社が次々とフルフラットの座席を導入する中で、JALではいまだにライフラット(170度のリクライニング)の座席だった。明らかに劣位の座席で戦わされていることに現場のメンバーは日々苦戦していた。ライフラットと呼ばれる当時のJALビジネスクラスの座席は、確かに座面はまっすぐなフラットにはなるが、少し傾いてしまう。フルフラットでないので足に力入れないと下にズレ落ちるシェルと呼ばれたシートだった。フルフラットをお客さまを他社で体験しているので、JALのライフラット座席の評判にどんどん悪化していった。

お客さまからは「なんでJALだけシートがへぼいのか」とよく言われて客室乗務員が回答に困りながらも謝り続けるということは日常茶飯事であった。当時の現場では「私たちはいつまでも竹やりで戦わされている」という不満の声が続出していた。この表現はまさに現場の客室乗務員から聞いた言葉そのものである。それはどうしても看過できない状況であるので再生計画において、順次新型の席を導入することは決まってはいた。ただ、座席の開発には年単位の時間がかかってしまう。

座席開発はファーストクラス、ビジネス、エコノミーとそれぞれバラバラのメーカーに製造を頼んでおり、世界各地で別々に座席の設計が進められていた。ファーストクラスはイギリス、ビジネスクラスはアメリカのツーソン、エコノミークラスはドイツの片田舎の新興メーカーだった。僕も出張でこれらの工場に出向き、座席の角度やら、実際に10数時間座り続けたりして開発をしていった。主たる開発者は整備本部のメンバーだったが、僕も客室本部として、座席の開発検討チームに関わっていた。僕自身も世界各地の工場に訪問して、ユーザー目線で座席の細かなところに開発アイデアを出していった。例えば、客室乗務員からしょっちゅうリクライニングで客同士の喧嘩が起きて困っているという声を聞いていた。そこで、僕が発案して今のJALの座席に取り入れられている設計がある。

普通の航空会社だと、リクライニング初期状態はほぼ垂直で、そこから20〜30度リクライニングで傾くというものである。しかし、これだと後ろの人からすると圧迫されたように感じてしまう。

そこで僕が提案したのは最初から15度くらい傾けておき、稼働は15度程度に抑えることにした。結論としては30度傾いていて同じなのだが、後ろの客からするとわずかな変化なので圧迫感が大きく減るのである。実際客室乗務員に聞くと、これを導入した後はリクライニングの喧嘩は激減してほぼ無くなったそうであり、現場の人からは大絶賛であった。

一方で一番重要な飛行機内におけるシートの配置について、社内の意見が部署の思惑が違い、実は大きな軋轢が生まれていた。同じ機材でも、シートとシートの前後の幅、すなわちシートピッチにより設置できる席数の総数が変わる。かつてのJALにおいては大型機のジャンボジェットB7474-400 を使ったオペレーションの歴史が長く、大量に席を作っていざとなったら安売りするという営業思考も残っていた。しかし、僕は新しいJALを示すためにも、大きく改善された座席をお客さまに提供しないと他社に勝つことはできない、ソフト(ヒューマン)だけで戦うには無理があると何度も本社側に伝えていた。

しかし、現場にいる僕たちに事前の共有はないまま本社内で物事が進められ、旧来の狭い31インチピッチでエコノミークラスの新座席を設置する意思決定が行われようとしていた。

倒産したJALが他社に流れた旅客を取り戻し、そして他社からも旅客を奪い安定的な顧客基盤、経営基盤をつくるためには、少なくとも商品価値における機能価値の部分、すなわちハードの設計は他社と同レベル以上を提供する必要があると考えていた。一方で、あまりにも他社よりも良過ぎるものを投入することも、業界における価格と原価コストのバランスを崩壊させることになるため、

「他社より+1%優れたものを提供し続けるべきだ」

というのが僕の主張であった。その考えを何度も何度も客室の現場側から主張し続けていた。最大の国内競合他社さんはその時既に34インチの座席をすでに導入しており、このピッチよりも狭いものをJALが後発で導入することは断じてあり得ない、と本社の主管部に対して強く申し入れをしていた。

しかし、本社側では反論をしてくるであろう現場(の僕)には詳細な情報をいれることなく、本社にて31インチで決裁をとってしまおうという動きになっていたわけである。

しかし見ている人は見ているもので、本社にいる有志の若手の人達の中に内心は僕の主張に賛同してくれるメンバーがいた。組織の論理の中で自分は動けないので、僕にそうした動きがあることをこっそりと教えてくれた。

最初に本社が現場相談なしに31インチで決めようとしているという一報を聞いたときは大きな落胆をしたことを今でも強く記憶している。あれだけ本社に対して客室現場の苦労と考え方を伝えてきたのに、こんな形で物事が進んでしまうとはあまりにも残念過ぎた。

もはやこれまでか、と失望していた僕は一人で机で打ちひしがれていた。そんな時、目の前に座っていた同じチームの先輩のOさんが、JALフィロソフィー手帳の1ページを音もなくすっと開いて渡してくれた。そこには、

「成功するまであきらめない」

と書かれていた。

出所: https://jta-okinawa.com/recruit/philosophy/?doing_wp_cron=1659245082.2198870182037353515625

JALフィロソフィーが導入された当初は、「なんだか哲学を押し付けられている」という印象もあって、正直あまりその意義を見出せなかった。

しかし、この時はその一言にハッとさせられ、本当に結論が出るまで諦めずにやりきろうという新たな決意が僕の中に生まれた。おそらく僕の中ではJALフィロソフィーが単なる教育され植え付けられるだけの宗教的なものから、自分の中の血肉になった瞬間だったのかもしれない。

再び俄然やる気が出てきた僕は、信頼できる僕に内心賛同をしてくれていた本社側の賛同者に連絡を取り、本社が準備している役員会での説明ロジックを教えてもらった。それを見ると

34インチにすることは数百億円にもなる機会損失が存在するため31インチにすべきである」

と記載されていた。

僕がフェアでないと感じたのは、客室本部の現場が今まで競争劣位の座席で必死に耐えてきたにも関わらず、その現場の意見についてちゃんと納得を得られるまで徹底して議論をすることもなく決めてしまおうという進め方であった。僕はまずその計算ロジックの中身をすべて一つ一つ検証した。

数百億円の減収という主張は果たして本当なのか。

本当にそうであれば確かに31インチでも仕方がないと思ったが、毎日の便のロードファクター(座席占有率・混雑具合)をみて、現場での肌感覚としてそんなはずはないという確信が僕にはあった。現場にいるからこそ分かることだったが、毎日の便を見ていて、そんなに取りこぼしのあるような満席便はそんなにあるはずはない、と肌身で、直感で理解していた。

そこで、本社にいる別の部署の信頼できる人から、主要路線の年間の搭乗率データ、運賃データを送ってもらい、実際に34インチとした場合の減収を自分の手で計算することにした。

すると、予想通り減収の幅は10億円にも満たない小規模であり、数百億円の損失にはならないという分析結果となった。何度も計算もしたし、いろいろな角度からシミュレーションをしたが、自分の計算は正しいという確信が深まっていった。

もっといえば、他社よりも薄くて空間が広く取れる優れた34インチの商品を投入することになるので、品質に応じたより高い単価をとることも可能となるはずであり、増収の可能性さえあるという確信が生まれた。

そして僕は本社役員会にむけて、反論用の資料を用意周到に準備し、それをまずは客室本部の仲間に共有した。僕が恵まれていたのは、客室本部の現場において、本当に良い仲間に恵まれていたことだった。

大企業ではそのような本社部門への反論をするような行動は、上司が止めるケースも少なくない。しかし、当時の僕のいた部門の部長は違った。僕の説明に対して、それが正論であることを確信すると、全面的な支援をすることを誓ってくれた。自分の属する部門が一枚岩になれたので、次のステップとして社長への直談判をすることにした。当時の社長に自分の分析結果と、数字に基づいたあるべき方針について考えをまとめた資料をメールで送付し、本社だけで決めずに現場と議論する場を持って欲しいと嘆願した。

すると、社長からは

JALフィロソフィーに「本音でぶつかれ」とありますが、客室本部長にはぶつかりましたか?』

という返信があった。その指示に従い、客室本部長を仲間に引き入れることを次のステップにした。

こうして一人一人と客室本部内での賛同者を増やしていき、意思決定の役員会の前に客室本部長に対しては、想定答弁の台本を精緻に作り込んで渡した。

併せて、当時ETICから派遣されていた副社長の水留さんに対してもこうした考えで自分が動いていること、客室の本部長に手渡した役員会での反論ペーパーや想定QAの台本についても事前共有し当日の役員会では呼応していただけるようにお願いをしておいた。

用意周到に準備をして臨んだ年末の役員会。31インチにすべきという説明が本社主管部からなされた後、いよいよ客室側から反対の声をあげた。本社側の人達からすると、シャンシャンで終わるはずであった会議が、用意周到に準備された34インチ導入の主張が突如出てくることになり、役員会は紛糾した。そして、その日では結論は出ず時間切れになり、年明けに持ち越しとなった。

役員会の後、本社の主管部からは僕の上長のMさんに対して、激しいクレームの電話があった。

「客室本部は鈴木大祐の言いなりになっている」

と言った叱責を受けたそうだ。しかし、Mさんは全面的に僕のことを支援してくれ馬耳東風を貫いてくれた。

「大ちゃんにこんなこと言ってきてるけど、気にしないで自分が正しいと思うことをやってね。クレームは俺の方で聞いておくから」

といってくれた。とても心強い優しい上司だと思った。本社側の内通者からはその時の本社の様子が耳に入ってきたが、31インチを推進していた人たちの中では、僕に対する憎しみがすごかったようだ。

正月明けからは毎週のようにこのシートピッチの件で役員会で議論が行われた。本社側の主張に対して、僕は反論ペーパーのロジックを毎回書面で作り込んでは本部長に渡し着実に形成を逆転していった。

本社側の資料を見る限り、なぜそんなに減収になるのかについて、数字の背景はうまく説明されていなかった。一方で、僕は自分自身ですべて手作業でエクセルで計算をしたので、具体的に計算根拠を説明することができた。

最近は生成AIが話題であるが、AIやコンピュータによるシミュレーションが高度化したとしても、やはり説明可能性は大変重要である。どんなに正しそうな結論であっても、その理屈が分からないと人は動かない。人を説得し、人を動かすには、誰もが納得できる論理ストーリーはとても重要である。

そうした過程があったので、当初100億円単位の減収だと説明をしていた本社側資料も、最後には当初の6分の1以下の減収想定数字に変わっていた。

さらに、僕は事前にこれまでお世話になった管理部門の役員さんのところへ事前にお伺いし、今まで座席の劣位でどれだけ現場が苦労していたのかということ、34インチにすればJALのブランド価値、商品価値はどれだけ向上するのかということ、良い商品をそれなりの価格で売る営業努力をすればむしろ増収の可能性さえあること、について直談判の説明をさせて頂く時間を頂いた。その結果、最後の意思決定の役員会において僕たちの34インチ案を全面的に支援をして頂ける役員の数が増え、最後は稲盛さんの支援もあり、席を減らしてでも世界最高の商品「JAL SKY WIDER」を導入しよう、という結論になった。大どんでん返しだった。

最後は「この客室の案に賭けてみようしゃないか」 ということで決まったと聞いている。そんな土壇場の変更があったので、座席の発注変更が間に合わず、最初にスカイワイダーが導入された時は後方の座席は34インチではなく31インチになってしまった。その部分だけは最初は販売をしなかった。

当時はこんな激しい社内攻防があったスカイワイダー34インチですが、その後は僕も大好きな阿部寛さんを使ったプロモーションや、実際に世界最高クラスのエコノミー座席であるので、社内からも、お客さまからも愛される世界最高のエコノミークラスという評価をもらうこととなった。

出所:https://www.jal.co.jp/jp/en/inter/service/economy/seat/skywider.html

今の自分自身も、海外スタートアップにあうために海外出張には頻繁にいくが、エコノミークラス利用のため、このスカイワイダーのおかげでとても助けられている。スカイワイダーのおかげでぐっすり眠って、現地についてから頑張ることができている。もちろんビジネスクラスの方が圧倒的に楽ではあるが、投資先の皆さんにもコストカットをお願いする立場である以上、自分達もコスト意識を高く持つことは大切であると僕は考えている。あの時「最後まであきらめない」で頑張ってよかったと自分自身もユーザーの立場になって実感した。

この34インチ化決定を現場に報告した時の現場の皆さんの嬉しそうな顔も今でも鮮明に記憶しています。当時の客室本部のメンバーで「One Team, One Goal」と書いたチームポロシャツを作った。今でも愛用している。

当時客室本部でワンチームでたくさんの改革を実行した仲間の皆さんとは今でも親交が続いている。同じ釜の飯を食べながら、同じ大義を持って戦った仲間は、永遠の友達である。

(続く)

続編はこちら↓

僕達はJALをどうやって再建したのか⑫「機内サービスの全面刷新」

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